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街道ウォーク 東海道 その5

東海道 その5 保土ヶ谷(天王町)→戸塚

東海道その5は、保土ヶ谷(天王町)→戸塚を歩きます。
距離は15,8Km、所要時間は4:23時間 18,728歩、消費カロリー971kcal

保土ヶ谷宿 新町橋

保土ヶ谷(天王町)→権太坂

相鉄線の天王町駅からスタートですが、その前に腹ごしらえ。乗換駅の相鉄線横浜駅構内に「立ち食い 星のうどん」があります。

立ち食いそばはお馴染みですが、うどん専門は初めて。

入口で食券購入ですがメニューの多さにビックリ。私はおすすめの「3種のきのこのかき揚げ天うどん」、家内は「梅とろろ昆布うどん」。

駅の立ち食い「うどん」

お腹も一杯になったところで電車で移動。相鉄線の「天王町駅」からスタート、保土ヶ谷駅宿の中心部へ向かいます。

駅前の公園には「旧帷子橋(新町橋)」が復元されています。絵画に描かれたり歌や俳句に詠まれるなど保土谷宿を代表する風景として知られていた橋。

街道を進み大門通の交差点を過ぎると、右手に大きなお釜が。高野山真言宗の「香象院」で、本堂手前のお堂には「延命地蔵尊」が7体のお地蔵さまと安置されています。

延命地蔵尊

街道と並行する一本裏の通りへ進みます。この道が古東海道で曹洞宗「天徳院」の山門が見えてきました。本尊は運慶作といわれる地蔵菩薩坐像。

窓の上枠を火炎形に作った釣り鐘形に見える窓。禅宗寺院によくみられる火灯窓(かとうまど)といいますが、見てるだけで落ち着きますね。

天徳院 本堂 火灯窓

すぐ隣は日蓮宗「大蓮寺」、日蓮大聖人御霊跡、帷子の里との案内。階段を登って山門をくぐると正面に本堂が堂々たる構えです。家康側室「おまんの方のお手植えのざくろ」の木が本堂手前左手にありました。

本堂 手前左にお手植えざくろ

街道歩きではすっかりおなじみになった、「助郷会所跡」、「問屋場跡」、「高札所跡」と続きます。

そして左手前方には金沢道道標。金沢浦賀への出入り口にあたる追分、金沢横町とよばれました。休憩所の帷子番所の前に道案内の「石碑が4基」並んでいます。

道標が4基

街道は「東海道本線と横須賀本線の踏切」を渡って進みます。すぐ突き当りとなり国道と合流となります。

こちら正面が保土ヶ谷「本陣跡」。さらに進むと、間口の広い格子が美しい存在感がある建物が見えてきました。「旅籠 本金子屋伝左衛門跡」です。

現在の建物は明治初期のものですが、旅籠の面影を残す建造物で入口に掲げられていたお庭の写真も素敵なものでした。

旅籠 本金子屋伝左衛門跡

江戸から8番目の一里塚がありました。保土ヶ谷宿の京都側の出入り口となる「上方見附跡」もあります。

上方見附跡

この先、今井に沿って300メートルの区間に松などが植樹されています。旅人を夏の日差しや冬の風雪から守ってきた「松並木」の雰囲気を味わいながら先へ進みましょう。

松並木が終わるあたり、国道を渡り道は旧東海道へ分かれます。

松並木が再現

権太坂→戸塚

きつい難所の一番坂、光陵高校の前に「権太坂の標石」があります。名前の由来は、耳の遠い老齢の農民に坂の名を聞いたところ、名前を聞かれたと思い、「権太」と答えたためとありました。

権太坂の標石

この辺りは高台となり眺めは最高、今日は富士山もバッチリ見えます。切手収集が趣味だった私は趣味週間の北斎「富嶽三十六景東海道保土ヶ谷」がお気に入りでした。

富嶽三十六景東海道保土ヶ谷

ここに江戸時代のように松並木があれば、目の前に見えている富士山の感じは、まさしくあの浮世絵の風景。この場に立てるとは感慨無量です。

権太坂からの富士山

街道に戻ると「境木立場茶屋若林家」の素晴らしいお屋敷、参勤交代の大名までもが利用したと伝えられています。

境木の立場は権太坂、焼餅坂、品濃坂と難所が続く中で、西には富士山が望める眺めのいい場所。茶屋で出す「牡丹餅」は名物として広く知られて賑わっていました。

境木立場茶屋若林家

先程から目につく「おじぞうさんもなか」の看板が気になります、街道から少し入ると「菓匠栗山」さんがありました。大きくおじぞうさんの看板。

菓匠栗山

右手に緑で覆われた別世界が拡がっています。階段を登ると「境木地蔵尊」の地蔵堂です。地蔵尊の前の広場にあるのが「武相国境之木」で武蔵国と相模国の地図が描かれ京都百十七里との表記がありました。

武相国境之木

そして、「焼餅坂」と続き街道は「品濃坂上」に到着。

こちらからも富士山が望めます。この先は急坂を下り、環状2号線の歩道橋を渡って東戸塚駅方面。高低差がかなりあって、途中から階段になります。

品濃坂上と富士山

まだまだ街道は下っていき、結構な距離を歩きます。「王子神社」の交差点までやって来ました。この神社は護良親王を祭っており、本殿の地中に葬られているとの話があるようです。

王子神社 本殿

大山詣での柏尾通りの入口となる「大山道道標」を過ぎて不動坂の交差点から旧道に入ります。

見えてきたのは「赤レンガの建物」、鎌倉ハムの倉庫です。イギリス人のウイリアム・カーチスからハムの製造法を学んで鎌倉ハムが国産初の工場を設立したんですね。

赤レンガの建物

鶴岡八幡宮がある「鎌倉」の「鎌倉ハム」と思っていましたが違いました。戸塚宿のこのあたりが昔は鎌倉郡で、その土地の名を取って鎌倉ハムということが判明しました。知らないって怖いです。

国道沿いを歩いていけば「宝蔵院」の大きな石柱、真言宗東峯山とあります。本堂左奥には地蔵堂もあり沢山のお地蔵さまが安置されています。

右手前方には戸塚宿の入口、「江戸方見附跡」です。ここから京口までの2,2Kmが戸塚宿となります。

江戸方見附跡

街道から少し奥に入ったところに日蓮宗のお寺「妙秀寺」があります。広重の絵に描かれている「かまくらみち」の道標があります。確かに橋の左側中央に道標が描かれています。

「かまくらみち」の道標

「吉田大橋」をわたります。こちらが広重の戸塚宿で描いた場所になります。橋の袂には大きく絵で案内が出ており、先程妙秀寺で見た道標が中央にしっかりと見て取れます。

吉田大橋と広重の絵

まもなく本日のゴール戸塚駅、今回はき・つ・か・っ・た。歩行距離16km、約4時間半の道のりで急な登坂、下り坂と私にとっても難所のコース。

こんな時、疲れた身体を癒してくれるもの。お茶もいいし、お団子もいい。でも何と言っても、あの富士山の堂々たる姿を見ると元気が出てくるんですね。きっと江戸時代の人々もそうだったんだと思います。

これから先も天気次第ですが、東海道は富士山を見ながらの旅が続きます。
次は藤沢宿、もっと大きな富士山が見られるかな。

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