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『政秀寺古記』を読む 第1話「執筆之動機」

第1話「執筆之動機」

一、信長卿御一代始終の名誉を弄筆して『信長記』と云ふ。尤、記の體を得たり。其情、餘り有りと見たり。然れ共、「信長」の二字より初まる記なれば、其詞は花多して、実少く、詞は多不足也。
 十三の御年、御元服の事を出して、「信長」の二字は筆少なくし、知らずとかや、聞かずとかや。「此御名乗は、誰れや人、付け給ふや」「反しは何たる文字ぞ」などと古人にも相尋ねて、委細に有るべきを、荒増しに言流しけり。唯「田夫の花の前に息(やす)めるが如し」。また、「賈人(こじん)、鮮なる衣(ころも)を着る」に似る乎。或は、信長卿一代一度、義昭公より下し給ふ感状を載せず候。或、井の口の城手に属し候時、岐阜と名を易(かへ)られ候事、載らず候。或は小牧山に新城を成られ候を入れず候事、予、今、見るに忍びず。天正の頃、信長卿の全盛を見聞するところ、好事に似たりと雖も、今、又、添へて其の尾を記するは、人、之を恠(あや)しむなかれ。

※以上は『政秀寺古記』の「あとがき」ですが、「はじめに(執筆の動機)」として最初にもってきました。

【現代語訳】

一、織田信長公のご生涯、生まれてから亡くなるまでの名誉を、弄筆(ろうひつ。必要以上に飾って書くこと)したのが太田牛一の『信長記』(現代では、小瀬甫庵の『信長記』と区別するために『信長公記』という)である。尤も、伝記としての体(てい)は成しており。(著者の織田信長公に対する)情(こころ)に溢れている。とはいえ、「信長」の二字をタイトルに入れた本であり、その内容は「花」(美辞麗句)が多くて、「実」(実質)は少く、説明不足である。
 織田信長公が13歳の時に元服されたことを書いておきながら、「信長」と名付けられた命名の由来を(太田牛一は)知らないのだろうか、(知ってる人に)聞かなかったのだろうか(書かれていない)。「この名は、誰が付けられたのか」「反し(反切)は何か」などと古老に尋ねて、詳細に書くべきであるのに、「あらまし」(概略)しか書かれていない。これはもう、和歌にたとえれば、大友黒主の「山人が花の陰に休むような歌」、あるいは、文屋康秀の「商人が色鮮やかな服を着たような歌」のような文章だと言ってもよいのではなかろうか。あとは、織田信長公が、その生涯で一度だけ足利義昭公から下された感状を載せていないとか、織田信長公が「井の口」城(稲葉山城)におられた時に「井の口」を「岐阜」と名を改められたことが載せられていない。あとは、小牧山に新城を築いたことも載っていない。私は、今、『信長記』を見るに忍びないので、天正の頃(1573-1593。織田信長は天正10年(1582年)に亡くなっている)の織田信長公の全盛期を見聞した事柄を、物好きだと言われようが、今、尾ひれをつけて(補足して詳しく)書くので、読者は奇妙に思わないように。

【解説】

 太田牛一『信長公記』「首巻」にご不満をお持ちのようです。
①「信長」という名の由来が書かれていない。
②織田信長宛の足利義昭の感状を載せていない。
③「岐阜」の由来が書かれていない。
④小牧城への移転が書かれていない。
という肝心なことが書かれていない。(「体」と「情」はいいけど、「詞」がダメ。)特に政秀寺は、執筆時には小牧にあったでしょうから、④は書いて欲しかったでしょうね。(確かに『信長公記』には「小牧に移ろうと言って茶臼山砦を築くと、敵が大口城から逃げ出した」と書いてあるだけですね。)

 「尾ひれをつける」は魚の絵に尾やひれをたくさんつけて、実際にいない魚にしちゃうことですが、『信長公記』は胴体のみの魚の絵なので、尾ひれを付けて、実際にいる魚の絵にしようということかな。

 「情(こころ)」「詞(ことば)」「体(てい)」については、藤原定家の『詠歌大概』の冒頭に「情以新為先、詞以旧可用。風体可効堪能先達之秀歌」(情は新しきを以て先と為し、詞は旧(ふる)きを以て用うべし。 風体は堪能なる先達の秀歌に効(なら)ふべし)とあります。意味は「人が未だに詠んでいない心を求めて(新鮮な切口で)、先達が用いた言葉で詠む。秀歌に学び、その体に倣うべし」ってところかな。(室町時代の連歌では、先達が用いていない言葉を使うのが意外で、面白いのですけどね。)『政秀寺古記』というタイトルから「経典からの引用が多い」という先入観を持っていましたので、これは意外でした。

★『古今和歌集』真名序/仮名序
・大友黒主之歌、古猿丸大夫之次也。頗有逸興、而躰甚鄙。如田夫之息花前也。/大友黒主は、そのさまいやし。いはば薪負へる山びとの花のかげに休めるがごとし。
・文琳巧詠物。然其躰近俗。如賈人之着鮮衣。/文屋康秀は、言葉はたくみにて、そのさま身におはず。いはば商人のよき衣着たらむがごとし。

 「花と実」は、歌論では、「外観と実質」「表現と内容」になります。

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