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京都市、醍醐寺( だいごじ )です。

豊臣 秀吉( とよとみ ひでよし )が亡くなる5ヶ月前の、慶長3年3月15日( 1598年4月20日 )に催された、醍醐の花見の会場になったことで有名な寺院です。

醍醐寺は、上醍醐( かみだいご )と下醍醐( しもだいご )に分かれていて、下醍醐寺の本坊的な存在となっている三宝院( さんぽういん )の玄関から中へ入ると、すごい日本庭園が、奥に広がっています

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第四巻 第三章 織田信長の統一事業

〇天文二十一(一五五二)年頃の駿河・三河・尾張の勢力図
N「尾張を治める織田信秀(織田信長の父)と、駿河を治め『東海道一の弓取り』と呼ばれた今川義元は、松平家の治める三河、そして独立した経済拠点である津島・熱田を巡って激しく争っていた。津島と熱田は信秀が抑えたが、三河は義元が制圧し、松平元康(徳川家康)は今川家の人質となっていた」

〇萬松寺
僧侶三百人が集まる壮大な信秀の葬儀。
N「天文二十一

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もてなしの心

『もてなしの心』
 
おはようございます
 
あなたと神様を繋ぐ
 
神々の通訳者 ベガです。
 
 
今日は京都に来ました(^-^)
ゆっくり観光できたのは久しぶり
特に夕方の金閣寺は夕日が当たり
とても綺麗でした!
 
後は織田信長公が祀られている
建勲神社
 
紅葉には少し早かったですが
落ち着いた雰囲気で眺めのいい
素適な場所でした
 
というわけで
 
*.○。・.: * .。○・。.。

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人の上に立つ者が、自身の立場や肩書に陶酔するは、己が知らぬところで人の心に恨みを生むものと心得るべし。

織田信長が、三河一帯の統制を成したことは、彼の先見の明と実力と策略が優れていたものと考えられる。それほど優れた人物でさえも、自身の心に傲慢さを宿し、己を神と名乗る愚考は、家臣の心情に疑念を抱かせたり、憎しみや裏切りの心を抱かせたりする。

 おそらく、明智光秀は、織田信長を親方として仕えたかったのであり、神として崇めたかったわけではなく、親方の口から「神」という言葉を聞いたその瞬間から、その先の政

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一緒に明日を迎えに行こう!!
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ホトトギス問題

織田さんとこの信長氏、豊臣さんとこの秀吉氏、徳川さんとこの家康氏、このお三方の行動に関する表現といいましょうか、アレですよ。

そこでね、誰しも1度は考えたことがあるであろう、自分だったらなんだろっていう、ホトトギス問題ね。

わたくしだったらコレかしらねぇというのを。わたくし、『人に厳しく自分に甘々』のなかなかの最低な奴なんでねこうですよ!

鳴かぬなら 鳥なんて辞めちゃえよ 時鳥

いや

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スキって心に染み入りますなぁ~嬉しい
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『信長公記』「首巻」について

『信長記』(しんちょうき)は、戦国大名・織田信長の一代記(全16巻)で、著者は家臣の太田牛一(1527-1613)です。この『信長記』をもとに、小瀬甫庵は『信長記』を著し、元和8年(1622年)に刊行しました。両者を区別するために、太田牛一の『信長記』を『信長公記』、小瀬甫庵の『信長記』を『甫庵信長記』と呼んでいます。
 どとらも「記」(物語)ですが、「記」から脚色部分を取り除けば、史実が残るわけ

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やったー! ありがとうございます\(^o^)/
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明智光秀は「計略と策謀の達人」だった!(BS歴史科学捜査班)

来年の大河ドラマは明智光秀だったなあと思い、番組を見た。長谷川博己が好き。買おうかどうしようか迷っている『図説 明智光秀』の著者・柴裕之氏がゲストだった。

以下、備忘録がてらの番組内容(日付とか間違ってるかもしれない)。途中、電話がかかってきたので10分弱の内容がぬけている。

明智光秀のイメージ

裏切りの人、報われない人、まじめすぎて信長に嫌われた人、というようなイメージが世間一般であろう。

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とても嬉しいです ありがとうございます
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『信長公記』『松平記』『三河物語』にみる「桶狭間の戦い」

「桶狭間の戦い」について語る時の必読書は、
・太田牛一『信長公記』
・大久保忠教『三河物語』
・阿部定次『松平記』
ですね。

 ──何が問題かって、三冊三様ってことです。

《『信長公記』の「桶狭間の戦い」》
https://note.mu/senmi/n/nd7f28bfc3ed9

①5月17日、今川義元、沓掛城に着陣。
②5月18日夜、松平元康(後の徳川家康)大高城兵粮入れ。
②5月19日

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やったー! ありがとうございます\(^o^)/
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安土桃山時代を学ぶコツ

安土桃山時代は室町幕府がなくなった後の時代になります。
安土桃山時代は将軍足利義昭を支えてた織田信長が
将軍によって裏切られたため報復として、
足利義昭を京から追放した頃から始まります。

安土桃山時代の特徴は
織田信長が天皇の命令を名目として日本を統治する戦いから始まり
豊臣秀吉が天皇の代理人「関白」として日本を統治した時代を指します。

二代と短い期間ですが、
日本が一つになった数少ない期間で

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室町時代を学ぶコツ

室町時代は何となく始まり何となく終わる時代です。

後醍醐天皇の組織に対抗して、
足利尊氏が天皇を立てて組織したグループに北朝があります。

(南朝北朝はどちらに優劣があるものではありません)

ただ北朝の天皇は政治力がなかったので、
政治を引っ張る人材として足利尊氏が抜擢されました。

これが室町幕府の始まりです。
ここでポイントなるのが、
室町幕府は足利尊氏の部下にあたる守護大名が大きな存在と

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