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目は口ほどに物を言う

牛がかわいいなと思った話。

私は酪農やら畜産やら現場が好きで、よくしてくれる農家さんのおかげで現場にいれてもらうことがあった

この時は山奥で酪農を営む酪農家さんのところで実習していた。
私は餌であるサイレージ(牧草を乳酸発酵させたやつ)の残さの片づけをお願いされていて、でっかいフォークみたいな用具(ピッチフォークというらしい)を使ってきれいにしていた.

ふと。目の前の牛がじっと目をみてくる。触ってみると私の手をしきりにおでこにあてがうような動きをする。

(はは~ん。君はおでこがかゆいんだな?)

作業を少しだけ止めておでこをかいてあげると気持ちよさそうに頭を動かす。かゆいよねえ。4足歩行の動物、ましてや日々の搾乳のためにつなぎ飼いとなったらそりゃあ満足におでこもかけないに決まってる。なるべくかいてあげたい。
そう思ってしばらくかきかきしてあげていた。でも私の仕事は牛のおでこかきかきではない。
「おでこ、まだかゆいだろうけど、ごめん。私行かなくちゃ。」
彼女にそう告げて私はピッチフォークを持ち直した。

となりの牛、またその隣の牛…もくもくと作業を続けていく。牛も本当に個性的で、ねえねえなにしてるの???といたずらっぽくちょっかいをかけてくる子、「さっさとやってくれない?」ってな感じで不快そうな子、まったくもってこちらに無関心な子…十牛十色だなあなんて思いながら作業していた。

…ふと。視線を感じる。
実習生は私しかいないし、農家さんは牧草の管理で牛舎にいない。
この視線は。

さっきの子だった。模様の少ない、さっきの子。
もう一点、私だけを見ている。ずっと。
言語を経由しないのにわかる。伝わってくる。
「ねえ。かいてよ。おでこ。」の声。見てる。じっと見てる。私がどんなに動こうと、目をそらさない。

当牛は真剣な訴えなんだろうけれど、私はもう、内心「なんだおまええええええええええかわいいいいいいいいいいいいいいいいいい」となっていた。

「ちょっと待っててね。」

そういって残りの作業をさくさくと終わらせた。
誰かを待たせていると思うと人は焦るもので、本当に急いだ。

そしてさっきのところまで戻ってもう思う存分彼女のおでこをかいてあげた。最初と同じように気持ちよさそうに頭を動かしていた。



後日談

その2年半後くらいに同じ酪農家さんに久しぶりに実習に行った。

驚いたことがあった。その子にそっくりの模様の少ない牛がいた。しかもおでこをかいて!!!とせがんできたのだ。あの時と同じように。
私がそこから離れると。。。。み、みてる~!!!!!!
デジャヴ感にびっくりしながら、あの時と同じ対応をする。
私にぐいぐい押し付けてくる頭に懐かしさを覚えながら耳についてるタグの個体識別番号の写真を撮る。

作業から帰ってきてからドキドキしながら個体識別番号を検索する。
日本で育った牛はトレーサビリティが徹底しているので、各牛に振り当てられた番号を検索するだけで、その牛の牛生、すなわち生まれてから死ぬまで全部の経歴がわかるのだ
前に出会ったあの子の個体識別番号は知らないが、出生年月日が私が実習にはじめてきたあの年より何年か前だったら確定であの子だろう。。。と期待していた。

しかし、今回のおでこの子の結果は、2年前に出生、だった。
現実は厳しい。

だから2年半おでこの子は、少なくとも私が担当した牛舎にはいなかった、と思う。牧場自体にいないのか、もうほんとうにいないのかはもう私には知る由もない。でも、模様の少ないあの子と今回の子。血はつながっててほしいなあと勝手に思っている。


おしまい。





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