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感情って!

些細なこと、場にそぐわない笑いで救われたこと、深夜の家族内の出来事を記しておこう。

怒りから出たものではない、それだけははっきりしている。むしろ胸の奥深く溜まりにたまった哀しみが激しく突き上げてきて、どうにも抑えることができなかったのだ。決壊してしまったら、その勢いはとどまることを知らない。背丈のある息子の両腕をギュっと掴む。撥ねのけもせず、じっと母親からの叱責を俯いたまま浴び続けている息子。人間の体温はこんなにも温かだったろうか、皮膚の下に流れる赤い血、脈打つ音がする、掌から伝わって私の体の中を巡る若い血。荒々しい感情が臓物のような姿をして目の前にある。もはや取り乱したとしか言いようのない訴えの声に驚いて夫が間に入った。「落ち着け」と、何度も背中をさすって宥めようとする。そしてあまりに動揺したのだろう、夫は息子に向かって「よしぼー」などと自分の弟の名を呼ぶではないか、間違えたと分かってもさらに「シロ!」なんぞと15年間家族同様可愛がっていた飼い犬の名で呼ぶものだから可笑しくてしようがない。自分の息子の名前が出てこない夫も相当うろたえている。張りつめた空気が緩む。どうやって矛を納めようかと内心困っていた私を救い出した瞬間、感情の塊は輪郭を失い形なく崩れ去っていった。

些細なこと、ひととき現れ、消えてゆく。他人事のようにいつも鳥瞰する束の間。


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