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15軒目:北沢小西

下北沢駅前を出て南口商店街の人混みを下り、老舗の花屋さん「ユー花園」手前の路地を右へ。少し歩くと右手に映画『STAR WARS』の映画タイトル…のような看板と、作中に登場するロボット・R2-D2のフィギュアが。「映画グッズのショップ…?」と一見思ってしまうそのお店の名は、クラフトビール&ハードサイダーの小売酒店『北沢小西』。扉を開くと、壁際にずらっと冷蔵庫が並び、日本だけでなく海外のクラフトビールのラベルが色とりどりに陳列されている。

興味津々でラベルを眺めていると、それぞれの味やブルワリーの特徴を丁寧に説明してくれながら、

「ほんとにね、クラフトビールに感謝してるんです。ここを継ごうと思った時から、うちは奇跡が続いているなと思っていて」と話し始めてくれたのは、倉嶋恵美さん。

恵美さんは入籍後に先代と一緒にお店に立ち続け、現在は3年前に会社員を退職した夫の倉嶋太一さんと二人でお店を切り盛りしている。ご好意でおすすめのクラフトビールを一杯いただきつつ店内を見渡すと、お店奥の壁に”90周年”の記念ポスターや、Tシャツを発見。聞けば、戦前から変わらず同じ場所でお店を営んでいるという。

下北沢で92年。まちの酒屋から、クラフトビール専門店へ

「夫の祖父が一代目で、長野県から上京して青山の酒屋で修行をしたのち、この場所でお店を出したのが1931年のことです。ちょっとややこしいんですけれど、『小西』は苗字ではなくて、酒屋の屋号なんですね。江戸時代に生まれたお店が暖簾分けを繰り返していったんです。昔より減ったけれど、今でも東京各地に小西の名前が残る酒屋があるんですよ。うちのお店は下北沢にお店を構えたから『北沢小西』です」(倉嶋恵美さん)

小西の名前を残す酒屋がずらり。

1981年に太一さんの母が二代目として店を引き継ぎ、その後太一さんと恵美さんが入籍。太一さんは会社員として働く一方、恵美さんは二代目と「女二人でお店を切り盛り」するようになったという。1990年代の北沢小西は下北沢界隈の飲食店への卸をメインとするいわゆる普通の酒屋。お昼時から夕方にかけて、アルバイトがバイクで忙しなく配達に回っていたのだとか。

しかし、2003年の酒類販売免許の自由化により、コンビニ・スーパーでの酒類購入が可能に。その煽りによって、閉業する酒屋が増えていった。

青い看板に赤いひさし。いわゆる町の酒屋らしい、北沢小西のかつての姿。

「悩みながらギリギリのところで続けていたんですが、先代から継ぐことになって2013年に大規模なリニューアルをすることに決めました。ご近所からは『いよいよ北沢小西も閉店か…』と思われていたみたいですけど(笑)。なので、リニューアルだったと知った皆さんからは、お祝いにお花をたくさんいただきました。

ここから先は専門性に特化しないと生き残れないと判断して、リニューアルした当初はワインやシャンパンを販売するショップとして営業していたんですけど…真夏になったら、ワインって売れないんですよ。そこで、何か手を打たなくては、ということで夫が土日を使って次の策を探し始めました。そんな中、ドイツビールはどうだろう、とドイツビールの試飲イベントに通うようになったのですが、なぜかどこへ行ってもクラフトビールがあって」(恵美さん)

当時、まだ日本では認知度が低かったクラフトビール。だからこそ伝統ある日本酒やワインの格式高さとはまた違い、業界全体をこれから盛り上げていこうというフラットな仲間意識と、垣根のなさが新鮮で楽しかったと話す。

イベントへの参加を重ねるうち、いつからか太一さんはクラフトビールのコミュニティにも出入りするように。ドイツビールとは違い、小ロットでも仕入れ可能なクラフトビールの特徴も、リニューアル後のお店の方向性を模索する最中で大きな助けになったそうだ。

「”東京クラフトビールマニア”というビール同好会を立ち上げたクラフトビールイベントの企画会社の友人がいるのですが、その人が店に来てくれたとき『これからでも、まだクラフトビールの先駆者になれるかな』って聞いてみたんです。そしたら、『クラフトビールを飲めるお店はあるけれど、買える店ってまだほとんどないです。今から始めて遅すぎるっていうことは絶対ない』と言ってくれて。僕らが北沢小西をクラフトビールのお店にしよう、と決断したのはまさにこの時でした」(倉嶋太一さん)

現在は二人でお店を切り盛りする、倉嶋恵美さん(左)と倉嶋太一さん(右)

「正直、その頃はまだ迷ってたんですよ。クラフトビールは面白そうではあったけど、新しいことを始めるのって、やっぱりわからないことも多くて怖さもあるし、…あとね、実は私、そもそもビールが苦手なんです(笑)。大手メーカーのビールすら飲んで来なかったから。会話を交わす二人の後ろ姿を私はカウンターから見ていたのですが、そのやり取りを聞いて決めましたね」(恵美さん)

クラフトビールの“教え合う文化”で育まれた10年間

クラフトビールは、ブルワリー同士がレシピを秘密にせず、ときに共有しあう習慣がある。そのオープンな性質は、それを飲む人・販売する人さえ区別しない。恵美さんもその輪の中で、先駆者的なお店に仕入れ方法を教えてもらったり、訪れたお客さんからのおすすめを聞くことで、少しずつ取扱数を増やしていったそうだ。

「新参者だったけど『小さな業界で力を合わせてやっていかなきゃ!』みたいな感じで、ブルワリーも酒屋も一緒に奔走しているのが本当に楽しかった。それは販売する側だけじゃなくて、お客さんも一緒。アメリカ人のクラフトビール好きや、いち早くクラフトビールが好きな人が来店して、『これが美味しいよ』だったり『仕入れてほしい銘柄があるんだ』って情報を共有してくれるんですよ。

そもそも私は本当にビールの情報ゼロだったから、それをスポンジのごとく吸収しましたね。次にそのお客さんが来たら、そのビールが入ってる、みたいなスピード感でした」(恵美さん)

人気のブルワリーはもちろん、クラフトビール好きの間でもまだそれほど知られていない
ブルワリーのビールまで、「発見」が楽しい北沢小西のラインナップ
慣れないお客さんにもわかりやすいように色別のシールで紹介するスタイルは太一さんの発案

また、店内で角打ち(有料試飲)できるように整備したのも、お店が知られる大きな契機になったという。

「ひところは外にも机を置いていて、ほんとに自由に飲めるようにして。パッケージだけでは味が想像できないだろう、という目的で始めたんですけど、ヨーロッパのパブ文化に馴染みのある欧米の人たちとマッチしたみたいで。ものすごく大きくて、体格差に怯んでしまいそうな方々も静かにひたすらビールを飲む時間を楽しんでいる。友達を誘って、何度も来てくれたりしてね。あの時期を天国だった、と話すお客さんもいますよ」
(恵美さん)

知名度が上がって来店者が増えるうちに、管理が難しくなったのと、冷蔵庫が増えたことで角打ちスペースは一旦縮小。人数や時間の制限を設けていたが、現在は11月から導入された新たなルールのもと、再び自由度高く有料試飲を楽しめるようになっている。以前から好評だったクラフト生ビールも復活し、サーバ―から抽出されるフレッシュな味を店内で楽しむのはもちろん、テイクアウトして下北沢の街へとくり出すこともできる。

最近ではクラフトビールの盛り上がりによって、下北沢に訪れる若い層でも1000円前後のクラフトビールを購入していくことも増えているという。

「最近は近くのライブハウスのライブ終わりや、ライブの合間に買い物に来てくれるバンドマンも多いです。下手したら一缶が1000円以上する場合もあるクラフトビールって、私が若い頃だったら買わなかったなと思うんですけど…今の若い子たちは、美味しいものにお金をかけたり、価値があると思うものに対してお金を払う習慣があるんだなと感じますね。あとは飲食店が仕入れにも来ますし、『今度クラフトビール店を開くんです』と挨拶にくる同業者さんも増えてきましたね」(恵美さん)

音楽家のオーナーが立ち上げた、埼玉県ときがわ町のTeenage Brewingのビールで乾杯

続けてきた価値と、これからの100年に向けて

北沢小西がリニューアルして、今年で11年。時代は移ろい、昨今のクラフトビールの人気は凄まじい。当時は下北沢・三茶エリアでクラフトビールを取り扱うお店がほとんどなかったが、ここ数年は劇的といっていい勢いで増えている。こうした変化を「当時では考えられない展開で嬉しい」と恵美さんは話す。

店内に所狭しと陳列されているSTAR WARSグッズは太一さんの趣味

「この約10年本当に大変だったけれど、すごく楽しかった。クラフトビールの文化が根付く一番の初期、楽しいところを私たちは見せてもらって、関わらせてもらいましたね。これからもどんどん新しいお店が増えると思うけれど、初期から今ここに至るまでを見られたことが、私たちにとって幸せだったというか。

販売する場所が増えても、私たちは作り手が心を込めて作ったビールを、変わらず対面販売で伝えていく。これをやっていくのみだなっていう姿勢に落ち着けて、今はとてもいい感じです。

そして改めて、苦しい状況でも店を閉めずに続けてくれた先代への感謝も最近強く感じているんです。当時は『廃れてしまうぐらいならやめた方がいい』と思っていたけれど、今はそんなこと思いません。酒屋時代にバイトしていた子が、子供を連れて遊びに来てくれたり、下北沢の町でも未だに『北沢小西で働いてました!』という人と出会ったりしますから。

あと8年で100周年だけど…、今終わってもいいと思っているくらい、悔いはないです。夫が3年前に会社を辞めて、ここに入ってきてくれたことで、私の仕事も落ち着きましたし。あとは健康だけかな(笑)」(恵美さん)

そう話す恵美さんに、大きく頷く太一さん。インタビュー中も、二人は時に頷き合いながら、お店の歩んできた時間と、その時々の出来事を愛おしむようにゆっくりとたどりながら言葉を紡いでくれた。戦前から繋がれてきた「北沢小西」という酒屋の歴史は、二人が選んだクラフトビールと、それを愛する人達によって、この先の下北沢にも確かに繋がれていく。

【北沢小西】
東京都世田谷区代沢5丁目28−16
TEL 03-3421-0932
営業時間:14:00〜22:00、土曜日11:00〜22:00、日祝日 11:00〜21:00
定休日:火曜休/不定休あり
※直近の店休日情報はインスタグラム(@kitazawakonishi)ほかSNSに掲載。
※現在の有料試飲の情報は北沢小西のウェブサイトにてご確認ください

写真/石原敦志 取材・文/ヤマグチナナコ 編集/木村俊介(散歩社)

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