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専門商社からPR会社へ。書くことで見つめなおす自分の考え方【2019年7月期受講生課題記事】

※こちらは「ライティング基礎ワークショップ(2019年7月期)」の受講生が、課題として作成したインタビュー記事です。

現在PR会社にて、イベント企画やPR施策の提案などを行っているHさんに、お話を伺いました。もともと専門商社の総合職から、がらっとジョブチェンジされたHさん。

自身の選択と、書くことがどのようにリンクしてきたのかお伺いしていきます。

――今はPR会社にお勤めとのことですが、最近転職されているんですよね。最初のお仕事は何をされていたのでしょうか。

大学卒業後は、鉄鋼関係の専門商社に入社し、総務部で採用業務を担当していました。あるとき、中国駐在員の人手不足がわかり、人事部に呼ばれ「中国に行ってみない?」とお声掛けいただいたんです。

ーーなぜHさんに相談がいったのでしょうか?

私は大学4年間で中国語を勉強していて、他の人よりも中国語の下地があったんです。突然の打診で驚きましたが、職場に閉そく感を感じており、違う環境を知りたいと感じている時期でもありました。自分の見聞を広げ、突破口を見出すせっかくの機会なので、赴任することにしました。

――中国語が思わぬ形で活きたのですね。

中国に行けたのは、他の広い世界を見る意味では非常に良かったです。
2年3ヶ月ほど駐在していたのですが、今まで自社しか知らなかったけれど、他の日系企業と交流する機会が持てましたし、日本が外からどう見られているのか、一方で自社の日本支社はよそをどう見ているのかを俯瞰して知ることができました。

また、フリーペーパーのライターという新しい経験もできました。

――そうなんですね!ライターを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

駐在員同士で集まる飲み会の場で、コーヒー好きが昂じて駐在員の方々に地元でおススメのコーヒー屋さんを紹介したことです。

その時に出会った新聞記者の方に「そんなに詳しく語れるなら、地元のコーヒー事情について書いたら面白いのではないか」と、地元の日本人向けフリーペーパーの編集部の方をご紹介頂きました。

それで本当にそのフリーペーパーの持つオンラインメディアで連載記事を書くことになって。 

市内にある美味しいコーヒー屋さんの紹介や、カフェで使える中国語講座などを記事にしていました。

――なるほど。もともと文章を書くことは好きだったんですか?

小学校6年生から中学2年生までは、ファンタジー小説を書くのがすごく好きでした。

私は小学校2年生から4年生の秋までアメリカに住んでいた帰国子女で、小中高とつねに日本語脳と英語脳を切り替えながら作文をしていて、10代の頃は書くことは身近でしたね。

――小学校6年生から中学2年生までとはやけに具体的ですね。中2で何かありました?

中学2年生の時に出版社の小説コンクールに応募したんです。でも後から冷静になって読み返したらひっちゃかめっちゃかで、よくこれで応募したなと恥ずかしくなって(笑)。 

今から才能が開花するわけもないし、冷静になろうと現実を噛みしめました。

それ以来、学校の課題以外では文章を書かなくなりましたね。

――では久しぶりに自由に書いていたんですね。

そうですね。

自分の好きなように中国のおすすめスポットを書いたりする中で、「読んだよ!行ってみた」という連絡だけでなく、「行く勇気がなかったけど、あの記事を読んで入る気になった」とまで言われたことがあって。

知っている知識を純粋に記事にしたら喜ばれたんです。

すごく嬉しかった。自分の知っていることは皆も知っていると思いがちだけど、実はそうじゃない。自分が好きなことは言語化していいのだと気づきました。

――自分の記事で人の気持ちや行動をプラスにできる経験はかけがえないですよね。

その後中国から日本に戻ってきて、現職に転職とのことですが、退職のきっかけは何だったのでしょうか。

商社の世界は男性社会で旧態依然としています。女性の総合職も、他の社員が退職してしまい当時は私だけ。理不尽なバッシングなども経験し、中国に行く前から、組織として変わるべきところが古いままだと感じていました。
実際、中国でも接待時に取引先の方から「渡辺直美がかわいくなくなったバージョンの顔に似ているよね」と平気な顔で言われたことがあります。
確かにその方の奥さんは私と同じ年で美人でした。着任したばかりでまだ仕事も慣れない中でそんなことを言われて、つぶれそうな気持になりました。

――すごいセクハラですね……!

今ならまだセクハラだと言えるかもしれませんが、当時はそんなことが言える雰囲気の会社ではありませんでしたね。

――確かに、企業によってはまだまだハラスメントを訴えづらい会社もありますよね。

そうですね。 

私はもともと一重なのをコンプレックスに思っていたので、このまま嫌な気持ちを持ち続けると自分がつぶれてしまう、何かしなくてはと考え二重整形をしました。自分で選択して行動に移したことで、視野も開けかなり楽になって。 これからも人のコンプレックスをただ笑うよりも、その苦悩や努力に寄り添える人でありたいです。

――とても共感できます。

結局、前の会社は古いままで、新しい気づきは中国でのライター経験など、いつも外部から得られていたんです。もっと書く仕事を通じて新しい気づきを多く得られるような場所に身を置きたいと思い、転職することにしました。
今はPR会社に勤務しており、イベント運営やプレスリリース作成のサポート、PR施策の提案などを行っています。

――実際に書く仕事に転職して、期待通り新しい気づきは得られましたか?
入社前は書く仕事をすると思ったのですが、実は「書くだけ」の仕事なんて存在しませんでした。誰かに何かを伝えるために書くわけです。

自分が持つイメージで書いてしまうと、クライアントが伝えてほしかった事が読み手に伝わらりません。

よい記事を書くためには、相手を理解しようとする姿勢が前提であり、書ける=相手を理解している事につながっている事に気づかされました。あたり前の事ではあるんですが(笑)。

――仕事への向き合い方も変わったのでしょうか?

がらっと変わりました。

今の仕事は、色々な企業や業界をクライアントとし、ネタ(新商品や経営戦略など)をメディアにアプローチして、掲載に繋げられるように動くこと。

クライアントのネタ待ちではなく、自分たちで既存のネタを今一度丁寧に洗い出して、切り口を変えて業界メディアに刺さりそうな方向性でアプローチをする必要があります。

その為には自分で切り口を見つけて、相手にどう話を持っていけばいいか考えなくてはいけません。

前職は1ヶ月の仕事がルーティンで決まっており、仕事はほぼ作業。自発性が求められる局面は少なかった分、受身でいられましたが、今はそれだと全く仕事になりません。仕事が自分事になりました。

――確かに全然違いますね!

転職し、書くことへの認識や、仕事への向き合い方を変える気づきを得らてよかったです。

これからも気づきの機会を増やして色々なものの見方を身につけていければと考えています。

(インタビュー・文/綿貫美紀:noteTwitter
(写真/ Hannah Olinger on Unsplash)


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「ライティング基礎ワークショップ」受講生課題記事

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