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ファジーネーブル

 駅から離れた場所にあるこのバーはビターな雰囲気で溢れ、彼の手元の腕時計はその輝きを発するものの、お互いの顔はよく見えなかった。ロングカクテルのグラスに、夕焼けと透き通った色がグラデーションしていた。甘くて苦くて切ない味を飲み干しても、彼と目を合わせることは叶わなかった。彼は人と関わる時、心の距離を取る。マスターと仕事の話をする時も、まるで熱心ではないかのように振る舞うが、彼は仕事人間だ。しかし、彼は私と抱き合った時、誰よりも激しく心をぶつけてくる。私はなす術無く蕩けるだけであった。

「一緒に寝てしまったら、もう恋愛対象としては見れないな。」

ずっと前に彼に言われた言葉は、初めて彼と夜を過ごした日から心に刺さったままだ。この刹那にもその言葉を思い出しているのは、彼が目の前にいるからではなく、あの夜もファジーネーブルを飲んでいたからだろう。彼は、あの日からすっかり変わってしまった。まるで鉄格子で囲まれて近付けない宝物のように、彼の心は見えているのに届かないところに行ってしまい、何回も夢見た彼との世界は本当に夢になってしまった。夢になってしまってから、あの夜のことを思い出してまた彼に染まって、それから目が覚めると自分が馬鹿らしくなってくる。

「そんな真面目にならなくてもいいのにな。」

マスターと話す彼に向けて、少し大きめに呟いてみた。でも、幸か不幸か彼には届かなかったみたい。

「カラン」

氷は溶けて項垂れた。


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