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東京お遍路①資生堂パーラーで雨宮まみのミートクロケットを食べる。

旦那さんの出張にかこつけて、親に赤ちゃんを預けて東京に出かけることにしました。

久々の東京。久々の一人だけで過ごす時間。

一週間前くらいから心が浮き足立って、赤ちゃんが泣いても全然イライラしません。

授乳の時間になるごとに、スマホ片手に行きたい場所やイベントを何度も何度も調べて、頭の中で予定を組み立てます。

美術館に映画館。おいしいもの、買いたいもの。
東京には新しくて美しくてきらびやかなものがたくさんあって、それらを眺めているだけで心が満たされていきます。

東京の土地勘はそれなりにあるつもりです。

小学生の頃、少し住んでいたことがあるし 
学生時代は何度か遊びに来ました。
東京に彼氏がいたこともあります。
そして、私は東京で就職するつもりでした。

雨宮まみさんのように。

「こじらせ」という流行語で一躍有名になった雨宮さんの本に私が出会ったのは、大学一年生の冬休みのことでした。
派手な色使いで女性が描かれたその本のタイトルは「女子をこじらせて」。
内容は、自意識を「こじらせ」た雨宮さんの半生が綴られた自伝的なエッセイで、
当時、美大の文芸学科に通って「サブカル女子」を標榜し、自意識についてのエッセイを書いていた私は「これ、私が書くはずだったのに!」と猛烈な嫉妬と嫌悪感でいっぱいになりながらその本を読み進めました。

「文章も熱意だけが先走って素人くさいし、絶対に私の方が上手く書けるのに。」と、おこがましくも思いながら。

そうして「あーあ、自分が座るはずだった椅子を奪われた。」なんて身勝手に思いながら、でも大学を卒業したら出版社で下積みをして、作家としてデビューするんだ。と、信じて疑いませんでした。

でも、まあ、残念。私の人生はそんなに上手くいかなかったのです。

プライドが高くて自分に自信があった私は、現実との落差の分だけがっつり落ち込んで、引きこもりになりましたとさ。

安易なまとめ方をすると、青春に挫折はつきものだから仕方ない。というようなよくある話です。

でも私は未だに毎日毎日その挫折を思い出しては悔しい、悲しい、死にたい気持ちになるのです。
そして忘れられません。今だってこんなこと未練がましく書きたくない。
でも、どんなことを何度書いても、どうしてもぐるぐるとこの話題に戻ってきてしまうのです。

で、まあそんなことが大学時代にありまして。
かといって、ずっと引きこもっているわけにはいかないので自力でなんとかリハビリし、その途中で出会った旦那さんと結婚。で、この間赤ちゃんを産みました。

でもやっぱり、結婚式が近づいた頃や妊娠中、赤ちゃんのお世話をしている時にふと「もしも」の自分を想ってしまうのです。

「もしも」東京の出版社で働いていたら。

「もしも」東京の彼と結婚していたら。

「もしも」東京で暮らしたら。

私は、どんな私だったのでしょう?

雨宮さんのように、なれたのでしょうか?

そんなことを思い出しながら眺める窓の外は雨で、もうすぐ新幹線は東京に着くところです。

今日、列車を降りたら最初に行く場所をスマホで改めて調べます。

「資生堂パーラー」と入力して検索をかけると、スタイリッシュなレイアウトにスマートな洋食の写真が並んだページが表示されました。

銀座にある資生堂パーラーはその名の通り化粧品で有名な「資生堂」が運営する老舗のレストランです。

私がこのお店のことを知ったのは、雨宮さんの

https://srdk.rakuten.jp/entry/2016/12/06/110000

この連載がきっかけでした。

雨宮さんがウエディングドレスを着て40歳のパーティーを開いた場所。
「ミートクロケット」という料理が美味しいレストラン。

私が憧れる美しい東京がそのまま具現化したようなお店です。

新幹線のホームに降り立つと、そこからどんどんと人が流れて、押し出されるようにエスカレーターを下ります。

そこから改札を抜けると、どこから来てどこに行くのかわからない人々がごちゃごちゃになって、思い思いの方向に歩いてゆきます。

“東京に来ると、どうしても身体が硬くなる気がする”

迷わないようにと気を張っているせいや、重い荷物を持って普段より歩くせいもあると思いますが、やっぱり東京には人が多すぎます。

そんな時は「こんなところ、やっぱり住まなくてよかったな。」と思います。
いや、思い込んでいるのでしょうか?
たまに来るから楽しいけれど、毎日では生きていけないと、自分に言い聞かせるように思い込みます。

山手線に乗ると、雨の湿気が車内に充満して水っぽく、ちょっと気持ちが悪いです。
三月だというのに乗客はみんな黒やグレーの服ばかり。
水色のスプリングコートを着てきた自分が浮いているようで、落ち着きません。
ただの平日、いつもの電車。でも、私にとってはハレの日なのです。
ちょっとくらい浮かれた服を着ていても、仕方がありません。

二駅ほど乗って、新橋で降りました。

傘をさして銀座方面に歩く道はすうっと一直線に伸びて、訪れるたびに美しい街だなと思います。

ゴミがいくら落ちていようと、雨でいくら空がよどんでいようと、なぜか凛として美しい街。

車道にはタクシーがびゅんびゅんと走って、宝石店の前にはツアーの行程に無理やり組み込まれていると思わしきバスが停まっていて、見ているとそこだけ香港やマカオのよう。ああ、そういえば東京は、銀座は、アジアの古き良き観光地なのだなと思い出します。

「もしも」高度経済成長がそのまま続いていたら。

「もしも」東京オリンピックの後、バブルが訪れなかったら。

「もしも」昭和が続いていたら。

その「もしも」の先にある楽しいだけの東京ならば、私は住むことができたような気がします。

歴史のことも政治のことも知りません。そして私は平成生まれ。無い物ねだりの妄想です。

そうこうして何度か道を曲がると、現れたのは金色の装飾で縁取られた、レンガ色の細長いビル。

ここが、資生堂パーラーです。

傘をたたみながらバタバタと店内に入ると、意外とカジュアルな格好をしたお客さんもいて安心します。

エレベーターに乗り込んで、目指すのは4階のレストラン。

変わった形のボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと上昇していきます。

扉が開くと3、4人のウエイターさんが待ち構えていました。

上から下までじろりと眺め回されるような感覚。もちろん、被害妄想です。

「1名で、予約をしていないのですが。」と伝えると、すぐにテーブルに案内してくれました。

メニューにさっと目を通して、ランチのコース「銀座モダンランチ」を頼みます。

内容は「本日のスープ、伝統のミートクロケット、メインディッシュ(肉または魚)、ビーフカレーまたはハヤシライス、プチサラダ、コーヒー」。

メインディッシュは魚。ごはんはビーフカレー。ドリンクはサラトガクーラーを選びました。

料理を待つ間、改めて周りを見渡してみると、クリーム色を基調としたふんわりと薄暗い店内に、大きな赤い花が目立つ花瓶。客層は40代くらいの女性を中心に若めの方からおばあさんまでまちまちです。

テーブルには白いクロスがかけられていて、小さな赤いガーベラの花が一輪。

足元は絨毯敷きで、なんとなく時間がゆったりと流れているような、居心地のいい空間です。

運ばれてきたサラトガクーラーに口をつけます。

サラトガクーラーはジンジャエールにライムを加えたノンアルコールのドリンクで、「ビーフカレーに合うかな」と思って選んでみました。

炭酸も強すぎず、すっきりとした味わいです。

そして、お料理。

まずは「本日のスープ」。

今日のスープはコーンチャウダーです。

金縁の白いカップに、黄色いコーンチャウダー。

スプーンでひとさじすくって飲んでみます。

大きめにカットされたベーコンと甘みのあるコーンの味があいまって、美味しいスープです。

しかしまあ、なんでコース料理ってこんなにかったるいんでしょう。

と、スープカップの底に沈んでうまく掬えないベーコンを眺めながら思います。

なんでこう、ちまちまとスプーンを動かしたりナイフで切り分けたりしなくてはいけないのでしょう?

料理が出て、食べて、食べ終わると次の皿が運ばれてきます。

その間の時間。テーブルに食べ物がない時間はどうしても、犬のように「待て。」をされているような気持ちになるのです。

コース料理は社交の料理。ですからもちろん、一人で来たの私が悪いのですが。

次に運ばれてきたのは「伝統のミートクロケット」。

雨宮さんがお友達に「絶対食べて帰ってね!」と言っていたお料理です。

思いのほか小ぶりな作りで、見た目からサクサクとした風味が伝わってきます。

切り分けてみると、中からクリームがとろりと出てきて、口の中に入れると衣のサクサクとクリームのとろーりとした食感が合わさって、食べたことのない不思議な味がします。

さらにソースを一緒に食べると、もっと不思議な味。

コロッケではない、もう少しお菓子に近いような軽みのある食感で、例えるなら、「コロッケ界のマカロンやー!!!」という感じです。

……滑り芸、たまにやりたくなる時ってありませんか?

とにかく、「伝統の」というだけあって味も形も完成されつくされていて、雨宮さんがオススメしていたのも納得です。

すぐに食べ終えて、やっぱり手持ちぶさたになってしまいます。

仕方がないのでスマホで、雨宮さんの記事を読み返すことにしました。

その検索をかけた時に、予測変換に出てきたのは「雨宮まみ かなわない」というキーワード。

雨宮さん、「かなわない」ことにまつわる記事を書いたのでしょうか?

それとも誰かが夜中に文章を書いていて行き詰まって「ああ、雨宮まみにはかなわないなー。」なんて思って、思わずそんな単語を入力したのでしょうか。

検索バーについ感情を入力してしまうことって、よくあります。

「つかれた」とか「死にたい」とか。

で、「すべての疲れは脳の疲れ」とか「こころの健康相談統一ダイヤル」とかが出てきて(今実際に調べました。)

「ちげーよ。」とか「そうじゃないんだよ。」とか思うのです。

「つかれた」には「よしよし。」「死にたい」には「どうしたの?」って、せっかくなら答えて欲しい。

そしてまた、雨宮さんの「穴の底でお待ちしています」

https://cocoloni.jp/culture/29443/

という連載のことを思い出します。

私は全然、まだまだ、雨宮まみにはかないません。

それにやっと気づけたのは、つい最近のことでした。

そして次に出てきたのは「イトヨリダイのポワレ」。

お肉とお魚なら普段は断然お肉派ですが、鶏肉とイトヨリダイならイトヨリダイの方が美味しそうだなと思い、お魚をチョイス。

やっぱりとっても美味しそうなお料理が出てきました。

イトヨリダイの切り身の上に、小さくカットされた春野菜が乗っていて、黄色の可愛らしいソースがかかっています。

イトヨリダイはサクサク、ふわっとした食感で春の白身魚らしい繊細な味で、今日食べている料理の中ではこれが一番好みです。

隣に、若いカップルがやってきました。多分大学生くらいで、何かの展示を見た帰りなのでしょうか?

男の子が「コースとか、食べる?」と聞くと女の子は「いいや。」と答えて単品のビーフカレーを頼みます。

「俺、こういうとこ来るの初めてだわ。」と言いながら辺りを見渡す男の子。

虚勢を張ったり、かしこまったり、そんな会話が続いていきます。

そういえば東京の彼と何度目かの食事をした時、お会計の伝票を見て「……こんなもんか。」と
言われたことがありました。

財布を出したら「いいよ。」と言われたからそのまましまったのに、そんな風に言われたのはちょっと悲しかったです。

「こんなもんか。」はきっと、「こいつにかけるには高すぎる食事代だったな。」という意味なのでしょう。

東京は、お金のかかる街です。彼は東京で、やりたい仕事をしています。でも、そのお給料では生活がギリギリです。

「結婚したら、共働きだね。」「仕事が落ち着いたら、実家に帰って家族とみんなで暮らそう。」

彼の描く「もしも」の暮らしに、私は乗れないな。と思いました。

私は華やかな東京で、お金をつかって遊ぶのが大好きです。

雨のせいでしょうか、いろいろなことを思い出してしまいます。

ビーフカレーが運ばれてきました。これも、雨宮さんのパーティーに登場したメニューです。

ライスの乗ったお皿。カレーの入ったソースポット。お漬物の入った小さな容器。

ザ・洋食。というビジュアルのビーフカレーは、見ているだけでワクワクします。

ソースポットからカレーを取り分けます。

黒に近い茶色のルーに、ごろごろとした牛肉。

コース料理らしく、量は控えめです。

サイトの情報によると、「3日がかりでつくる」というだけあって、重めの質感・濃いめの味付けです。

普段はお家で適当に具材を切って雑に煮込んだカレーばかり食べているので、こんなに落ち着いた気持ちで、背筋を伸ばしてカレーを食べるのは初めてかもしれません。小皿に添えられたプチサラダも、新鮮でおいしいです。

一通り食べ終えると、食後のドリンクの時間になりました。

メニューには「コーヒー」と書かれていたものの、コーヒーと紅茶を選べるようで、紅茶をチョイスしました。

合わせて、デザートのメニューも渡されます。

このデザートは3階のカフェで作られたものをレストランまで運んでいる。と、いうのもまた、ネットからの情報です。

せっかくなら「銀座本店限定のストロベリーパフェ」を頼もうと思ったものの、季節のパフェ「福岡県産やよい姫のストロベリーパフェ」も気になります。

そしてなぜかストロベリーパフェには小さいサイズがあるのに、季節のパフェにはありません。

メニューを一通り眺めてからウエイターさんに、「ミニサイズのパフェってどのくらいの大きさですか?」と尋ねます。

「シャンパンのフルートグラスくらいの大きさですよ。」とのお返事。

それは小さいかも。と思い、季節のパフェを頼みました。

あえて理由をこじつけるなら、やよい姫は福岡県産で、福岡は雨宮さんの出身地。

だから今日は大きいサイズでもいいや。と、カロリーを気にしないで食べてしまうことにします。

パフェグラスに盛り付けられた沢山のいちご。クリームは固めでくっきりと絞り跡が付いていて、いちばん上の苺の先端には金箔が少しそえられています。

いちごとクリームとアイス。すべての味がちゃんと濃くて、冷たすぎず、ぬるすぎず、「さすが資生堂パーラー!」と言いたくなる美味しさでした。

紅茶は全然苦味がなくて、添えられたお菓子もしっとりとしていて美味しい。

それにしても、昔の私だったら絶対に、ウエイターさんに質問なんてできませんでした。

注文するのすら怖くて、わからないことを馬鹿にされているような気がして、メニューをじっと見つめて想像だけで料理を頼むのが精一杯だったはずです。

私がウエイターさんに注文できるのも、面倒ながらもコース料理を食べられるようになったのも、全部、旦那さんに出会ったおかげです。

美味しいもの、きれいなもの。楽しいこと、さみしい気持ち。

今までは、いいことも悪いことも全部独り占めして、背負って、わかったふりをして一人だけで生きていくんだ。とずっと思っていました。

美味しい料理を一緒に食べて、美味しいと言い合うこと。

知らないことは「わからない」とちゃんと言うこと。

「もしも」を捨てて旦那さんと暮らして、できるようになったことがたくさんあります。

女性の生き方の多様性ばかりがもてはやされる昨今。

結婚も、妊娠も、出産もかっこ悪い。主婦として生きるなんて甘えだとずっと思い込んでいたけれど、毎日生活を積み上げていくのは案外難しくやりがいのあることです。

そして、あらめて雨宮さんの生き方を尊敬するようになりました。

亡くなった後に「実は尊敬していました。」だとか「悲しいです。」とか言うのは安易で陳腐なことだと、わかっています。

でもやっぱり、すごいと思う。
(ちゃんと読んだら文章もすごかったし!大学時代のわたしの目は節穴だ!)

「もしも」なんてぐちぐち言わないで、腹をくくって東京を生きた雨宮さんは本当に素敵な女性です。

生きる場所を選ぶこと。暮らし方を選ぶこと。やりたいことを仕事にすること。書きたいことを書くこと。好きなものを好きと言うこと。夜に遊ぶこと。昼に眠ること。お酒を飲むこと。着たい服を着ること。一人で生きること。

その間に雨宮さんがどのくらい迷って、どのくらい心のままに生きていたのか、私にはわかりません。

でも、泥の中にためらわず手をつっこんで、その中からキラキラとしたものを持ち帰って私たちに見せてくれるような生き様は、やっぱり素敵でした。

そろそろ次の予定があるので、お手洗いを済ませたらお会計をして、お店を出ることにします。

せっかくなので、いつか「溺死ジャーナル」で雨宮さんが書いた紀行文と同じ構図で写真を撮ってみました。

産後の激太り。やっぱり鏡を見るたびに悲しくなる。

ダイエットにお化粧。綺麗に身支度を整えること。

美しくなることが悲しい時も、楽しい時も色々あります。

もしまた銀座を訪れたら、私も隣のビルの資生堂メイクルームでメイクをしてもらって、ちゃんと着飾って、プロフィール写真を撮って、そのあとに「ちょっとしたパーティー」を開いてみたいです。

席に戻り伝票をもらうと、お会計は「7,777」。

ラッキーなんて思うのはバカみたいだけど、こういうことがあるとやっぱりちょっと嬉しくて、生きててよかったなって思います。

もしかしたらこの旅行は、私が東京に抱いた「もしも」の亡霊を消していく旅なのかもしれません。

だからこの旅を「東京お遍路」と名付けて、次の目的地に向かうことにします。


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