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売れない作家・沖ノ島旧と、ランプの精。

私がそのランプを手に入れたのは、元はと言えば部屋が散らかりすぎていたからだ。
ゴミ袋を五つ六つこしらえた上で、床を見た。
「ふむ」
まだ売れそうな本が、埃をかぶっている。
「よし、売ったれ」
その金で、カレーでも喰うのだ。
なぜカレーかといえば、そのとき無性に喰いたかったからだ。
査定というものは、少々の時間を要する。よーするに、ヒマだった。
私は店内を歩き回り、ひとりごとを言った。
「よりにもよって、売れもしねーと決まってそーなお宝ばっかだな」
やっていけるのか、このリサイクルショップ。昭和のモンが新しいとか、無茶いうな。
そして、そういう店に自宅のゴミを売りつけようとしている。誰かカモが買ってくれることを期待して、買いつける店。魑魅魍魎すぎだろ。
私は店内をじろじろ見た。薄汚れたバッグと靴、誰も買わねー。
そして、合成皮革お宝コーナーの次に金属コーナーを見た。
よれよれのトリコロールカラーのリボンをまとわりつかせた憐れなトロフィーの隣に陳列された、金色のランプを。
ただしくは、それがランプだったのかどうかさえわからない。
由緒正しき洋食屋などで、ピカピカの入れ物にカレールーが入って提供されることがある、あれだ。正式名称はわからない。
「ふーん」
私はそれを手に取った。意外なほどていねいに磨かれていた。…なんだ、50円か。安っす。
その瞬間、番号札がコールされた。
私はランプを手にして、査定カウンターへ向かった。
そんなわけで、自宅に謎のランプがある。
こいつを買い、パックご飯とレトルトカレーを買うぐらいの金額にはなった。
洋食屋には行けず、チェーン店のカレーショップに少し足りないぐらいだ。微妙すぎる。
ヤカンに突っ込んだ、カレーをあたためる。飯をレンジに放り込む。
ランプを買っておいて、よかったのか。おもしろくもなんともない食生活を、飾ってやろう。
私はカレーの袋を開けた。
金色に輝く金属のカーブにどろりとしたウコン色を注ごうとしたとき、目の前に半裸の男があらわれた。
「…はっ?」
「得体の知れないものを入れるな。オレの住処が汚れる」
やけに胸筋の発達した男が、腕組みをしていばっている。
無駄に立派な上半身に、布切れは唐草模様のベストのみである。
下半身にはさすがに、ブカブカした白いズボンのようなものを履いている。そして、素足だ。
なんだ、オマエは。どこから湧いた。
そして男の傍らに、子猫のような感じの黒髪の少年がよろりと立っている。
なんだなんだ。何が起きた。
私は今、メシを喰おうとしていたのだ。なあ、そうだよな。
半裸の男は顎をそらし、胸を張って言った。
「オレは、ランプの精だ。お前が主人なのか」
「あー。カレーを入れてやろうと思って、買ったけど。50円だったし」
男と少年は、やけに派手な色合いの目を白黒させてひそひそ話し合っている。50円とは金貨でいえばどのぐらいだ。…えー、カケラさえ無理で、金粉も買えないぐらいでしょう。
私はとにかく腹が減ったので、紙皿の上に逆さにした米飯を乗せ、カレーをかけた。プラスチックのスプーンで食べはじめる。
それなりに旨い。腹が満ちてくると、いろいろなことに寛容になる。
紙コップで水を飲み、ゴミを片付けたらおしまいだ。よし、寝るか。
男と猫目の少年がやってきて、うるさく鳴いた。
「寝ようとするな。もっと驚け。願いを言え」
私は片目を開けて男に言った。
「あー。じゃあ私を売れっ子にしてくれ。…以上」
ぼーっとしていそうな少年のほうが、きりりと言い張る。
「こういうご時世ですから、もっと情報が必要です」
「なんでも好きに見たらいい。…寝る」
「オレたちのことを、なんだと思っている」
「ランプの精。徹夜明けの同人作家なめんな」
蛍光灯の光が遠く、ぼんやりと暗くなる。目が覚めたとき、こいつらは消えているはずだ。
私はそう考えていた。眠すぎるから、変な白昼夢を見るんだ。

…煌々と灯り続ける蛍光灯の下に、見覚えのある薄い本が広げられている。
毎日ログインしているサイトの管理画面が、パソコンのモニターに表示されているのを目にした。
…お前ら、ちょっと待てや。
「オタクサイト・ぺくしぼ。フォロワーもエエヤン☆も、共に1桁です。売り上げは500円以下なので、このままでは振り込まれません」
「本の売り上げも皆無に等しいとは。壊滅的ではないか」
図星をさされ、私は唸った。
「うるさいわ、ほっとけ!」
「さきほど売れっ子になりたいと言ったのは、お前自身だろう。オレたちは、願いごとをかなえる準備をしている」
男の虹彩は細く、大型の猫を思わせた。紫の瞳に銀色の長髪、これ以上ないほどキラッキラだ。
私は肩を落とした。
「…いいんだ、ムリに売れなくても」
「正直に言え。そうでなければ、願いごとを変更しろ」
「自分がいいと思ったものを、曲げずに書いてるんだ。反応なんか、なくたっていい。…けど、時々書いてる意味あんのかなあ! って。それでも、また書くんだ」
たまに洋食屋のカレーが食べたい。誰かに読まれたい。渾身の空振りを、どうしたらいいんだよ。
だいたいなあ。
願いごとをかなえてやるって言ってるぐらいなんだから、何か秘策があるんだろうな。
言っているうちにヤケになってきて、私は男にねじ込んだ。
銀髪の男は、立派な胸筋を誇るのだった。
「まかせろ、造作もない」
「ほう、その秘策とは」
「オレを主人公に、書けばいい。大ヒットは約束されたようなものだ。オレは、人気者だからな」
この、アホアホランプの精め。
「お前ら、そこへ直れ! ソファの上で絡め! その場面を今書いてやるっ」
「…フッ。いいだろう、来い」
「ちょっと、やめてください」
階下の住人から文句が来るまで、乱闘は続いた。


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