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満州からの手紙#46~#50

満州からの手紙#46

 お母さん。
今日で二週間、たれからも手紙が来ないのですよ。 しかしそんなことは一寸物足りない気持ぐらいで、別に問題にする程のことはないのだけれど、お母さんからの手紙が全く来ないので心配で心配でたまりません。
どうかしたのですか。
病気にでも成って床についているのではありませんか。
何事もかくさず知らせて下さい。

 無用の気兼ねをして、そちらで小細工をして、後で僕を死ぬ以上に苦しめたり淋しくさせたりしないように、その時その時の家の様子や自分達の近況は、正直に知らせて貰う方がどんなにサッパリするか知れません。

 僕はお母さん達が、家のことや自分の身近のことを兎角僕にかくしがちのように考えられていけません。
それは僕に心配をかけまいとする思いやりの大きな親心からであっても、僕は嬉しくもなく感謝もしません。否、反対にうらみます。
 
 僕は家のこと、父母のことを常々ありのままに知って置きたいのです。
それが僕に一番安心を心にあたえる途だと思って下さい。

 昔風の誤った考えで自分の心に願っていないことをするのは、世の中の一番のうつけ者です。
人間は身も心もそのままに正直にさらけて送るのが、善し悪しにかかわらず、一番安心の出来る満足した生き方です。

 文句はさておいて、どんなのか知らせて下さい。
ほんとうに正直に知らせて下さい。
それから信敏叔父さんの問題とか、その他のすべての問題は、僕に一番先に相談して欲しいと思います。
親子の間にかくす!!と言うことが一番いやなことです。
ではおへんじを待っています。
忠勝
お母さんへ

満州からの手紙#47

 お母さん。
今日が六月の十六日。一日の日にお手紙を貰ったきりで半月にもなるのにお手紙が来ないのは、ほんとうにどうかしたのですか。

 色々一人心配して気をもんでも、結局こうして幾度でも同じことを手紙にならべて自分のいらだつ気持をおさえるより仕方がないのです。

 病気のため手紙がかけぬのなら藤ちゃんにでもたのんで様子を知らせて下さい。
お母さんのことを静かに考えていると、どうしてよいのかわからなく成って、とても淋しい気持になります。

 こんな時いつもお母さんの信心されている観音様に色々とお願いするのです。そしたら少しは気が休まるけれど、やっぱりたれかの手紙で家の様子を知るまでは、何かにつけて心配でたまりません。
食事がおいしくありません。

藤ちゃんは何をしているのですか。
家のことも少しは知らせてくれてもよいでしょうにネ。
なんだかしゃくでいけません。
家にいるんだと、どなれば腹がおさまっても、満州からはどなれない。
藤ちゃんは運のよい奴よ、と思います。

 例の病気ではないのですか。それとも悪病気が流行していると新聞でみたのですが、まさかそんな病気にかかっているんじゃーないでしょうネ。

 僕はこうして手紙をかくのがもどかしくて落ち着きません。
正直に家のことを知らせて下さい。
大至急でまっています。
いろいろ書く気になりませんから今日はこれで サヨナラ 
忠勝
お母さんへ

満州からの手紙#48

 十二日出のお手紙二通、十八日、半月ぶりに確かに受けとりました。
急にお手紙が来なく成ったので、どうしたのだろうと思って随分心配しました。

 こんなに遠く離れていて、訳わからずに心配するのは全くたまらないと思いましたよ。でも手紙をみてホッと安心しました。
急に体が軽く成ってわけもなくはしゃぎたい気持で一杯に成りました。ほんとうに安心しました。

 お母さんの手紙を受けとった日、大西文子君、 宮崎敦子君からも手紙が来ました。
その前日は歌ちゃんからも来ました。
この二、三日とても優秀です。 ハ・・・・・・・。
 
 僕は沢山手紙を出しています。
竹坊、常盤ちゃん、笹井君達にもお返事を出して置いたからとどいたでしょう。
又暇をみて、お手紙よこしてくれるように皆に伝えて下さい。
過日、分隊の戦友達によせがきして貰ってそれを送りましたが、 (ハガキの上に)とどいたですか。
 
 敦子君が写真を送ってくれました。
とても純な感じのする点、好感がもてました。
昨日のハガキで小包を送ったから受けとってくれとかいてありました。
それから本と写真を明日送るから、とも書いてありました。
 
えらくもてるでしょう。 ハ・・・・・・・。
大西君と佐藤君は写真を送ってくれるそうです。
 
 歌坊は僕にろくろく手紙をくれないで、たまにくれた時は手紙のさいそくばかりします。
なんだか僕の嫁に成ることを一人できめているみたいな感じの手紙を貰うので、一寸にがてです。
あの子の手紙を通して、どうも将来生活を共にするには満足されない、ものたりない点が沢山あるので、おそろしく成ってくることがあります。
 
 人をきずつけたくもないし、傷つけられたくもない僕は、昔のように猪みたいな愛情をひたむきに発揮出来なくなりました。
心の中で好きな女性だ!! とたのもしく考えても。
やっぱりお母さん達のことが心の中の大部分をしめている点もあるからですネ。

 僕が最近ほんの一寸、手紙の文章を通して心優しく感じている人は、 伊藤芙美子君や宮崎の敦子君です。
あの人達は、僕の気持がおぼろげにわかっているような文面の手紙をよこします。しかし、だれとも皆同じように交際しているのですよ。差別はしません。

 芙美子君は東京からかえらないのですか。
かえったら知らせて下さい。
東京から一度手紙を貰ったきりです。
そのままに成っているのです。

 僕も誘惑されることの少ない人間に成りました。 やっぱり、くるしんだり、泣いたりして来たお陰ですネ。
お父さんを少し優しく、柔らかくしたような人間になるのが僕の理想だからそれでよいのですよ。ハ・・・・・。

 家にかえったら嫁をもらうようなことにも幾年先かには起こるでしょうが、それは越智の兄さんにたのむのが一番です。安心して貰えます。
それまで人間をねって置きますよ。

 現在、昼食後の一刻を利用してこの手紙をかいているのですが、整列がもうすぐかかりますから、この辺で止めます。
体をくれぐれも大切にして下さいネ。
皆に四六四九

僕の手紙は、雅さん藤ちゃん以外の人間にめったなのをみせてはいけませんよ。ではさようなら
忠勝
お母さんへ

満州からの手紙#49

 お母さん。
一二日、 一五日づけのお手紙、確かに受とりました。
やっぱり病気だったのですネ。でも早く治ってなによりでした。 安心しました。
しかし風邪あがりは特別に注意して、夜業したり、無理を重ねたりしないで下さい。
病気はかかっている時は注意しているからよいけれど、段々よく成ってくる口が出来ると油断して、大変なことに成勝ちです。
充分に注意をして下さい。

 藤ちゃんの御苦労を夛とします。
定めし色々と迷惑をかけたことでしょう。
いつものこと乍ら、ただ感謝の他ありません。将来の御恩奉仕を心に誓って、黙ってお願いして置きます。どうぞどうぞ僕にかわって四六四九たのみます。そう言ったと伝えて下さい。
 
 お料理勉強とは結構なことです。お母さんのお側へおらぬ僕のかえりを待つよりも、目下の処、お父さんを喜ばせてあげて下さい。
誠心の篭った夫婦の、お互い同志の思いやりは、 結局夫であり、妻である自分に喜びとなり幸と成ってかえって来るものだと言うことを、お母さんはよく知っておいでのはずです。
お互い同志、許し許されて、慰め合い励まし合って行く処にかぎりない喜びがあるのです。
夫の苦痛を直に妻の苦痛として妻は苦しみ、 妻の悩みは夫たる者が妻以上の苦しみに覚えて、一心同体に成り得てこそ、夫婦愛の真髄にふれることが出来るのです。
お互いに意地を張って我慢をしたら、エゴイスト (自己主義、自分かってな主義) なことをしていたり、百年夫婦で暮らしても、動物と少しも変わりない淋しい生活で一生を終わらねばならないことに成ります。
一家の主人であり、柱であるお父さんの {庇/ヒ} {護/ゴ} (かばいまもること) になれて、妻たる者が自分の言い分を通そうとすると一番大切な家庭の落ち着いた平和な空気が破れます。
『敗けるが勝ち!!』
夫婦生活の新婚時代、 旧婚時代の全部を通して、妻たる者の夫に対して一番心得て置くべき条件の最重要な事柄!! それは前記の古諺です。
藤ちゃん達にも話してやって下さい。

 次に清美君のことを書きます。
愛憎の峠を越えて冷静に自分をみつめている現在の僕としては、あの人を嫌いではない、否、本当は好きかも知れぬけれど、もう何も言わないことにしています。
僕があの人に償うべき何かが残っているなら、お母さんがお母さんの暖かい心でそっといたわってあげるなり、慰めてあげるなりしてあげて下さい。僕はそれに封して何も言いません。
あの人が以前と少しもかわらない純潔な体でかえって来たと、清美君のお母さんがいくら証明された処で、それが何の役にたつのです。顔、形、姿やそんなことよりも一番大切なのは心ですよ。
 
 お母さんは信じきっていた人間に裏切られた時の、たれにも言えぬ悲しさ、寂しさ、情無さを知っておいでですか。
たとえ淫売婦であっても、彼女等が人間のありったけの誠心を以て鮮がえって来た時は、彼女等の過去の一切を許して妻にする男さえあるのです。
人間の純情や誠心の価値を知らない人達は、恥を知らぬ人達は、僕にはその人達が死ぬ程好きだったとしても尊敬できません。今後、一生仲好く交際をしたとしても、心の扉を開くことは出来ません。
こんなことをかかねばならぬ僕も、あの人達のことを考える時淋しくなります。 仕方がありません。
 
 お母さん。
忠勝君はもう女々しいことを言ったり、卑怯者に成ったりするのはいやです。お母さん達のために、お国のために、間違いのないように御奉公を続けます。
くれぐれお体を大切にして下さい。サヨナラ
忠勝君より
お母さんへ

満州からの手紙#50

 お母さん。 お変わりありませんか。
私は到って頑健ですから安心して下さい。
今日は日曜日で、関東軍の慰問演芸団が来隊しました。見物に行って腹をかかえたことです。
 
 三、四日来の雨模様がすっかり上がって、今日は快晴です。
過日の演習で沼地の方へ行った時、奇麗な蝶を捕えて帰りました。たしかタテハ蝶科の『ウスバシロテフ』又は『エゾシロテフ』と呼ばれているものだと思います。
この手紙に同封して置きますから、大切に保存して置いて下さい。
 
 北満では随分広い沼地があります。この沼地の中一面にはるか彼方まで、無数のあやめの大輪が咲きそろっているのは美観です。
天赦園のあやめどころの比ではありません。
丘の上では真紅の姫百合と白ケシの花とオレンジ色の福寿草がほころんでいます。

 もう全く初夏の候を通り越しているようなむし暑さで、夕暮れた後も宵の口は寝苦しくて困ります。
内地は今、五月雨でしょう。
こちらも降っては照り、照っては降りするので全く嫌になりますよ。
それでもつい三、四日前の夜、美しい月を眺めて故郷の思い出を満喫出来得たのは嬉しかったです。
『石松語りの戦友が、 月を眺めてかめ風呂で』
なんて、無意識にうなっている自分をフト気づいた折なぞ、苦笑を禁ずることが出来なくなります。 ハ・・・・・・・。
 
 私もお父さんやお母さんには随分心配をかけている様子ですネ、困ったものです。
もっと度々お手紙してと思っても何かととりまぎれて、ついつい御無沙汰してしまうのです。悪しからず許して下さい。

 そうそうこの間の演習でもう一ツのニュースは、きじのたまごを『やちぼうず』 の上に戦友が六個もみつけて、とってかえってゆでてたべました。
一度野外の演習に出れば、演習中に数えきれぬ程、度々きじをみつけます。きじのたまごは鶏 (ニワトリ)のたまごとほぼ同一です。
満人の百姓女が、雲雀(ひばり)の赤ちゃんを捕って売ってやろうと持って来ていました。ハ・・・・・。
雲雀も到る処でピーチクピーチク啼いています。

 星子君が手紙をよこして貰ったのは嬉しかったです。
自分を真直にみつめようとする純真な心のうごきが、短い手紙の文章の中によくあらわれていて、たのもしく思いました。
なんだか星子君は、心の何処かに空虚な淋しさがたたえられているような印象を受けるのですが、これは僕のかってな想像かも知れません。
とにかく『私はお茶ピーの自分でいる時が一番楽しい』とあの人は言っていますが、お茶目さんがほんとうのあの人の心の姿とは考えられぬ気持ちです。
星子君のような人に立派な正しい考えの指導者があると、あの人は素晴らしい女性になるのではないかナ、などと考えてもみるのですよ、ハ・・・・・・。

 お母さんも、大切な人の娘さんを一時とは言えあずかってお世話してあげる以上、お裁縫だけでなく、出来るだけ色々のことに親身に成って気をつけてあげなくてはいけないと思います。

 そのためにはお母さんもやはり勉強が大切ですよ。
静かな落ち着きのある趣味の一ツとして読書と言うことを、お母さんにも、星子君にも心からおすすめします。

 今夜は時間がありませんからこの辺でサヨウナラ。
お体に注意されるように祈っています。
忠勝
お母さんへ。
六月二十五日



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