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【書評】サードドア: 精神的資産のふやし方(Alex Banayan著 太田黒泰之〔訳〕 )

面白過ぎた。一晩で読んでしまった。
笑いあり、涙あり、深い教訓ありと、こんなにグイグイ惹き込まれる文章は久しぶりだ。著者Alex Banayan氏はさぞ魅力的なチャレンジャーなのだろう。肩の力を抜いて、小説を読むようにリラックスして楽しみたい一冊だ。

『サードドア:精神的資産のふやし方』
良い意味で期待を裏切ってくれるだろう。

世界最年少ベンチャーキャピタリストが書いた「精神的資産のふやし方」という副題や、セレブへのインタビューという要素から、巷に溢れる安っぽい成功本のような印象も受ける人もいるかもしれないが、この本に書かれているのはそのようなことではない。

「自分らしい人生のはじめ方」を教わろうと著名人に突撃インタビューを行った18歳の少年の、愚直で体当たりな生き様がイキイキと記されているだけだ。この冒険譚(珍道中?)から何を読み取り、何を教訓とし、自分の人生にどう適用するかは、あくまでも読者である僕らに委ねられている。

ウォーレン・バフェットの株主総会での失態を始めとした数々の失敗のエピソードは時に笑いを誘うが(恥を笑いに帰る著者の力量が凄い)、そこには学ぶべきことがたくさんある。

誰かの敷いたレールから外れて生きる人を斜に構えて小馬鹿にして生きてきた人にはそういった失敗談が無意味に見えるかもしれない。だが、挑戦を是として生きてきた人達には響く何かがあると思うし、この本が「精神的資産のふやし方」について本質を突いた教訓を残していることは間違いない。

精神的資産とは?

己の心の声に正直に従って生きること。
恐れを乗り越えて一歩を踏み出すこと。挑戦すること。失敗すること。そして、失敗から学び、豊かな人間性を身につけ、豊かな人間関係を築いていくこと。逆境の中でも、ワクワクしながら毎日を生きる術を身につけること。
精神的資産とは、そのようなものに他ならない。

その過程もしくは結果において富や名声を得る人もいるだろうが、そうでない人もいる。もしかしたら大多数が、それを得られない側で生涯を終えるのかもしれないが、それでも精神的資産は人生を豊かにするものだ。

さて、タイトルである「サードドア」について、冒頭で以下のように説明がある。このサードドアをこじ開ける(時には蹴破る?)こと、そのプロセスにこそ、精神的資産をふやす秘訣があるというのが本書の核である。

【サードドアとは】
人生、ビジネス、成功。
どれもナイトクラブみたいなものだ。
つねに3つの入り口が用意されている。

ファーストドア:正面入り口だ。長い行列が弧を描いて続き、入れるかどうか
気をもみながら、99%の人がそこに並ぶ。

セカンドドア: VIP専用入り口だ。億万長者、セレブ、名家に生まれた人だけが利用できる。

それから、いつだってそこにあるのに、
誰も教えてくれないドアがある。
サードドアだ。

ビル・ゲイツが初めてソフトウェアを販売できたのも、
スティーヴン・スピルバーグがハリウッドで
史上最年少の監督になれたのも、……みんな、
サードドアをこじ開けたからなんだ。

この「こじ開けた」という表現が物語るように、精神的資産を得るには、泥臭い努力が必要だということを忘れてはならない。

インタビューの対象者となった著名人達も、著者も尋常じゃない努力&途方もないトライ&エラーの繰り返しをしてきた。インタビューに臨む前の下調べの徹底さ加減には、文章の向こうから気迫を感じるレベルだ。一定程度の近道や成功法則、才能の要素があるとは言え、努力を欠いては精神的資産を増やすことはできない。

地道な努力を必要とするという意味で、サードドアを叩き続けることがもたらす精神的資産の価値は、安っぽい自己啓発や胡散臭いスピリチュアルがもたらしてくれるインスタントな幸福感の対極に位置すると言ってよい。

「機会の不平等」という格差に光を照らす

見落としてはならない視点がある。

本書では後半の方で「男女の機会不平等」という文脈でさり気なく触れられているところであるが、ファーストドアとセカンドドアに並ぶ人の間には、グラデーションと多様性があるということだ。

生まれつきファーストドアの最前列で我先にドアの内側に入ろうとする人、ファーストドアの前の方で自分の優遇されたポジションに気付かず、不満気に過ごす人(日本に多いかもしれない)、ファーストドアの後ろの方で倒れている人、その倒れている人に手を差し伸べようとしている人、セカンドドアの内側からファーストドアの後ろの方にいる人を嘲笑っている人……等。

僕らはそんな複雑で、不平等で、残酷で、理不尽な世界に生きている。
著者は、サードドアの存在に気付き始めた本書の冒頭部分の時点で大分恵まれていたポジションにいたという点は否定できないであろう。

サードドアの存在を知るには確かな知恵と教養が必用だ。
自分のサードドアを見つけるには好奇心と素直な心が必用だ。
サードドアをこじ開けるには絶え間ない努力が必要だ。

著者はこれらの条件を全て満たしたから、サードドアの向こう側から世界を見ることができるようになった。

サードドアは確かに存在するが、著者が言うように「いつだってそこにあるのに、誰も教えてくれない」。悔しいけど、サードドアにアクセスしやすい人とそうでない人がいるというのがこの世界の現実だ。だからこそ、著者はこのサードドアの存在を、無謀とも言える出版企画を通して世に知らしめたのだと思う。この出版企画とその物語は超主観領域のモチベーションから始まったが、それは機会の不平等という暗闇に一筋の光を照らしている。

僕も大変な励ましを受けた。
結果ではなく、プロセスから得られる精神的資産にこそ価値があるということを確信できることは、とても恵まれていると思う。

大事なことは、己の内なる声に従ってサードドアを見つけたとして、そのドアの前に立った時にどのような行動を選択するか、だ。こじ開けるか、見て見ぬ振りを続けるか。

基本的にはこの2択しかない。

己の内なる声に従うことからも、ドアをこじ開けることからも、逃げずにいたいと思う。内なる声に気付く方法も、それをカタチにする方法も少しずつ掴めてきている。あとは動くだけだ。

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