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向井山朋子(ピアニスト / アーティスト / ディレクター) - 回っていく、つながっていく、引き継がれていく人、場所、アーティストの信頼関係

editor's note
八戸市美術館のオープニング展にて、地域住民と共に開館記念パフォーマンスを制作したオランダ在住のピアニスト/アーティストの向井山朋子さんからは、文化によって培われる人間の信頼関係と、文化の価値をいかに翻訳することで社会への循環を生み出すかを伺いました。
オランダのアートと文化、社会的状況に身を起きながら、頻繁に日本でも作品を発表している向井山さんは、日本そのものに外部からの”まなざし”をもつ方です。アーティストとして違う軸を持ち込み、一般的な概念や共通認識を書き換えていくこと。より豊かな人と人の関係を構想していくこと。そうした物の考え方から学ぶことで、よき文化観光のあり方がみつかっていくのではないかと思います。

関係性のなかで生まれる「信頼関係」が、文化の醍醐味

青森県八戸市にある八戸市美術館が新しく生まれ変わり、昨年11月に開館記念として、八戸に滞在しながら地域住民の方々と共につくった音楽パフォーマンス作品「gift」を上演しました。「おもい つつむ わたす うけとる つながり」をテーマに創作したこの作品は、「ギフト」というコンセプトを探求したものです。人のふるまいに帯びる礼節や歴史、想い、信頼を再考し、理解するためのワークショップを行ってみたかったのです。一般から募集した年齢もバックグラウンドもさまざまな八戸の地域住民の方々と一緒に作り上げました。みなさんと工夫しあいながら、自分自身への信頼と他者への信頼をもとにして、人と人との関係性とつながりをあらわしだすような作品として形になりました。

普段生きているなかで、わくわくすることってみんなにとって大事ではありませんか。旅に行ったり、人に会っておいしいものを食べたり、映画を見たり。わくわくすることが原動力になっている人はたくさんいると思います。「gift」に参加した14人の方々も、最初来た時は何があるのかもわからなければ、どのようなことをやってと言われるのかもわからないで、不安なまま来たと思うんですよね。でも新しく生まれ変わった八戸市美術館のその場所も、スタッフも素晴らしくて、みんな心も体もほぐれるような信頼関係とリラックスできる環境がそこにつくられました。

そこでは、インプロビゼーション(即興)をどういうふうにして引き出すかのトレーニングをしました。インプロビゼーションとは一人ひとりの決断であり、「いまここで私がどうするか」を決めていくことです。子どもも学生も「ここで自分が」という決断の見える瞬間がきちんと映像に残っていて、その瞬間がとても美しい。いろいろな難題をぶつけて、参加者たちは大変だったと思うんだけど、一生懸命楽しんでわくわくしながらついてきてくれたので、すごく良い作品になりました。

自分が楽で気持ちいいと思っているコンフォートゾーンをかき分けて、アップデートしていかないと新しいものは生まれません。そこを超えると信頼関係ができるのです。八戸でも参加者とアーティストと美術館の信頼関係ができて、見ている観客もまた自分たちのものとしてその信頼関係を体験したのではないかと思います。この美術館はそういったわくわくできる場所なのだという、参加した人にも見ている人にも共有される信頼関係が、何にも代えがたい経験です。どれだけ高いお金を払っていい旅館やレストランに行っても味わえない、文化の醍醐味だと思います。

文化の価値を翻訳する

どこの地域に行っても、素晴らしい景色とともに、摩擦でどうしようもない黒い面、影の部分があると思います。でも、そこを含めて人は旅をし、新しい体験をしたい、と願うのです。そういった風景を歴史学者か社会学者かアーティストか誰かが、シャベルでかいて本当の姿を少しでも見せたようなものが、目の前の風景と重なることによって自分の体験が豊かになっていきます。地域に入っていってそこの人たちと何かを作ろうとしたら、それは日本のどこへ行ってもそれなりの覚悟をもつべきものだと思います。

そうしてなにかを揺るがそうとしている人たちが化学反応を起こして一緒にやっていくと、そこは必ずまた戻りたい場所になります。続いていきさえしたら、そこに私がいなくても、別の人が行けばまたそうなっていくと想像できるのです。自分たちが持ちこんだ文化によって集まってきたおもしろい人たちと、どういうふうに自分自身もつながり続けていくか。

そして、その人たちがまた他の人たちとさらにリンクしていくための方法を、文化が助けてくれるような気がします。そのような文化の価値は何にも代えられません。だから私たちはいろいろな方法を使って、文化の価値を翻訳しようとして、変換させて数字にしたり観光だといってみたりしているわけです。知恵をしぼって、翻訳していかなければいけないと思います。

「ギフト」というコンセプトが表しているのは、回っていく、つながっていく、引き継がれていくことです。どういうネットワークのもとで、どういう深度で、どういう延長線上で遠くまで届いていくかが大事なんです。なによりも、「ギフト」はそもそも見返りを求めてはいないのです。知恵をしぼって文化の価値を他の形へと翻訳することで、ギフトが世の中へと回っていくのだけれども、それがすぐに見返りとして数で出てくることは考えない。こうしたことはアンビバレントで、言っていることがどこか矛盾しているのだけれども、そういう矛盾も含めて、私たちはわかっています。本当は、見返りを求めているとつながっていかないのかもしれないのだということを。私たちは賢くやらないといけないのです。

Photo:Takashi Kawashima

向井山朋子(ピアニスト/アーティスト/ディレクター)
オランダ在住のピアニスト/美術家/ディレクター。1991年国際ガウデアムス演奏家コンクールに日本人ピアニストとして初めて優勝、村松賞受賞。女性性を核に身体性、セクシャリティ、境界、記憶、儀式、時空など異なるテーマを横断し、従来の形式にとらわれない舞台芸術やインスタレーション、映像作品を劇場、ギャラリー、美術館、シネマ、野外、オンラインで展開している。
http://tomoko.nl/

gift by Tomoko Mukaiyama
https://youtu.be/WhbMt8AMNTE

第三章 地域文化の固有性 - 考察
地域文化の固有性 - その地域ならではの豊富な文化が存在し、その価値に触れられる状態にある

第三章 地域文化の固有性 - インタビュー

300年の歴史ある地域文化に、自身が取り組む意味とは
- 谷口弦(名尾手すき和紙 / KMNR™主宰)

近代化の過程で失われた文化と地域のアイデンティティ
- 山内ゆう(紙布織家)

神楽の本質を伝え、文化を継承していく
- 小林泰三(石見神楽面職人)

地域の魅力を発見していく起点としての「美術館」
- 杉本康雄(青森県立美術館長 / 青森アートミュージアム5館連携協議会)

地域の人々が生活から醸し出す不可視な文化、そこに触れる場所としての「美術館」
- 吉川由美(文化事業ディレクター)

回っていく、つながっていく、引き継がれていく人、場所、アーティストの信頼関係
- 向井山朋子(ピアニスト / アーティスト / ディレクター)

観光の真ん中で「文化の祭典」を構築する
- 河瀨直美(映画作家 / なら国際映画祭エグゼクティブプロデューサー)

地域を知るなかで立ち上がってくる身体、言葉をパフォーマンスに凝縮させる
- 森山未來(ダンサー / 俳優)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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