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私たちのおばけ

「それきっと、おばけがやったんだよ」  このフレーズを含んだ会話を、十年とちょっとの間で夫と何度交わしただろう。  例えば、私が空の醤油のボトルを冷蔵庫に戻してしまっていたとき、例えば、夫の脱いだ靴下がリビングに転がっていたとき。私たちは決まっていたずらっぽい顔でそう言ってきた。それは、喧嘩を好まない私たちにとっての魔法の言葉だった。私たちのなかでおばけは、お茶目で、忘れっぽくて、かわいい存在だったのだ。  大学生の頃、親に内緒で同棲をはじめたとき、夫がおばけを作った。最初

    • 『近畿地方のある場所について』の話 6

      私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。  友人の小沢くんから聞いた話です。  小沢くんの伯父さん夫婦は、多摩にある古い団地の一階に住んでいたそうです。伯父さんの言葉を借りると、二人が住んでいたのは「色々ガタが来ている部屋」でした。  部屋のドアが勝手に開いたりするのは日常茶飯事で、棚から勝手にものが落ちるようなこともあるようでした。当時、その話を聞いた小沢くんが「物が落ちるのは部屋の古さとは関係ないじゃん」

      • 崖のひと

        『コワい話は≠くだけで。』のSNSキャンペーンで投稿したお話です ※Xより転載  某地方の、全国的に有名な観光地でもある、風光明媚な崖の話です。 ツアーか車以外でそこへ訪れる人は皆、駅からタクシーに乗ります。 私が友人と乗ったそのタクシーの運転手さんも、崖に向かう15分ほどの間、慣れた様子で「どこから来たの?」と気さくに話しかけてきました。  一通り世間話をした後、私は興味本位で運転手さんに聞きました。 「あの崖って自殺スポットとしても有名ですけど、そういう人を乗せちゃ

        • 『近畿地方のある場所について』の話 5

          私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。 ※Xより転載  私が小学生の頃の話です。 学校の正門の花壇の脇に「戻ってくる石」と呼ばれる石がありました。 小さな柵に囲まれた花壇の隅に、少し場違いな大きめの石が置かれてありました。  その石はいつから置かれていたものかはわかりません。 ただ、移動させてもその場所に戻ってくるといいます。 例えば、ケイドロの起点にするために、校庭に移動させても必ず次の日には同じ場所に戻

        私たちのおばけ

          『近畿地方のある場所について』の話 4

          私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。 ※Xより転載  寺の僧侶をしている父は幼い私に「こっくりさんだけはするな」とよく言っていました。 最初にそう言われたとき、興味津々で訳を聞きました。やっぱりおばけの祟りや呪いがあるのかと。 父は少し考えた後言いました。 「それは正直わからないけれど、腰と喉を痛めるから」  その答えに意表を突かれたのを憶えています。 一般的に、お祓いと言えば神社をイメージされる方が多い

          『近畿地方のある場所について』の話 4

          『近畿地方のある場所について』の話 3

          私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。 ※Xより転載  私の大学時代の卒業研究のテーマは「恐怖感情を他者に伝える際の身体表現」でした。 その内容は、被験者が短いホラー映像を見て感じた感想を、第三者に言葉で伝える際のジェスチャーに、どのような傾向が現れるのかというものでした。研究の内容は、細部は変更していますが概ね作品内で書いたものと同じです。  この実験の中で被験者のうちのひとりが「霊を見た」と言いました。

          『近畿地方のある場所について』の話 3

          『近畿地方のある場所について』の話 2 

          私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。 ※Xより転載  私が大学生の頃の話です。 大学から近いという理由から、私は祖母の家に一時的に身を寄せていました。 祖母の家は山のふもとにあり、少し住宅地を離れると舗装されていない山道に出るような場所でした。  当時私は陸上部に所属しており、毎日その山道を利用して坂道ダッシュというトレーニングを行っていました。  私が坂道ダッシュをする山道の脇には、古ぼけた神社があり

          『近畿地方のある場所について』の話 2 

          『近畿地方のある場所について』の話 1

          私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。 本編を知らなくてもお読みいただけます。 ※Xより転載  10年以上前の話です。  物好きな友達から「台風の後の荒れたダムをみたいからついてきてくれ」と誘われました。同じく物好きな私は友達から誘われたそのダムが自殺の名所ということを知っていたので、二つ返事で了承して、レンタカーを借りて二人で向かいました。  そのダムは私の住んでいる都道府県のはずれの、山に囲まれた地域にありました。 前日に去ったばかりの台風の

          『近畿地方のある場所について』の話 1