アンソロジー 名刺をめぐる記憶あるいは空想
「ーーを忘れない」
名刺に残ったメッセージと
「百崎尋」をめぐる14編の記憶。
[仕様]
カバー・オビ有り
B6サイズ(128mm×182mm)
口絵6・本文206、全212頁
秘密結社きつね福
作中に登場する名刺が付録でつきます
小説:伊藤なむあひ「生猫作り」
今がいつかって? 私たちはそれをカンマ一秒の誤差もなく共有しており、だからこそ外部からの情報は必要なかった。私たちはもう長い時間をそのようにして過ごしており、私たち以外を求めるなんてことは遥か昔にしなくなっていた。
小説:犬山 昇「草の上の三重奏曲」
さまざまな商売の試みの中で、少なからずうまく行ったのが日記商売だった。名刺大の紙片に、その日の出来事や、心情を書く。それを治療として行う一群があった。記録は、たとえば薄紫のアールグレイの紅茶缶や、三日月の標章があしらわれた黒い焼き菓子の容器など、各自が気に入った小箱に収納されていた。
小説:大木芙沙子「オーロラ」
ポラリス・カーウォッシュは町にひとつだけある洗車場だった。従業員はレイとテオの二人だけ。雇われ社長のグエンはほとんど表には出てこずに、たいてい裏で金勘定か電話かサッカー賭博のどれかをしている。敷地内にはコンテナみたいな掘っ立て小屋の事務所と、車が二台までは入れる駐車場、それにやっぱり掘っ立て小屋みたいなガレージがひとつある。
小説:尾八原ジュージ「ねずみが出る」
わたしたちはそういうものを、決まって「ねずみ」と呼んでいた。
小説:紅坂 紫「酒神(あるいはくいとめる)」
前で、からだに魂をつなぎとめているのだから。記憶を部屋につなぎとめているように、気配を場所につなぎとめているように。誰かの苗字か、名前のどちらかを忘れてしまったとき、あなたのからだを作っている血や骨からそのひとの魂は削り取られてしまっている。
小説:坂崎かおる「ヒーロー」
いつごろからだろうか、百科事典が届くようになった。ブリタニカ。一冊ずつ、不定期に届いた。救世軍や支援団体経由で来たが、差出人はわからない。ただ、ときどき、名刺が挟まっていた。「百崎尋」。モモサキ・ヒロ。
小説:鮭とば子「初恋」
薬をやるようになったのは、おれがまだ十七とかそこらの可愛い子供だった頃だ。高校時代は勉強も部活もなんにもやってなくてとにかく暇で、誘われたらどこでも行くようにしてたらよくわかんないパーティに連れられるようになって、ある日友達の先輩の先輩の知り合いの、みたいな関係の人から薬をおごってもらう。
小説:瀬戸千歳「虎の埋葬」
はじめからいない虎の不在によって私たちの関係はあっけなく壊れてしまった。
小説:鳥山まこと「タイムカプセル」
土以外の他の何かを、自分は掘ったことがあるだろうか。硬そうな地表面にスコップを突き刺しながらコウタは思った。力をかけて掘り起こし、えぐれた土を眺めながらその何かを思い出そうとしたが、すぐには思い出せなかった。
漫画:橋本ライドン「或る福の神からの手紙」
就活で連敗中の私をみかねた両親から渋々明かされ 知り合いの神族経営の会社に裏口就職した
小説:蜂本みさ「記憶の蟻塚」
日曜日、あなたは汗をびっしょりかいて目を覚ます。大学の卒業式で実は単位が足りていなかったと発覚する夢を見たのだ。春なのに電気毛布の温度を高くしすぎたせいだろう。夢の中のあなたは黒地に牡丹の散った着物に薄紫の袴をつけ、誰かとセルフィーを撮りまくっていたが、やってきた大学事務の人に留年を告げられ、膝から崩れて泣きわめいた。
小説:安河内瞳「君の葬式には行かない」
その男は俺に永遠の命を与えると言った。
小説:吉田棒一「インダストリーストリー」
寮メシを食べながら会社の昔話を聞く。昭和の時代は環境対応がいい加減で、祝坐化学も海に汚染物質を垂れ流していたこと。稲津野の漁業組合と付き合いがある理由はそれで、今でも毎年「寄付金」名義で事実上の上納金を収めていること。生野さんと金さんは当時のことを知っていて、少し後ろめたそうにしている。
写真・短歌:ヨノハル「昼の光に」
遠ざかるほどに根雪はかがやいて記憶のための手旗となって
名づけても名づけてもなお憎しみはきみを苛む野火の熱さで
写真:ヨノハル
企画・編者・装幀:瀬戸千歳
閑窓vol.5.1 道辻の(ささやかな)灯り
閑窓vol.5「道辻を灯す」の舞台だった架空の商店街、祝坐町商店街に新たなお店が新しく4店舗加わりました。全4篇収録。
梅の季節/丸屋トンボ
長年連れ添った妻に先立たれた夫は、一年も経つと呆けるそうだ。医者は娘の心構えのためにと親切心から伝えたのだろうが、傍聞きした夫の三木夫にとっては気分が悪い。今年で米寿を迎えても、なぜか耳は遠くならなっていない。
付憑/瀬戸千歳
カガノさんは風呂がきらいなので、ひとりになりたいときは銭湯へいくことにしている。蒸気のなかにいては境目がますます曖昧になってしまうらしい。それじゃあ銭湯は霊とかいないんですかと、いつだったか尋ねたことがある。そういうんに頓着せんアホみたいなんがおる。
名もなき骨/熾野優
このバス停は車庫の次の停留所にあたるため、毎朝バスの到着が遅れることは決してない。いつも同じ時刻のバスに乗るので並ぶ人たちの顔ぶれも覚えていて、眼鏡をかけた長身だが猫背のサラリーマン、オフィスカジュアルといった服装の茶髪の女性、そしてこうやってバスを待つ間にようやく目が覚めてくる私が続く。
顔燕(ツサカ)/Yoh クモハ
黒い翼が初夏の空気をバターナイフのように切り取っている。商店街をツサカが飛ぶようになると汗ばむ季節だ。ツサカは軒先に巣を作る鳥だ。縁起のいい鳥だと言われているが、フンも落ちるし、食べ物屋には歓迎されない。
挿 画:橋本ライドン
デザイン:瀬戸千歳
写真:ヒロセミサキ
口絵:椎木彩子
イラスト:橋本ライドン
装幀:瀬戸千歳
閑窓社
2024.5.18 初刷発行
B6版/28ページ/中綴じ本
アンソロジー 非実在神様(増刷版)
八つの神様、八つの祈り。
[仕様]
カバー・オビ有り
B6サイズ(128mm×182mm)
口絵12・本文196、全208頁
秘密結社きつね福
御札デザインのシール付属
2023.11.11 初刷り
2024.05.18 増刷
再増刷版です
オビのデザイン、本文の一部が初刷りから変わっています
犬山 昇「デュッセルドルフの神さま」
水子おばさんの部屋は、水際の最下層にある。ひび割れが目立つ築四十年のアパートは、入口が四階にある。彼女以外に住人の気配はないし、他の部屋はすべて硝子窓が黒のテープで覆われている。目の前はリゾート再開発に失敗した湖で、最寄りのJR駅から五キロ歩いたところに、その湖上アパートの入口はある。
大木芙沙子「お正月さん」
そのひとは、私たちが遊んでいるところへある年ふらっとやってきた。仏間は大人たちがお酒を飲んでいる居間から便所へ通じる廊下の途中にあったから、便所へいくついでに私たちの姿を確認していく大人はいたけれど、そのひとは居間とは逆方向の廊下から歩いてきて、「おじゃまするね」とふすまを開けて、後ろ手でそれを閉めると、すとん、とその場に胡坐をかいた。
尾八原ジュージ「おまよい様の住む家は」
おまよい様を見た。黒い子どもの影のようなものが古地川さんの家の門から出てきたと思ったら、ぴゅんと走って角を曲がった。わたしはとっさに追いかけた。遅れて曲がった角の先に、その姿はもうなかった。
木古おうみ「虚渡しの日」
虚渡しの神が現れる期間はほぼ五十年毎だ。直近で現れたのは二十一年前だから、後三十年近くは安全だ。出たとしても、神に遭遇する確率は飛行機事故より遥かに低い。
紅坂 紫「高峰」
その日、高峰は月見団子をふたつ買ってきた。島で唯一の和菓子屋の名が入ったビニール袋を揺らして、土間に立ったままわたしを呼んだ。気分が良かったのだろう。デジタルノイズのような顔を色とりどりに変えながら大きな声で笑っていた。
鮭とば子「たいか様」
たいか様。その漢字には複数の説があるけれど、大抵は『大禍』と『対価』が選ばれる。「大禍を呑めば対価を与える神様」ということがわかりやすいからだ。
瀬戸千歳「生まれたばかりの泉」
死者に会える泉のうわさを耳にしたことはあったけれど、それにまつわるアルバイトがあるとは思ってなかったし、まさか受かるとも思っていなかった。どれくらいの倍率かは知らないけれど受かったのは僕だけだった。
橋本ライドン「らぶらぶ様」
まったく 信じる力はおそろしい。
企画・編集・装幀:瀬戸千歳
※付属シールを貼った書影は初刷り時のものです。
アンソロジー 夢でしかいけない街(再増刷版)
人魚の歌、灯篭流し、流氷の街、増殖するペンギン、海底の不動産屋、父とのプール、瞼のうらの湖……小説・短歌・漫画・写真・イラストでつむがれる16編の夢物語
[仕様]
カバー・オビ有り
B6サイズ(128mm×182mm)
口絵12・本文196、全208頁
秘密結社きつね福
2023.05.20 初刷り
2024.05.18 再増刷
再増刷版です
オビのデザイン、本の厚み、本文の一部が初刷りから変わっています
[書き手]
・左沢森「北に旅」
・伊藤なむあひ「夢街奇譚」
・犬山昇「閘」
・大木芙沙子「みずうみ」
・オカワダアキナ「ヒッポカンピ 」
・尾八原ジュージ「春の夜の歌」
・紅坂紫「波の彼方(あなた)」
・坂崎かおる「ペンギニウムの子どもたち」
・鮭とば子「シャク太郎の呪い」
・白川小六「蜘蛛を助ける/蜘蛛に助けられる」
・瀬戸千歳「餓虎」
・谷脇クリタ「海氷街の羽海子」
・橋本ライドン「夢の約束」
・本所あさひ「海底街と斎藤さん」
・yuca「忘れるために」
・ヨノハル「渡河」
写真:ヨノハル
企画・編集・装幀:瀬戸千歳
閑窓vol.6 常しなえの佳日
閑窓vol.6
「常しなえの佳日」
架空の百貨店、八満屋をめぐる短編集です。全8編収録。
[執筆者]
・伊藤美希
・大滝のぐれ
・熾野 優
・瀬戸千歳
・鳥山まこと
・旗原理沙子
・丸屋トンボ
・望月柚花
道の真ん中でひとり/熾野優
母と違って目が悪い私は星のひとつひとつが鮮明には見えない。ぼんやりと、小さく強く輝く光の粒がちりばめられている。
細蟹姫/瀬戸千歳
ウワサによればこのフロアにあるらしい笹は、七夕がすぎて撤去されるまで毎日短冊をかけ続けたら願いが叶うというもの、けれど婦人服のフロアにあるからおれら男子中学生がおいそれ立ち寄れるわけでもなし、実際のところクラスの男子で目にしたやつはいないみたいや。前に住んでたところでもそういう願かけは流行ったから「それお百度さんやん」なんて思わず口にするけどもちろん誰にも伝わらず、それってどんなやつなの、など聞き返され、それだけならまだしも、どんなんどんなんおしえてえなあなどへったくそな訛りを使われてむかついたし、おれも使わんように話してみるけどぜんぜんむりで、ていうか標準語をしゃべるおれサブイボが立つわ。
大理石に泳ぐ/丸屋トンボ
海の底の夢を見た。ほかのアンモナイトたちと珊瑚の森を泳ぐ。三葉虫が群れを成して行進する。頭上で巨大なシーラカンスが方向転換し、わだつみが渦を巻く。海の底なのに、なぜか遠くの山々にはしんしんと雪が降っている。アンモナイトだって夢を見るのだ。
...and more!!
写真:ヒロセミサキ
イラスト:橋本ライドン
装幀:瀬戸千歳
閑窓社 2023.5.20 初刷り
A6版/190ページ/カバーなし/帯付き
閑窓vol.5 道辻を灯す
閑窓vol.5
「道辻を灯す」
架空の商店街、祝坐町商店街をめぐる短編集です。全8編収録。
執筆者
・大木芙沙子
・熾野 優
・北木 鉄
・桜田一門
・瀬戸千歳
・松尾 晴
・丸屋トンボ
・宮月 中
なめらかでつるりとした/瀬戸千歳
やっぱり手がいい、指がことさらにいいと千崎さんからしきりに褒められ、その流れのまま水晶玉を磨くバイトにスカウトされた。八月、サウナでのことである。はじめは、もちろん断った。が、千崎さんもなかなか折れなかった。
今夜全てのゲイバーで/丸屋トンボ
この店のお客さんは雨が苦手だ。金曜日の22時。店をオープンして2時間も経つのに今日はまだお客さんが来ていない。さっきまで頑張って営業をかけていたが反応が悪い。タクちゃんにシュウちゃんにウラタさん。いつも金曜日に飲みに来てくれるお客さんにで知っているひとは大体連絡したのだが、仕事が終わらないとか、会社の飲み会だからとか言われて、体よく断られてしまった。初めて一人で店に立つのだから、誰か来てくれるだろうと思っていた当てが外れた。
小規模な悪/熾野優
他人の幸せを心の底から祝うためには、まず自分自身が幸せでなければならない。手にした抽選券で誰がガラガラを回すかを決めかねている家族を見ながら、私はそう思った。
ふくらはぎ/大木芙沙子
あや子が母の姿について、思いだすのはふくらはぎ。店先や、浴室や、台所に立つ母の、ナイロン製のひざ丈スカートから伸びた脚。むきだしの皮膚にはよく見ると剃り残った体毛がちくちくと生えていて、しかしそんなことではすこしもその威厳を失わないような、立派なふくらはぎだった。
...and more!!
写真:ヒロセミサキ
口絵:椎木彩子
イラスト:橋本ライドン
装幀:瀬戸千歳
閑窓社
2022.5.28 初刷発行
2023.5.21 2刷発行
A6版/164ページ/カバーなし
※帯は付属しません
【掌編集】蛇蠱の子
呪いの血筋、ふたりでの暮らし。
『諸字百物語』【唆 そそのかす】に出てくるふたりの物語です。百物語によく出てくる金髪占い師の千崎も登場します
1話800文字のお話が10篇入っています
装画:橋本ライドン
装幀:瀬戸千歳
▼▽ 試し読み ▽▼
【2話・手に負えるうちは】
泊まった部屋からは海が一望できたのだけれど、いたるところにお札が貼られていて思わず笑ってしまった。予約したひと部屋だけ明らかに価格設定がおかしかったから予想もしていたが、まさかここまでとは思わなかった。巳々花も「あちゃあ」とか言いながら一緒に笑う。テレビの脇や額縁の裏はもちろん、襖の奥や冷蔵庫と壁の隙間、果ては鏡のもっとも目立つところにさえあって、せめて隠す努力は惜しんでほしくないし、そもそも開かずの間にするべきでしょうに。こななん気休めやけんなんちゃ意味ないのになあ。巳々花がまだ新しいお札を剥がしだすので、アンタさすがに器物損壊やで、とたしなめる。
大広間に用意された食事も私たちだけ豪華だったし接客もバカみたいに丁寧で、それはとてもありがたいのだけれど、もしかして人柱なのかしら、なんて思いはじめる。巳々花は気にしていないのか、瓶に直接口をつけて日本酒がぶがぶ飲んでいる。や、せめてお猪口を使わないと、ほら仲居さん引いてるって。
卓球とスロットゲームに興じ、貸切の露天風呂から星を眺め、部屋へ戻ってだらだら飲み直し、いい雰囲気になったところで当然のように怪異が現れる。最初は無視を決めこもうとしていたのだけれど、ひとり、ふたり、と増え、しかもみんな目がこちらを向いているものだから、睦み合う気も削がれてしまう。ちょい早いけどもう寝よか、とふたりで並んで寝転がって目をつむってみても、ぼおおおおお、みたいな呻き声というか唸り声の合唱が耳から離れず、おちおち眠ることさえままならない。
ちっ。ぶしつけな怪異がやってきてから、どれぐらい経ったのかはわからないが、巳々花の舌打ちが聞こえた。すると怪異のひとりがうずくまってのたうちはじめ、そのうち他の怪異も苦しみだす。それって人間以外にも有効なんや。私がつぶやくとまあ人型やから内臓くらいあるやろ、とそっけなく返される。「祓魔師とかで生計立てる?」私が笑ったら、人の形しとらんやつは寄らんようにしとる、手に負えんけんな、と静かに言う。
【掌編集】諸字百物語
漢字ひと文字をテーマに420字程度の掌編を集めた百物語。
カバー付き・数量限定でオビ付き
本文は黒の小口染めです
スピンオフの『蛇蠱の子』も併せてどうぞ
装画:すり餌
装幀:瀬戸千歳
▼▽ 試し読み ▽▼
【兄】あに
思いきり転んだ拍子に語彙の器が揺れたようで、身体からいくつも言葉が漏れ出してしまった。慌ててコンクリに散らばるそれらをかき集め、どんどん呑み込んでゆくけれど、いくつかは風に乗って飛ばされていったらしい。語彙の器がずいぶん軽くなった感覚がして、失われてしまった言葉を思い出そうとするものの、さっぱり見当がつかなかった。そうやって頭に浮かんだ言葉をくり返しているうちに、ふと、呪がふたつあることに気づく。異なった言葉を呪として身体にいれてしまったのかもしれない。ふたつになった呪はどうなるのか、それどころか元の言葉がどうなるかもわからず、医者へかかることにする。
非常に珍しい症例ですので……。医者は濁した。言葉が失われることはあっても、誤った言葉になるのは稀らしい。なにが呪になってしまったのでしょうか。医者は困った表情で■と■ですと答えてくれるが、どうにも聞き取れない。ご■弟はおられますか。すみません。なんとおっしゃっているのでしょうか。
【覗】のぞく
マンションはペット禁止なので空想上の猫と暮らしている。ベンガルのレオ。オス。しなやかな四肢で溌剌と駆け、水が苦手で、南向きの窓のそばで寝そべるのが好きだ。実際に飼ったことはない。母が許さなかった。私は猫カフェへ通って温もりをたしかめ、動画で仕草を研究し、鳴き声に想いを馳せる。油断していたらレオの輪郭が曖昧になるので、補助線を引くことは欠かさない。
ここのところ毎日レオは夜鳴きをしている。どうやら発情期らしい。発情期なんて考えもしなかったから、レオに奥行きが生まれたようではじめのうちは嬉しかった。しかし、やがておよそ猫には聴こえない声をあげ、玄関やベッドの下や枕元をひと晩中うろうろしている。叱ってみたけれどやめる様子もない。空想の去勢手術を施しても無駄だった。そのうち鳴き声はつねに聴こえるようになり、いつのまにかレオは天井を這うようになった。もしかしたら猫飼いにとって当然の光景なのかもしれない。天井に張り付いたそれと目があう。伸びた首が私の顔を覗きこんでくる。
閑窓vol.4 学窓の君へ
閑窓vol.4
「学窓の君へ」
坂の上に建つ架空の学校、枝浜南高等学校・付属中学を舞台にした短編集です。全10編収録。
執筆者
・オカワダアキナ
・熾野優
・貝塚円花
・篠田恵
・瀬戸千歳
・丸屋トンボ
・山本貫太
・由々平秕
・游泳準備室/オカワダアキナ
ある朝起きたらおれはここにいた。前世のことはあんまり思い出せないが、おれは二周目の人生を送っているとわかった。 誰かが教えてくれたわけじゃない。ただわかった。自分がそうだと気づいていないやつ、気づかないままのやつもいるだろう。でもおれは理解した。
・ザリガニを春に釣るということ/瀬戸千歳
ギャルはギャルを呼ぶ。国語の教科書が配られたらまっさきに小説を読むような、真逆の私がギャルに引き寄せられるはずないんだけど、どうして、佐伯と一緒にザリガニを釣りにいってるんだ?
・犬騒動/熾野優
犬だ、と窓際の誰かが叫んだ。ただでさえ眠い理科の授業なのに、水泳の後という万全の状態でまどろんでいたから、私はその声を誰が発したのか瞬時にはわからなかった。
・暗い結晶/丸屋トンボ
スコップを右肩に担ぎ、左手に兎のケンが収まる小さな棺桶が入った紙袋を提げて、私は高校へ続く夜の坂道を登る。
...and more!!
モデル:波多野伶奈
写真:ヒロセミサキ
イラスト:橋本ライドン
装幀:瀬戸千歳
閑窓社 2021.5.16 発刷発行
閑窓社 2022.5.29 2刷発行
A6版/194ページ/カバーなし
閑窓vol.3 閑日月に捧ぐ
閑窓vol.3
「閑日月に捧ぐ」
架空の路線の始発駅から終点をテーマにした短編集です。13篇を収録。
執筆者
・熾野優
・染よだか
・鮭とば子
・瀬戸千歳
・園田亜真理
・幅観月
・丸屋トンボ
・杜崎ひらく
かつての帰路(羽沼駅)/熾野優
引っ越し先で歯医者を探すのが億劫になり、かつて過ごした街へと私は帰ってくる。様変わりした駅、昔はなかった進学塾、なにひとつ変わらない公園……。断片的な記憶が現れては消えるなかで、私という人間を見つめ直してゆく。
通夜の晩(音羽駅)/丸屋トンボ
「通夜の晩だぞ。息子に何か話しておくことないのかよ」
祖父の葬儀のため、宿泊施設で父と並んで床に就く悟。眠りかけた父の口から語られたのは、父が子どもの頃にやった悪さだった。
ひるがえる金色 前編(祝座町駅)/瀬戸千歳
「七緒の父親はいまも水族館でイルカの飼育員をしている」
酔っ払った母親からはじめて不在の父親について話され、僕は興味半分でめっぽう当たると噂の占い師に訊いてみることにする。16の夏だった。
姉、呪いの壺(用坂駅)/鮭とば子
最悪だった。大学二年生の夏なんてサークル活動でも、課題でも、恋愛でも、とにかくいくらでもなんでもできるはずのある日。私は六つ上の姉と名もなき山にて、ぜえぜえと息を切らしながら、大人の腰ほどある大きな壺をふたりで底から持ち上げ、運んでいた。
...and more!!
装幀 瀬戸千歳
写真 ヒロセミサキ
イラスト 橋本ライドン
閑窓社 2020.10.17 初版1刷発行
A6版/166ページ/カバーなし
閑窓vol.2 旅の丸寝
閑窓vol.2
「旅の丸寝」
川のそばに建つ架空の旅館「柳水庵」を舞台にした短編集です。8編を収録。
執筆者
・池野哉
・市ヶ谷
・熾野優
・鮭とば子
・瀬戸千歳
・橘つばさ
・丸屋トンボ
・本山毱子
たまらなく君に傷ついてほしかった/市ヶ谷
「元彼にシュークリーム投げつけたいから箱根行かない?」
火鍋を食べにいくはずだったのに、なんで私はロマンスカーに乗ってるんだ?
あなたが私にくれたもの/本山毬子
「依子の体って、ほんと黒子ひとつないんだね。きれい」
わたしたちの前にあるのは常に過去で、彼女の前にいるわたしは今のわたしではなかった。スポーツバッグを背負ったベリーショート姿でおどおどしている、情けない中学時代のわたしだけがそこにいる。
壁の中にいる/池野哉
住んでいたアパートを全焼させた高山は、逃避先の宿の砂壁の中に男性を見つける。彼は二階堂と名乗った。
この山間に想い咲く/橘つばさ
柳水亭に国民的俳優の篠崎右京が宿泊するということで、従業員たちは色めきだっていた。しかし、愛妻家で知られる彼が連れてきたのはずいぶんと歳の離れた女性で……。
...and more!!
装幀 海野真夜中
写真 ヒロセミサキ
閑窓社 2019.11.24 発行
A6版/182ページ/カバーなし
閑窓vol.1 翳りゆく部屋
閑窓vol.1
「翳りゆく部屋」
平成元年に建てられ、平成31年になくなってしまうアパートの住人たちを書いた短編集です。14編を収録。
執筆者
・池田拓矢
・池野哉
・市ヶ谷
・熾野優
・北枕ふか子
・鮭とば子
・瀬戸千歳
・丸屋トンボ
ジミー・マリファナ・ヤァマン/丸屋トンボ
レゲエバーの「ヤァマン」で出会ったジミーに大麻の苗木を売ってもらった大崎と盛川。ふたりの秘密の同居生活がはじまる。
あなたのいない部屋/鮭とば子
田舎から上京してきたわたしのもとに“親友”が大きなボストンバッグを抱えてやってくる。朝方、彼女がベッドに潜り込んでくると、酒と煙草の臭いのする柔らかな曲線がわたしの背中に触れる。
春の手触り/市ヶ谷
震災から丸二年、私の大好きなあの子は、このアパートを出てゆく。
虚仮の花/池野哉
夏休みを利用して町の探検していた小学生のコウジ、ケン、アカネはひょんなことから大学生の「高山くん」の基地へ通うようになり……。
さよなら群青/瀬戸千歳
アパートの最後の住人だと聞かされた沙百合は不動産屋に「壁に落書きをしていいですか?」と尋ねる。美大受験を諦め、絵から離れて6年、沙百合は真っ白な壁紙の前に立ち尽くす。
...and more!!
装幀 瀬戸千歳
写真 ヒロセミサキ
閑窓社
2019.04.30 初刷り発行
2020.10.17 2刷発行
2022.11.20 3刷発行
A6版/224ページ/カバーなし
閑窓EX1 あの日、あの晴れた夏の日。
閑窓EX.1 あの日、
「あの日、あの晴れた夏の日。」
リオ五輪に沸く2016年、夏。
部活、幽霊、怪文書、進路相談、ふたりきりの夏祭り……枝浜南高等学校・附属中学校で起こる8月18日だけを切り取ったアンソロジー 。小説、短歌、写真、漫画、イラスト、脚本、なんでもありの16編。
『学窓の君へ』のスピンオフ冊子になります。
Lineup!
小説:市ヶ谷
小説:小沼理
小説:北枕ふか子
小説:君足巳足
小説:konore
小説:鮭とば子
小説:瀬戸千歳
小説:幅 観月
小説:まよい
小説:Raise
小説:渡辺銀次郎
漫画:橋本ライドン
短歌:橋爪志保
脚本:吉田フロイデ
装画:森田ぽも
写真・短歌:ヨノハル
編集・装幀・企画:瀬戸千歳
閑窓社 2021.05.16 初版1刷発行
B6変型版(128×170)/140ページ/数量限定:帯付き
【短編集】いつか夏のまたたきで
2017.11.23 発行
A6判/156ページ/カバーなし
短編集
・祈り
・ネーブルオレンジ
・ここまできても孤独
・みつめる
・あざやかやな葬列
・いつか夏のまたたきで
早苗さんは一作品ごとにじっくり時間をかけて眺めた。日曜日だというのに美術館にはほとんど人がおらず、早苗さんがどれだけ作品の前で立ち止まっていようと舌打ちする人もため息を吐く人もいなかった。ただ、あまりに顔を近づけすぎるので、その吐息で油絵の具が溶け出してしまうんじゃないかとそわそわした。その前に会ったのがいつだったかは、もう思い出せない。早苗さんは僕の姉だ。血はつながっていない。
『あざやかな葬列』より
装幀 海野真夜中