最初で最後の彼女。 (前編)
当時、パソコンとガラケーを使って、blogを書いていたことがあった。
何気ない自分の日常と、ガラケーで撮影した 何てことのない画像なんかを載せて、不定期でブログを書いていた時期があった。
拙い自分の日記を読んでくれる読者は ほぼ数える程しかいなかったが、そのなかで唯一、毎回コメントを書いてくれていた女性がいた。
その人こそが、
はじめての「彼女」だった。
何気ない書き込みと返事のやり取りから、ほんの少しずつ、お互いのことを知っていったのだと思う
その時期は今のように ちょうどバレンタインデー間近で、「自分は今まで、女性の誰からも チョコレートを貰ったことがない」「この悲しみが一生続くのか。」といった自虐的な情けない言葉を、特に深い意味もなくblogの記事に掃き溜めのように書き綴っていたのだった。
その記事を書いた数日後。
例の女性から書き込みがあった
内容は、「良かったらチョコレート、贈りますよ?」といった 女性からの提案だった。
はじめは気を遣ってくれてコメントを残してくれただけなのだと思い、遠慮してやんわりと断ると、女性のほうから
「家族や友達にあげるぶんの ついでなので。」と申し出があった。
自分も20代半ばを過ぎていたし、冴えない男の自分が女性から贈り物をして貰えること自体が、この機会を逃したら今後一切無いのだと思うと、彼女からの申し出を断り続ける理由はなかった。
自分が使っていたblogには、たしか、ダイレクトメール機能といった便利なものがなかったように記憶している
その女性と相談し、記事のほうにガラケーのメールアドレスを書き込んで貰い、お互いの連絡先を交換したのだった。
お互い、直接電話でやり取りする勇気もなく
相変わらず他愛ないやり取りをメールで一頻り続けたあと、彼女は日にちを確認し
「バレンタインデーまでに到着するように、ちゃんと送りますね。」と連絡してくれたのだった。
それから ほどなくして
2月14日に、女性からの荷物が届いた。
伝票には彼女の本名と住所、携帯の電話番号が記されていた。
丁寧に梱包された箱を開けて中身を確認すると、手紙と一緒に、手作りのチョコレートが並んで入っていたのだった。
手紙のなかには 青と白色の手編みのミサンガが同封されていて
彼女のプリクラも 小さく切り取られて一緒に入っていた。
自分はそのときはじめて、彼女の姿と その想いを知ったのだった。
一生懸命、時間をかけて作ってくれたであろう手作りのチョコレートをひとくち頬張ると、その甘さと共に少しだけ…
彼女の気持ちを感じられた気がした。
一緒に入っていた赤い手紙には、ラメできらきらと光っているハート型のシールが幾つも丁寧に貼られていて、それがただの挨拶の手紙ではないことに 何となく気付いていた
手紙を広げて読んでみると、そこには 彼女の自分に対する思いの丈が綴ってあった
「一生懸命、チョコを手作りで作ってみたけれど、美味しいかどうかわからない」こと
「blogで はじめて交流したときから、気になっていて、私はもっと仲良くなりたいと思っている」こと
「あなたが好きです」
「良かったら、私とお付き合いしてください。」
そう、手紙に記されてあった。
突然のことだが、人生で女性に告白されたことなど一度も無かったので 何かの見間違いかと思い、手紙やプリクラを何度も見返す
だがそれは、どうやら彼女の真剣な気持ちの現れのようだった
バレンタインデーの贈り物が無事到着したことを伝えようと、メールではなく、電話で連絡しようと試みるも、携帯を持つ手が震えて
気が気ではない…
完全に取り乱してしまっている自分がいた。。
ありったけの勇気を出し
電話を繋いで…
そこから何を話したのか
実はあまりよく覚えていない……
彼女に
「贈り物をありがとうございました!」
「チョコレート、ちゃんと美味しかったです!」
「大切に ゆっくりと頂きますね」
そして
「手紙、ちゃんと読ませて貰いました」
そんな他愛ない言葉たちのあとに、
勇気をだして
「 僕なんかで良ければ 」
と、自分も同じ気持ちでいること
いまの気持ちのそのままを 告白したのだった。
ふたりの気持ちが 通じ合った瞬間だった
………
……
…
電話やメールでお互いのことをそれとなく知ってゆくうちに、彼女のことが次第に分かってきたのだった
彼女は当時 大学生で
秋田から青森の弘前の大学に通うために、地元を離れて 慣れないひとり暮らしを始めていたのだった。
自分は当時、自動車の部品を製造している 地元の工場に勤めていた社会人だった。
歳の差は感じなかったが、学生と社会人とでは、なんとなく 時間的なゆとりの認識が、僅かにずれているような感覚がしていたのだった。
女性への贈り物などしたことがなかった自分は、彼女へのホワイトデーのお返しを決めかねていたが
ネットで、高すぎず安すぎないくらいの丁度良さそうなものを見つけて自宅に取り寄せ、簡単なお礼の手紙を書き添えて、彼女の住むアパートの住所へと それを贈ったのだった。
「お礼はいらないのに」と言いつつも
「贈ってくれてありがと。」と
笑いながら話す彼女が嬉しそうだったのを知って、僕は少し 安心したのだった。
ゴールデンウィークも近づいてきた頃に、電話で互いに「会いたいね」と
お互いが想っていたことを言葉にして、あらためて気持ちを確かめ合う。
ゴールデンウィーク中に秋田の実家に帰省するため、彼女の地元で落ち合うことにしたのだった。
自分の住んでいる町から 彼女の住んでいる街まで、車でおおよそ8時間。
彼女に逢いに行くその行程も大切にしたかったので、高速は使わずに 下の一般道のルートをパソコンの地図で確かめる。
当時乗っていた車にはカーナビがなかったので、ルート選びは何度も慎重に確認したのだった。
彼女に逢いに行くため
バッグに着替えや地図の本や、簡易的な食べ物や飲み物、ドライブ中に聴きたい・彼女と一緒に聴きたいお気に入りのCDなんかを目一杯 詰め込んで準備をする。
大学生活の傍ら 彼女が丁寧に編んでくれたミサンガを、お守りとして手首に結んだのだった。
この恋が成就せず、万が一、彼女との関係が破綻したときのことを考えて
その存在はあえて伏せおき、
家族には「ゴールデンウィークの休みは、1泊2日で友達のところへ泊まりに行ってくる。」とだけ伝えて出発することにした。
出発は、交通量の少ない夜中。
ちょうど 0時をまわった頃。
今だから冷静に考えられるけど
当時の若かりし自分は本当に無謀というか、なんの根拠もなく、
「8時間程度の運転なんか、まぁ… なんとかなるだろう」としか思っていなかった
一般道をただひたすら、彼女の住む街がある北へ向かって車のアクセルを踏み続け、景色と共に通りすぎてゆく 夜の街並を横目に
ただひたすら… 車を運転し続けた。
途中、長時間の運転と寝不足で 何度か意識を失いかけたが、経由地の公共施設やパーキング、コンビニの駐車場などで仮眠を取り、こまめに休憩しながら、とにかく北上したのだった。
真夜中の 0時に自宅を出て
休憩を挟みながらひたすら運転をする
町から街、峠から県境、市から都市部へと。
彼女の住む、秋田の地元の駅前の駐車場に到着したのは、太陽が中天に差し掛かろうとしていた午前11時過ぎ頃の事だった。
駐車場に車を停めて
座席を倒し、少し仮眠をとったあと
「いま到着したよ」「来れそう?」と電話をして尋ねると
「いま行くね!」と
少しだけ気恥ずかしそうな返事があった。
人もまばらな田舎の無人駅の前で、手持ちぶさたにポケットに手を入れて、落ち着かない様子で待っていると
彼女は手を振りながら恥ずかしそうに、道路の向こう側から 駆け寄ってきたのだった。
はじめてお互いが対面し、
「どうも💦」
「はじめまして!」
と、互いに、気恥ずかしそうに挨拶をする。
彼女は 赤色のかわいらしい眼鏡をかけていて
ボブカットの髪型に、ピンクの花柄のワンピースを着ていて
小さなショルダーバッグを肩掛けした姿だった。
5月の少し暑いくらいの陽気と相まって、自分にはその姿が とても眩しく見えたのだった。
彼女がもうひとつ手に持っていた少し大きめのリュックを受け取る。
予定より遅くなってしまったので、とりあえず二人して車に乗り込むも
「どこ行こう?💦」「行きたい場所ある?」と慣れずに尋ねると
彼女は少し困った様子で笑いながら
「どこでもいいよ?」と答えた
彼女の育った町がどんな街なのか知りたい気持ちから
「じゃあ、目的地決めずにドライブしよう」と提案すると、快く頷いてくれたのだった。
地元の駅前から始まり
閑散とした商店街を通り
彼女が通っていた小学校を過ぎ
八郎潟という干拓地や畦道を通り抜け
町から少し離れた場所にある、
遠くに海岸が見える 小高い丘の公園へ …
そこに到着したとき、少し運転の疲れが溜まり
「ちょっと休憩していい?」「眠くて」と伝えると、彼女はしぶしぶ了承してくれた。
自分も本当は、いろんな場所に行きたかったが、それよりも疲れと眠気が勝ってしまったのだった。。
「お弁当作ってきたんだけど、食べる…?」
と彼女が気を遣ってくれたが、
「いまはいいや…」とやんわり断ってしまった自分。。
当時を振り返り、本当に申し訳ないことをしたな…と未だに思う
彼女は自分で作ったお弁当のサンドイッチを少し摘まんで食べると、運転席を倒して暫く横になっていた僕のことを、静かに待ってくれていた。
その場所で一時間ほど休憩したあと
チェックインを済ませるため、とりあえず今夜泊まる市内の駅前のビジネスホテルへと向かうことにしたのだった。
途中、道路の脇でビーチパラソルを広げて
お婆さんらしき人たちが点在し、何かの商売をしている様子だった。
彼女に、「あれは何か?」尋ねると
" ババヘラ "というカラフルな手作りアイスなのだと言う。
「せっかくだから食べてみようか」と二人して車を降り 立ち寄ると、お婆さんは満面の笑みで「よく来たねえ」と挨拶をした
「どこから来なさった?」と尋ねられ
「彼女に逢いに。福島から来ました」と答える。
人生ではじめて、人前で
『彼女』という言葉を使った…
それがとても、自分には誇らしかった記憶がある。
「あんたら、若くてうらやましいねえ」とお婆さんはひとしきり笑ったあと、クーラーボックスを開けてお玉を取り出し、アイスクリームをコーンのうえによそって、僕らに手渡してくれた。
「地元にいても、あんまり食べたことなかった!」と彼女。
笑いながら一緒に食べたババヘラの味を、実はよく覚えていないのだが
あのときの穏やかで優しいひとときを…
とても鮮明に覚えている。
秋田の市内に向かう途中
海岸添いのドライブインに立ち寄り、車を停めて 少しだけ休憩をすることにした
ゴールデンウィーク中だったので、駐車場は車や人混みでとても満杯だった。
秋田県は日本海添いに、ごつごつとした浅瀬の岩場がずっと続いていたが、その場所は少しだけ 砂浜が広がっており、家族連れやカップル、余所から来た観光客でごった返していた。
それぞれが声をあげてはしゃぎながら、裸足になって、生ぬるい海水に足を浸している。
自分たちも同じように そうすることにした
真夏のように強い陽射し。
遠く、水面が穏やかに、きらきらと輝いている光景を見つめる
彼女が佇むその光景を どうしても切り取ってみたくて
持参したインスタントカメラで、その風景を撮影する。
振り返り、それに気が付いた彼女が
「恥ずかしい」と困ったように微笑んだが
自分はそれだけで 幸福な気持ちになれた気がした。
市内の駅前に向かう運転中の車のなかでは、ブログに綴った 自分の情けない日記のことや、はじめてお互いがやり取りした際の気持ちの現れを吐露し合ったりしていた
逢えなかった時間を埋めるように、お互いがどんな人物・性格なのかを、たくさん話し合ったりしていた
彼女が作ってくれた手編みのミサンガと、一緒に入っていたプリクラのお礼を伝え
現在のお互いの近況を それとなく話しながら
好きなもの、好きな食べ物、好きな音楽 …
そして、お互いへの思いの丈をひとしきり交わしながら… 車を走らせたのだった。
本当のところを云うと…
長時間の運転の疲れと、彼女とは言え、助手席に座る初対面の女性との慣れ切れていない会話と
彼女を、どうリードすればいいのかも分からなかった自分は
車内の弾んでゆく会話とは裏腹に
あのとき自分でも何を話したのか…
実はよく覚えていなかったりする。
情けないことだが。。
ただ、その緊張や不安が彼女に伝わってしまわないように…
あの頃の自分は
彼女の前で平静を装うことで、精一杯だったように思う
時折彼女は、運転中の僕の横顔を
よく確かめるように…
見慣れないものを確かめようと
視線をこちらに向けて
少しだけ、はにかむのだった。
つづく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?