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フェスの最前列でThe1975を見るまでの、たった12時間半の話。(1)


目が覚めると、そこは雪国だった…


 わけもなく、そこは信じられないほど狭いカプセルホテルの一室。

 それまで念願だったカプセルホテル。その都会チックな響きに惹かれて泊まってみたはいいものの、あまりの狭さ、蒸し暑さ、そしておじさま方の寝息(爆音)に苦しめられる始末。あと数千円をケチらなければアパホテルに泊まれたのに…なんて無意味な後悔をした。

 目覚ましのアラームをかけることすらはばかられるような、あの異様な静寂。出身も年代もまったく違う、完全な赤の他人が薄い壁のすぐ向こうで寝ているというこの感じ。どうしても慣れなかった。


 だけど、そんなことは最早どうだっていい。

だって今日は僕の若い耳をぜんぶ捧げてもいいバンド、イギリスはマンチェスター出身のロックヒーロー、The1975のライブを見られるんだから…



 The1975といえば、”今”を代表するロックバンド。世界的な人気・支持を獲得している。彼らの曲は社会的でもあり内省的でもある。そして何より踊れる。そんな型にハマらない幅広い音楽性が魅力の4人組バンドだ。

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 そんなThe1975が、僕は、本当に大好きだァ…(涙)

 どわぁ~と鼻水と涙が同時にこぼれるほど、僕はこのバンドを愛して止まない。僕が彼らを知ったのはファンの中でもかなり遅い部類で、2020年の4thアルバムが発表されたタイミングだった。ポップでありつつもすごく繊細。悲劇的でありつつもロマンティック。なんだかザ・スミス風でもあり、プリンス風でもある。その一方で、現代的な問題、例えば世界各地の戦争や麻薬の流行、インターネットにまつわる問題などにも言及する。そんな徹底して、”今”を見つめる音楽。そんなバンド、心酔せざるを得ない。そう。ついに、俺たちのバンドが現れたのだ…


 とまぁ、こんなことを心の中で思いつつ、僕は窮屈で薄暗いカプセルホテルを出て、千葉駅に向かった。行き先はもちろんZOZOマリンスタジアム・幕張メッセ。そう、サマーソニックの会場だ。

 これは僕が、心の底から愛しているバンド、The1975を最前列で見ることになるまでのたった12時間半のドキュメントである



 旅のBGMが何だったかは正直忘れたが、間違いなくThe1975を筆頭に、その日に見る予定だったバンドの曲を何度も何度も聞き返した。まだ眠っている脳に「今日、俺の人生が大きく変わる、冗談なしに」ということを叩き込むためだ。ほかにもイタリア出身のMåneskinやThe1975と同じレーベルのBeabadoobeeRina Sawayamaなんかを聴いていた、と思う。

 千葉駅からスタジアムまでの最寄り駅までは、本当にあっという間だった。個人的にはかなり早く到着したつもりだったが、その駅で思ったよりも多くの人が降りて少し怖気づいた。そもそもライブ自体は10時から始まるのに、なぜ自分も含めてこれだけの人がこれだけ早く会場に集まるのか?

 そんなものは当然、グッズだ。

 ディズニーの収益のとんでもない割合がグッズだという話を聞いたことがあるが、とにかくグッズは、どこでも、並ぶ、並ぶ、並ぶ

 リストバンドをもらって、The1975のグッズ売り場まで少しだけ迷いながらもなんとかたどり着いた。その時点ですでに汗だく。別に文句ではないのだけど、リストバンドを間違って幕張メッセで交換してしまったので、The1975のグッズが売っているZOZOマリンスタジアムまで歩かねばならず、その時点でかなり萎えていた。「まだ売ってるかな…」みたいな心配をしつつ、自分の豪運だけを信じて長蛇の列に並んだ。この時点で9時前。The1975を最前列で見るまで、あと10時間半



 グッズ売り場には結局1時間か、それよりも少し長く並んだと思う。前にはおばちゃん二人とイケメン二人という謎のグループ。そして後ろにはラテン系のお姉さん二人組。改めてロックフェスのダイバーシティに驚かされる。前も後ろも斜めも、みーんなが「なぁ、一発目どこ行くよ?」とか「とりあえずこれ見たあとはランチ食べる?」みたいな雑談を和気あいあいとしている中、カンカンの日差しにイラつきながらイヤホンでThe1975を聴きまくる自分。

 誰か誘えばよかった…などと思った。いやでも誰かとくるとその人とは音楽の趣味が多少は違うだろうし、The1975のためにマリンステージ【注:The1975が出演するメインステージ】に一日中張り付かせるのも気の毒だし、結局人の波に飲まれてはぐれちゃうだろうし、いやこれはむしろ一人で来た方が快適なんだ…!などと心の中で反芻しながら、The1975が好きな友人が周りにいないという現実に目を背けた

 そんなことでぶつくさとしているのもいいが、せっかくサマソニに来ているんだし、もっと周りを見てもっと環境音を聞こうと思い、イヤホンを外した。周りでは相も変わらず楽しそうに今日の予定を立てている。しかしよく見てみると自分の周辺の人はなんらかのアーティストグッズをつけていて、これから誰のグッズを買うのかが一目瞭然でおもしろかった。夏フェス、って感じだ。だが肝心なThe1975のグッズを持っている人はあまりいない。「これは売り切れないんじゃないか…?」と邪推していると、気づけばもうすぐ順番になっていた。

 ちなみにThe1975のグッズは全部で5種類。Tシャツが4種類でタオルが1種類。そのうちでほしいグッズは上段の黒Tシャツ(この記事のヘッダー画像)。別に文句ではないが、なぜかTシャツ1枚が4500円もする。ちょ、おいおい円安か?(震え)ちなみに写真を見せるとこんな感じだ。

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 ほとんど全部なかなかかっこいい。ちょっとさすがに日の丸は勘弁…話変わるんですけど、どうして日本人って日の丸を身に着けることを嫌がるんでしょうね…

 この時の僕はちょっと金欠なのでできればその黒Tシャツ1枚さえ買えればありがたい、といったところだったグッズテントの前ではスタッフの人が「どのアーティストですか?」と聞いていた。自分の番になって「The1975です」と言うと、テントの奥に通された。「やっと買える…!!」とにまにましたまま、そのテントの前に立った。しかしよく見ると、白TシャツがあとSサイズ1枚しかないではないか

 「え、待って…」これはお目当てのやつではないけどさ。こんなに朝早く来て、もうこんなに在庫ないのか…?これってもしかして買わないと後悔するやつ…?この会場限定とか…?いや、でも、金欠だし、明日の食費とか、どうする、今回は貧乏旅行のつもりだし、いや、あぁ、あう、あああ、、、


 日の丸以外、全部ください。


 ほぼ全部買った。日の丸を買わない理性だけはあった。

 合計、11000円。明日は泥水をすすって生きることにした。

The1975を最前列で見るまで、あと9時間半。



 とりあえず疲れたので座ってみた。

 ここで僕は今回のフェスの一番の課題に気づく。それはだ。

 見たいアーティストまではとことん暇。暇。暇。

 だからといって、せっかくサマソニに来たのにぼーっとするのは損なので、どこかでやってるバンドでも見に行こうと思い、移動。マリンステージのスタンド席に入ると、ドデカいステージと設営が僕を待ち受けていた。みなさんが今想像している7倍はでかい。スケール感といい、人の数といい、迫力といい、すべてが桁違い。「ここで俺はThe1975を見るのか…」そう思うと、なんだか興奮と恐れが混じった気持ちになったのだった。

 そのドデカいステージではNovelbrightというバンドが演奏していた。申し訳ないことにそこではじめて知ったので、曲も知らないままスタンド席に座って聴いていた。しかしそれが…

 めちゃくちゃいい…!!!


 コロナになってからまったくライブやフェスというものに来ていなかった。だからその感覚を忘れてしまっていたのだろう。知らないバンドの知らない曲でも、その迫力とスケール感に圧倒された。これが生の爆音だ。しかも日本を代表するバカでかい規模のフェス。僕は今、とんでもないことを経験しているのかもしれない。

 Novelbrightのパフォーマンスを終え、次はMrs. Green Apple。こちらも名前くらいしか知らず(すまぬ)、スタンドの後方の日差しが当たらない場所でぼーっと眺めていた。やっぱり生の音楽はいい。特に音が大きければ大きいほどいい。心を芯までえぐられる。これが自分の好きなアーティストだったらどうなるのだろうか。吐いちゃうのかなぁ?!



 いったんマリンステージから離れて昼食をとることに。昼食をとるといっても、僕は本当に食べ物に興味がないので、もう腹を満たせればいいと思い、沖縄のタコライスを食べ、これからはじまる耐久戦に備えた。どういうことかと言うと、ここからThe1975がはじまる19:30までの間、マリンステージに出演するのは僕が見たいアーティストばかりだからだ。ビーバドゥービー、リナサワヤマ、マキシマムザホルモン、リバティーンズ、マネスキン、キングヌー、そして本命の彼ら。そう、僕はおよそ7時間、マリンステージに張り付くことになる

 ここからの長丁場に備えて、僕は身支度を整えるためにほとんどの荷物をロッカーに預けた。手元にあるのはスマホとタオルと水分くらいだ。気合を入れてマリンステージに向かった。ここから起こるのは幸せなことばかり。僕はもうすぐ夢が叶う。それが分かってて動けるなんて、どれだけ幸せなことか。どうあがいても僕は、今から夢が叶うのだ


The1975を最前列で見るまで、あと7時間半。


 続きは次回。

小金持ちの皆さん!恵んで恵んで!