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映画「湖の女たち」で描かれる揺らぎの話。

※この記事は映画のネタバレを含みます。まだ映画をご覧になっていない方は、ぜひ先に映画をご覧ください。

5/17(金)に映画「湖の女たち」がついに公開となりました。

昨日は公開記念舞台挨拶が行われ、私はTOHOシネマズ日比谷で行われた上映後と上映前それぞれの舞台挨拶に参加。そして同じ映画を続けて2回鑑賞するという、なかなか贅沢でヘビーな1日を過ごしました。

1回観るのにも体力と知力が必要なタイプの作品ではあるのだけど、先日の完成披露上映会から少し日が空いたこともあって、この2回はとても冷静に物語に身を委ねることができた気がします。

まっさらな状態で観たかったので、完成披露上映には原作未読の状態で臨んでいました。

公開を迎えるまでの間に吉田修一さんの原作小説を読み、映画で描かれた世界観を文字で保管しつつ、描写がマイルドになっている部分もありながら、役者さんたちの生々しいお芝居によって、より物語が色濃くなっていることに改めて驚かされたのでした。

映画の冒頭、まだ暗い早朝の湖の中に立つ1人の釣り人のシーンから始まりますが、実は私、初見ではその人が圭介だったのかはっきりと判別できなかったのです。

帰り際、同じく原作未読の友人とも、「あれってもしかして圭介だった?」とハテナマークいっぱいで話した記憶が😂

でも冷静に物語の流れを理解し、圭介が早朝に佳代が湖でしていた行為を目撃していたのだと分かった上で改めて観ると

「湖には何をしに?」
「それは初めてですか?」

という取り調べのシーンのひとつひとつの台詞の行間や目線にハッとするのと同時に、ここですでに自分とある意味同類である佳代を見抜いている圭介にゾワっと鳥肌が立ちました。

じとーっと心を暴いてくるような、福士蒼汰くんのあの目のお芝居!まりかさんが本当に怖かったと話すのも納得。

取調べ中に佳代が「ハッ!」と小さく声をあげる場面があります。

きっと最初は気づいていなくて、途中であの時の釣り人が今目の前にいる刑事だと脳内で繋がった時に出てしまった心の声。

それがなんだかとてもリアルでした。

ちなみに冒頭のシーンは原作とは違う描写になっていて、映画であえて変更されているシーンのひとつです。

これによって映画は女性たちによりフィーチャーする、強烈な印象を残す始まりの描写になっていたと感じました。

原作から変更されているといえば、薬害事件を追う記者の池田が原作では中年男性なのに対し、映画ではまだ若い女性記者に変わっていますね。

福地桃子さんが演じた池田は、暗く澱んだ事件を追う中で心が揺らぎながらもまっすぐに立ち向かう純粋さと勇気を待ち合わせていました。

声が少し震えていたり、目線がキョロキョロと定まらない時があったりするのに、1人で伊佐美や三葉に会いに行ける強さもある、池田という記者の揺らぎが福地桃子さんのお芝居とリンクしていた気がします。

今回この作品を改めて観て、一見去勢を張っていて強そうに見える男性の弱さと、一見脆そうなのに芯があって強い女性の対比をすごく感じました。

それは、財前直見さんが演じられた、容疑者として執拗な取り調べを受ける介護士の松本にも言えること。

介護士として誇りを持って仕事をしてきた彼女が、心折れる寸前で「私はやってないんや!ホンマの犯人捕まえや!」と強い意志を持って言い返す場面はものすごいエネルギーを感じたし、その言葉を受けて動揺した浅野忠信さん演じる伊佐美が圭介に矛先を向けて恫喝する場面は心の脆さを表していて胸が痛かった。

この伊佐美からの抑圧が圭介から佳代への抑圧へと連鎖し、負のループが続いていくのだとはっきりわかる場面。

あの場面で、この時間が終わるのを待とうと心を無にして耐えている圭介の表情が忘れられない( ;  ; )お芝居とわかっていてもきっとリアルに怖かっただろうなと思う。。三者の心の動きが見事に伝わる名シーンでした。

そして、女たちの象徴とも言えるのが、介護施設で亡くなった男性の妻、市島松江を演じた三田佳子さん。

舞台挨拶では、三田佳子さんの長くこの世界にいらっしゃる方ならではの言葉の重みを感じ、それが歴史が積もるような湖の女たちという作品とリンクしてる気もして。

今回、登壇してくださったことがとても嬉しかったです。

キャリアを重ねられているからこその役に対する真摯な向き合い方、後輩の俳優陣を見守る温かい目、短いシーンでも鮮明に残る確かな存在感。本当に素敵だった。

自宅の美しいお庭が窓のすぐ外に広がっているのに「私はあれから美しいものを見てないわ」と話す彼女は、一体どれほどの想いを抱えながら生きてきたのだろうと。。若い頃の市島松江を演じた穂志もえかさんのまっすぐな眼差しと共に印象に残りました。

そうそう、舞台挨拶の中で、原作者の吉田修一さんからキャストの皆さんや監督へのサプライズのお手紙が読み上げられる場面がありました。

お手紙の朗読を聞いているキャストの皆さんや監督の後ろに、大きなスクリーンでお手紙の文字が映し出され、そのシーンがとても美しくて、正面から見ていて自然と涙がポロポロこぼれました( ; ; )

お手紙についての感想を聞かれた松本まりかさんが気持ちを整えて言葉を発するまで、おそらく20〜30秒くらい沈黙の間があり、その間、会場全体がシーーンと静まり返っていました。

誰も茶化したり声をかけたりすることなく、会場のみんなが静かにそっと見守ってたのがとても良かったんだ( ;  ; )

特に主演の福士蒼汰くんと松本まりかさんにとって、この難しい役を演じることは大きな挑戦であり、ここまで全てを晒け出し、役者であっても演じる人は限られているような特殊な性描写のシーンまで演じてパブリックイメージを覆すことはある意味少し危険な賭けでもあったはず。

でもこの役を任されるということは、今まさにこういう役で脱皮してほしいというラブコールでもあり、脱皮した先のイメージが見えているからこそのオファーだったのだろうと。

その期待に見事に応えたお2人。人としても役者としても大きく変化するきっかけになった役だと話してくれました。

映画が公開になる前に放送されていた大奥やアイのない恋人たちで、湖の女たちを撮影を経た後の変化を体現してくれてたね。これがあったからこその有功であり、胤篤であり、真和だったんだなぁと。

どの役も、いつにも増してとても魅力的だった理由がここにあったんだ、という気持ちです。

ここ最近の変化を見て、こんな役もやってみてほしい!と考える製作陣の方々がたくさんいらっしゃることでしょう。

役柄の幅もますます広がっていくんだろうなと楽しみで仕方ない!

最後に、圭介と佳代の関係性について。

2人の一見、支配する側とされる側の共依存に見える関係が、だんだんと従順になっていく佳代に対して圭介がある種の恐怖とも情とも呼べないような心の揺らぎを見せるように変化していくのが印象的でした。

最後のボートの上でのシーンは、佳代と決別することで自分の中に堆積した負の部分を断ち切るのと同時に、触れる指先から佳代をこれ以上壊してはいけないと自分から遠ざける本来の優しさが垣間見えたような気もした。

どん底まで沈んで浮かんできたラスト、朝焼けの湖とテントを見つめる圭介の目からは澱みが消えて、刑事という職を選んだ最初の頃に持っていた自分自身の正義を取り戻せたのかな。と思ったりもしました。

そうそう、舞台挨拶でのフォトセッション前にキャストの皆さんが降壇して再登場したので、昨日は計3回、ステージの階段をエスコートするシーンが見られたのだけど、大森監督が三田佳子さんを、福士蒼汰くんが松本まりかさんをエスコートした後、2人が振り向いて浅野忠信さんに手を差し伸べ、「いやいやいや…」って手でNOの合図を送りつつ笑いながら浅野さんが降りてくるやり取りが3回繰り返されました笑

だんだんコントのように息ぴったりになっていくそのやり取りからも、チーム感が感じられてほっこりしたなー🤭

誰もがすんなり理解できる映画ではないし、歴史的な背景だったり、人間と生産性という根源を描いたような作品性なので観る側の理解力も必要とされるのだけど。

「世界は美しいのだろうか」という問いの答え、そして「正義とは何なのだろうか」という自分なりの答えを見つけに、ぜひたくさんの方が劇場へ足を運んでくださることを願ってやみません。

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