芯物花火【短編小説】

「なんで浴衣着ないの?」
「だって男で着てる奴いないし。」

「二〇〇円になります!」
「やべーよ、暗くて全然小銭見えねー…」

 小さな街の、小さな夏祭り。数時間後に上がる小さな打ち上げ花火を楽しみにしながら、人々は屋台に並ぶ。
 バカだな。夏祭りで浮かれる人々を尻目に、俺は今日も利益を上げる。一番の稼ぎ時なのだ。普通は心を躍らせるであろう屋台のカラフルなフォントも、俺にはただ軽薄なものにしか見えない。
 ふと男と肩がぶつかった。相手はひどく焦っているようだった。おそらく同業者だ。
 しばらくして、
「待てよドロボー!!」と男の声。やっぱりだった。ただ俺は、そんなしょうもないスリとは根本から違う。あんなにコスパの悪いことをするやつもバカ。騒ぎたいだけ。
 だが、一番バカな奴は間違いなく、あいつら。

 屋台の店頭にいるジジイ共。油まみれの食べ物や当たりの無いくじを売って小銭を掠め取っている。夢を売っていると称して、俺たちのようにリスクを負うことも無くだ。許せない。

 午後八時。人々ははしゃいだ疲れを見せながら、締めくくりの花火に向けて期待を高めていく、そんな時間。狙い時だ。ここで獲物は油断する。活気のない屋台を見つけ、少しずつ近づいていく。慎重に内側に入っていくと、札や小銭が乱雑に放り投げられたケースがある。屋台の売上だ。この時間帯だと店員のジジイは大抵居眠りしているかジジイ同士で喋っているので、さほど難しいことではない。

 財布が分厚くなり出した頃、花火打ち上げ五分前を知らせるアナウンスがかかった。最後の獲物を絞るため辺りを見回すと、極端に人が少ない屋台があった。看板には「りんご飴」の字。「ご」の濁点がりんごになっていた。屋台の奥では機嫌の悪そうなジジイが寝ている。格好の餌食だ。
 花火を見る場所を求めて動き回る人々に押されながらも、なんとか辿りついた。屋台の裏手に周り、じわじわと内側に近づきはじめた、その時だった。
「あれ。田坂じゃね〜?」
 そんな陽気な声で俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえるとともに、肩を叩かれた。人違いだろうと無視して箱に手を伸ばすと、伸ばした腕を強く掴まれた。心臓が縮むような感覚がし、冷たい汗が垂れた。恐る恐る振り返ると、背の高い色白の男がいた。知人ではなかった。
「え、マジじゃん。ちょっと話そうぜ。」掴まれた腕はそのまま、半ば強引に引っ張られた。
 端にあるベンチに行く。少し余裕なく座ると、男は落ちついた様子で言った。
「お前田坂じゃないよな。」
「え?」
「いや、俺の同級生に田坂って奴がいるんだけどさ。ミスった。で、途中でお前の顔が照らされてさ、街灯で。違うじゃん、ってなった。」
 男は淡々と話すが、それで仕事の邪魔をされたんだからたまったもんじゃない。
「似てるとか?」気まずくならないためにも質問をする。
「いや、全然。田坂に見えたんだけどな〜…。」
「ひどくないすか、それ。俺用事あったのに。」
「あんな廃れた屋台の当番やったところで意味ねーじゃん。」男は終始ヘラヘラしていて、こちら側は神経を逆撫でされた。
「いーじゃんいーじゃん、お詫びにコンビニで酒でも奢ってやるよ。」

 話が弾んでしまい、気がついた頃にはお互いすっかり酔っていて、二十二時を回っていた。
「だからな? 女の子によってきて欲しいならまず自分高めないといけないの! 小手先の努力とかじゃどうにもなんないって。」
「お前だってわざわざ祭りまできて男と二人で飲んでるんだから同類だろ。」男とはよく馬が合い、冗談を言って笑い合う仲にまでなっていた。
 買った酒の缶も底をつき、お互い酔いが覚めてきた頃、男が言った。
「あ〜楽し。やっぱ祭りいいよなー。こういう出会いあるしさ。うまいもん売ってるし。」
「だね。」そっけない返事しかできなかった。

「じゃそろそろ行くわ。お前絶対後悔する生き方すんなよ?」

 彼の背中は大きく見えた。

波止場 かもめ(中学3年)

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