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ベイトソンの生きた世界観➀

はしがき
 私は2005年3月に放送大学を卒業しました。ここに発表するのは、その第4章「ベイトソンの生きた世界観」です。けっこう長い論文なのですが、読んでいただけたら幸いです。

 この論文は、今日の危機的な地球の環境問題の解決へ向けて希求される思想がテーマである。これまで環境問題の解決のためには、私たちの世界観の変容が求められていることをあげ、同時にさまざまな分野で新しい世界観が出現してきていることを見てきた。また逆に、環境は多くの分野が一体となったものであるととらえることもできる。第3章で見たように環境問題の思想にも、さまざまなものがあった。私はここで新しい世界観を提唱したグレゴリー・ベイトソンの思想をとりあげておきたいと思う。

1.ヴェルサイユ条約とサイバネティクス

 グレゴリー・ベイトソンは1904年、イギリスの高名な生物学者、ウィリアム・ベイトソンの三男として生まれた。ベイトソンは大学では生物学を修めたが、その後は文化人類学者、情報理論家、精神病理学者、生物学者、社会運動家など、さまざまな分野で活動した。分野横断的で広範にわたる活動は、ベイトソンが領域にとらわれずに自分の関心に沿って活動してきたことの証ともいえるだろう。ベイトソンの活動の広さと興味深い研究活動の内容は、ベイトソンの思想にあるように、あるレベルを超えたものを目指していた。本来、ベイトソンの思想を簡単に述べることは難しいのであるが、ベイトソンの思想のベイシックな面と、環境と人間の関係についてここでは考えてみることにする。
 まず佐藤敬三の「システム-サイバネティクス的アプローチ」という論文からその一部を紹介したい。佐藤は端的に「ベイトソンがサイバネティクスやシステムに寄せた期待は大きく、たとえば彼はサイバネティクスとシステム論から新しい認識論が生じ、それにより精神、自己、人間関係などについて新しい理解が可能になる、と述べている」と書いている。そして、ベイトソンが1966年に発表した「ヴェルサイユからサイバネティクスまで」という論文についてふれ、次のように述べている。

 当時62歳であったベイトソンは過去をふりかえり、過去60年間で最も重要な歴史的事件として何を選ぶかという問いに対し、自動車やラジオ、テレビの普及でも第二次世界大戦でも原子爆弾でもなく、ヴェルサイユ条約の締結とサイバネティクスの発見の二つをあげたのであった。しかも彼はこの二つをそれぞれ相互に無関係にかかげたのではなく、密接に関係があるものとして対で提示したのである。
(中略)サイバネティクスとの関係について述べなければならないが、その関係は階型(タイプ)とかレベル、階層の概念に注目することによって生じるのである。(中略)そこでこうしたレベルの相異を重視すれば戦争においても、戦場で兵士間に見られるあざむきやだましうちと、休戦や停戦を交渉するテーブルで用いられた欺瞞とは同列におかれてはならぬことになろう。和平交渉における裏切りは戦場における裏切りより悪質であると以前から考えられており、この倫理がヴェルサイユ条約により破られたのであるが、しかしベイトソンはこの永い間人々によって受け継がれていた倫理原理が、今やレベルや階層の概念を重視するシステム-サイバネティクスによって厳密で科学的な基礎を与えるにいたったと考えたのである。

佐藤敬三「システム-サイバネティクス的アプローチ」より

 佐藤は、「ベイトソンは事象を、それをとりまくより大きなコンテクストとの関連でとらえるべきことを説き」、「新しいアプローチにおいては大きなコンテクストと小さなコンテクスト間の関係に焦点があてられねばならぬと彼は述べる。そして外的な物理的世界から内的な心的世界を明確に分離して考察しうるという近代で主流をなしてきた二分法的見地に批判を呈する。そしてここでサイバネティクスの中心をなすフィードバック・ループの概念が大きな役割を果すこととなる」と書いている。そのあと、佐藤はこう続ける。

 心を人間の内部に限定して外界と分離する二分法を排し、より大きなコンテクストに心を認める見地をとると同時に、彼はここでも階層やレベルの観念を導入している。あるフィードバック・ループに組みこまれ、さらにより大きなフィードバック・ループに組みこまれる、というように、フィードバックの階層的な構造が形成されている場合、彼はその階層のどのレベルのループであってもそれに心を認めることができると考えるのである。従って生態学的システムに対してもそれに内在する精神を認めることができると主張される。(中略)つまり通常我々が考えている自我なるものがはるかにより大なるものの一部であるにすぎないように、適応を行なって生存しつづけるのもたんに生物個体と考えるべきではなく、それをとりまく大きなシステム全体であることを彼は強調した。

 村上陽一郎によれば、「彼の仕事の基礎は、関係の先行性という概念で占められている、と言うことができるのだが、ベイトソンお得意のタイプ理論を用いれば、もう一つメタの段階で、彼の仕事全体が、そのまま関係を示している、と見ることもできるのではなかろうか」と書いている。
 ベイトソンはただ単に学際的な幅の広い研究者ではなく、私たちの生きている世界全体を生態圏としてとらえ、人間の環境へのかかわりについて早くから考え、人の精神だけではなく、生態系全般の<MIND>というものを探索していた。ベイトソンが重要な歴史的事件としてヴェルサイユ条約をあげたのは、彼がつねに抽象的な概念を社会的・現実的な問題にかかわりを持たせていたことの現われでもある。ベイトソンはヴェルサイユ条約の締結が「大掛かりな欺瞞」であり、そのために第二次世界大戦へ向かうこととなったと考えていた。彼は「この大きな欺瞞以後は、あてにすることができるのはごく小さな善行のみで、全体にとっての善などはまやかしで、もはや誰もそれを信じようとはしなくなった」と指摘している。

佐藤敬三「システム-サイバネティクス的アプローチ」より

 また後日、この先を続けます。


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