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不確実な世界から出たあと【『アイドル、やめました。』を読んで】

はじめに

 SDN48のメンバーとしての活動経験をもつ大木亜希子氏による『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社、2019年)の感想を述べる。本書は、AKB48をはじめとするアイドルグループに在籍していた女性が卒業後どのような人生を送っているかを取材してまとめたものである。8人の女性の「リアル」が描かれている。

 私は普段、社会問題に関する文章を読むことが多く、本書のような個人的な人生を追う書籍はあまり読まない。また、AKBなどのアイドルにもそこまで関心がなかった。しかし、ネット上で紹介されているのを見て、思い付きで読んでみたところ、新鮮で面白く、考えたこともなかった発見があった。


「負けた人の末路」ではない

 アイドルは華やかな職業である。容姿の優れた人間が、歌やダンスをこなし、場合によってはドラマやバラエティ番組で活躍する様子は、多くの人間の心をつかむであろう。一般的に、アイドルという職業は華やかで、多くの人間の憧れとなる。

 一方で、アイドルが華やかであるが故、憧れて目指す人間が多くなって、それでも一線で活躍できる人間は限られているから、必然的に倍率が高くなる。華やかなアイドルという職業に就ける人間は、多くの志望者の中で一握りなのである。であるから、多くの人間が「夢破れる」ことになる。

 しかし、本書を読んでいると、上記のような視点は、アイドルを絶対視している側面もあるような気がしてくる。確かに、アイドルに憧れるのは理解できる。もちろん、本書に登場する女性たちも、アイドルの経験に何かしらの特別な感情を持っていたことが推察される。とはいうものの、彼女らの生き方を見ると、アイドルは数ある中の1つの職業であるという、相対的な見方もあることがわかる。

今、輝く彼女の表情を見ていると、私は「アイドルは人生の通過点だった」という生き方は負け組でもなんでもなく、あってもいいのではないかと思う。なぜなら、ステージの中央からではなく、端っこからだからこそ見えていた景気と経験が、人生をより豊かにしてくれているはずだからだ。(p.74)

 また、その考えで行くと、アイドルの後のキャリアが何もアイドルに直接関係していなくてもよいのである。有名なアイドル出身者は女優や歌手、タレント、モデルなどになることが多いようであるが、そうでない職業にその後就いたとしても、立派な「転職」といえうる(もっというと、こういった職業以外でもアイドルの経験は役立ちうる)。

芸能活動する際は、仕事の内容を書き記した書類を学校に提出しなければならないのも負担だった。そしてその頃、「アイドルのその先の夢」があるかと言われれば、自分にはないことに薄々気がついていた。彼女にとってSKE48は手段ではなく目的で、「あのグループでアイドルになる」ということで目標のキャリアは叶っていた。そして未来を見据えた時に、改めて気がついた。「私はモデルや声優より、やっぱり保育士になりたい」(p.114)

「アイドルのその先の夢」とは、女優や歌手、タレント、モデルといった、アイドルと同じような華やかさをもつ芸能の仕事であると解釈できる。そういった職業でなくても、「負け組」とは決していえず、その人なりのかけがえのない人生を歩んでいるのである。


「頑張れば報われる」ことの良さ

 本書では、序文で以下のようなことが述べられる。

また、アイドルという職業は、ビジュアルや体型、ステージ上でのセンス、華やかさ、どれか1つでも秀でていたら必ず売れる—といった確証など”ない”ことにも気がついていた。正直に言えば、「私の方が可愛い」と思うようなメンバーに人気を追い越される瞬間も多々あった。(p.5)

アイドルとして大成することに正攻法はないということであろう。それもそのはず、人びとがアイドルに求めるものは多様である。正攻法がなければ努力の方向が不確かになり、「頑張っても報われない」ということが頻発しそうである。実際にそういうエピソードもあった。

 そんな中、私が最も興味を惹かれたのが、元SKEで広告代理店の社員になった菅なな子さんである。彼女は高校2年の際にアイドルを卒業し、そこからの猛勉強で名古屋大学経済学部に合格した。その勉強の過程で、以下のようなことを感じたという。

「勉強は、自分が頑張った分だけ学力が上がって点数が獲得できる、っていう事実がシンプルで、自分にとっては救いでした。アイドルって顔が可愛ければ売れるわけじゃないし、活動していく中でも『こんなに自分がかなわな人たちがいるんだな』っていう敗北感の連続で。自分に歌やダンスの武器があっても、それで人気が上がるわけでもなかったので、勉強の世界が新鮮に感じて」(p.150)

 これは、私も個人的にとっても共感ができる。私は、頑張っても結果が出なさそうなものは避け、まさに勉強などのやるべきことが明確で、結果も可視化されやすいものを競争の場所に選んできた。もちろん、芸能などの「正攻法」が見えない世界で勝ちあがった人はすごいと思うが、前述のようにそれを職業にできる人間は一部であり、多くの人間にとっては受験勉強などのわかりやすい努力で勝負するというのは現実的な選択肢である。このように、アイドルの不確定さと対比することで、「頑張ったら報われる」ことの良さを再確認した(もっとも、菅さんはアイドルとしてもかなりの成功を収めたが)。


少し読みづらい…?

 内容にはあまり関係がないが(私との相性の問題か)形式面で少し読みづらいと感じた箇所が散見された。

 たとえば、段落分けが激しい。一般的な文章では、1つの段落にははじめか終わりに1つのメッセージがあって、その他はそれを補強する根拠や具体例、(傍論も含む)詳細な情報となる。ところが、本書の文章はそうではなく無秩序とも思えるように段落が出てくる。1文で1段落というのもざらである。このように、段落分けが非常に激しく、ときに抽象度の高い部分がどこかを把握するのに苦労してしまった(また、段落変えが多いと自ずと余白が増えページ数が増してしまう)。

 加えて、インタビューされる人の発言が直接話法で書かれているが、その部分は「」があるだけで書式が変わったり字下げが行われなかったりするため、字の文との区別が一見ではわからない。

 さらに欲を言うと私のようなアイドルについてあまり明るくない人間に対してのガイドコンテンツも欲しかった。冒頭に、まとまった用語の説明や、登場人物の多くに関わる出来事の年表があると良かった。適宜注によって多少説明されるが、それでも自分で調べなければわからなかったり、時系列まではわからなかったり、反対に注がそれぞれの章で独立しているため重複していたりした。

 以上のように、表面的な部分で内容がうまく入ってこなかったことも多少あって、読みづらく感じた。


おわりに

 「美空ひばり」「安室奈美恵」といった絶対的な1人を押し出すのではなく、「チーム〇」「選抜メンバー」「総選挙」「じゃんけん大会」といったバトルロワイアルシステム(『ゼロ年代の想像力』を参照[過去の感想ブログはこちら])ごと消費させるという点が画期的であったAKB48グループは、アイドルを身近なものにさせたのかもしれない。「アイドル」という職業に就く女性も当然増えたであろう。そういった状況の中で、アイドルとしてはそこまで表に出てこなかった人々が、意外なセカンドキャリアを歩んでいたことは素直に興味深かった。

 200ページ超とそこそこのボリュームであるが、平易な文で短い時間で読破することができるから、アイドルに関心がない人も、読み物として読んでみると面白い。

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