オナラことわざ辞典

【オナワザ】#0 ことわざは最古で最大の屁理屈である

「ことわざは最古で最大の屁理屈である。」


初めまして、SHANIKAMA(シャニカマ)と申します。
突然ですが、みなさんこの言葉の意味が分かりますか?

「最古と最大」は分かるかもしれません。
皆等しく国語の授業を受けるので、国民の大半がことわざを知っていますし、ことわざの起源は鎌倉時代やもっと前のものもあります。

では、「屁理屈」という部分についてご説明いたしましょう。

例えば「急がば回れ」ということわざがありますね。
調べてみると以下のように紹介されています。

【意味】
急いでいる時は、少しぐらい危険でも近道をしたくなるが、遠回りでも安全な道を行ったほうが結局は早いことが多いということ。急ぐ仕事はかえって丁寧に、確実なやり方でやれという意味でも使われる。

【例文】
急がば回れ
っていう言葉があるように、最短距離で行こうとすると渋滞するから、こっちから回っていったほうが良いよ。

意味、例文共に「なるほど」と思わせてくれる説得力があります。
焦って走る時、仕事に追われている時、目上の人から言われればハッとするでしょう。


しかし、それはあくまで「その時」だから、「その人」に言われたからに過ぎません。
少し例文を変えてみましょう。

【例文】
部長、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。期限は過ぎましたが、その分丁寧に作りましたよ。急がば回れと言いますから。

あなたが部長だったらいかがでしょう。
最後のフレーズで間違いなくイラッとさせられると思いませんか?

ですが、意味は同じです。
そう、ことわざはタイミングと言い手次第で「屁理屈」になり得るのです。

そしてこれは「屁理屈」の本質とも言えるでしょう。
絶対的な正しさではなく、圧倒的な主観に基づく論理、故に時と場合によって「屁理屈」と形容されるのです。


ですが、ここで一つ疑問が浮かびませんか?

「同じ屁理屈なのに、なぜことわざだけが社会に浸透しているの?」

ここが最も重要なポイントです。
なぜ、屁理屈がことわざのように浸透しないか。

それは、キャッチーでないからに他なりません。
つまりキャッチーな屁理屈は「ことわざ」と呼ばれ、そうでない屁理屈は「屁理屈」のままなのです。

「急がば回れ」も、そんなキャッチーな言葉になっておらず独立した概念であればどうでしょう。

【例文】
最短距離で行こうとすると渋滞するから、こっちから回っていったほうが良いよ。

部長、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。期限は過ぎましたが、その分丁寧に作りましたよ。

何だかグッとこない。説得力に欠けますね。

それは言葉の「歴史」が浅く、「知名度」が低いから権威を持たないのです。
「急がば回れ」という言葉があるだけで、何千年も昔の人が一緒に言ってくれているような、加勢して「そうだそうだ!」と言ってくれるような感覚を覚えます。

だからこそ、屁理屈には「キャッチーさ」が必要なのです。


長くなりましたが、最後にこのマガジンの説明をして終わります。
「オナラことわざ辞典」では、シャニカマが日々遭遇する屁理屈を「オナラことわざ(通称:オナワザ)」に変換して広めていきます。

オナコトが女子高生、女子大生、女子アナへと浸透することで、日本が緩やかに「屁理屈大国」となることを夢見て。

SHANIKAMA(シャニカマ)

サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。