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歌と人の近さ~10.22 橋本絵莉子「燃やして探してツアー2022」@名古屋DIAMOND HALL

ソロになって初めて橋本絵莉子を観た。思えばチャットモンチーを最後に見たのが2017年の長崎。もう5年半も前だ。そういうノスタルジックな感慨も少しはあれど、何といっても橋本絵莉子としての楽曲がどれも素晴らしいので早くライブで体感してみたいという期待感でいっぱいだった。

曽根巧(Gt)、村田シゲ(Ba)、恒岡章(Dr)というバンドメンバーを引き連れてオンステージすると、1曲目からガンガンに観客にクラップを煽っていく「脱走」だったことに新鮮味を感じた。チャットモンチーといえば3ピース時代は恐ろしいほどに音楽至上主義(そうやはりガールズバンド、というラベリングへの反発心は凄まじかったように思う)であったし、2ピースになってからは楽曲を変貌させながらたゆまぬ実験を続ける、ある意味でリスナーの想定を凌駕し続けるすこぶるストイックなバンドであった。その一端を担っていた橋本が、ここまで緩やかにオープンマインドな変化を果たしていたのだ。


《ただやってみようと思ったからやってみただけ》と固定観念からの軽やかな逃避を歌う「脱走」から《これまで忘れてきたものは多分少なくない》と経年変化を歌った「かえれない」と、次々と歌の中の景色が変わっていく。昨年リリースされた1stアルバム『燃やして集めて』で彼女が集めた言葉たちは日々の隙間に潜む違和感や歪みを切り取ったようなものが多い。そんな表現はやはり、どっしりとしたバンドサウンドでこそ最も濃く鋭く届くのだと実感した。「ロゼメタリック時代」の冷徹かつ切ない追憶がライブハウスで響くと、そこにありありとざわつく心象が立ち上がっていく。大迫力だ。

橋本がアコースティックギターを掻き鳴らす3曲はチャットモンチー時代にはなかったアプローチだがトーンはどれも違う。生活感が溢れる「前日」のようなうららかな曲もあれば、不意に母親への思慕が満ちる「あ、そ、か」もある。元より、光と影でいえば圧倒的に影の曲が多い橋本だが、そういった陰翳も非常にグラデーションのようになりつつあるのが今の楽曲たちだ。平熱だけども、時折喉元にスッと鋭いものを突き付けてくる。それを"日記"のように表現するのだからやはり圧倒的なアーティストと言える。歌とは何かを伝える手段じゃなくて生き様だということを体現し続けてるシンガーだ。



「高校2年生の時に作った曲を」というMCから聴き慣れたコード進行が響き渡るとそれが「恋愛スピリッツ」だと分かる。おぉ、、チャットモンチーの曲もやるのか、とかなり驚いた。原曲とは異なりギター2本で奏でられる重厚なフレーズ、そして高校2年生が作ったとはやはり思えぬ《だからあなたは私を手放せない》のリフレインに、新鮮に震えあがった。そしてラストアルバムより「たったさっきから3000年までの話」をバンドアレンジで披露。たった2曲でバンドの歴史を駆け抜けるような潔さがあった。彼女の中に、確かにチャットモンチーが息づいていることを静かに証明するような時間だった。


ハードでプログレッシブなインストでの新曲やデモ音源からの「deliver」などもまじえつつ、『日記を燃やして』を中心に後半へ進んでいく。チャットモンチーを知った中学以来、"えっちゃん"の存在の衝撃度ってずっと変わらないな、と改めて思ったのがMCでのエピソードトーク。大阪公演が同日だったノラ・ジョーンズと、駅のキヨスクで遭遇して同じ新幹線で東京へ向かった話を"もう対バンやん"と解釈するインパクトは、やはりあの頃のえっちゃんのままだった。歌の中の冷たい視座が全部同じ地平にあるというファンタジックさを思い、更に恐れ慄いてしまうフェアリー属性の超リアリスト。

親密な人とのある一瞬をとらえた「特別な関係」を経て、クールなイントロから弾けるような曲展開を迎える「今日がインフィニティ」の流れはエキサイティングだった。エモーショナルになりすぎない、程よく肉感的なグルーヴが特徴的なバンドサウンドは確かなエネルギッシュさがある。創作のアイデアを《無限》と形容するこの曲、橋本の豊かな情感が発揮されていく。そして本編ラストはアルバム1曲目だった「ワンオブゼム」。一貫して、まるで橋本のドキュメンタリーであるかのようなライブであったがこの曲は感覚的な描写を連ねることでまるでエンドロールのような余韻をもたらしていた。


アンコールは弾き語りで始まった。まずはハンバート ハンバートの「虎」をカバーという意外な選曲。しかしこれがなかなかはまっている。生みの苦しみをじっくりと描くこの曲は、しっかりと橋本が見ている風景とリンクしているように思えたし、やはりこういうエッジーなフォークとの相性が良い歌声なのだと実感する。タヒチで出会った人々を歌ったという「うらやましいひと」もアコギ1本で披露。これからも、きっとどんなことであっても素晴らしい歌に変換していくのではないかと思わせてくれる。それが悲しいことでも怒れることでも、彼女の手にかかれば音楽として化け果たしうるのだ。


メンバーを呼びこんでアンコールも後半へ。チャットモンチーの「余談」を披露したのにはかなり驚いた。個人的にとても大好きな曲であるし、イントロでまさか、、?と思って歌い出しがそれだったので痺れる想いをした。この曲の生活の中の哲学問答のような描写は、今の橋本が綴る歌詞世界と密接なように思う。13年前のアルバム曲であるのに、この呼応の仕方はやはり橋本絵莉子という表現者の美学を感じる。すべての活動が、直列なようにも思えてくる。何かをきっかけにがらりと価値観を変えるアーティストも面白いと思うが、経験を経て幹を太くするような橋本の表現もまた格別なものだ。

ラストは最新シングル「宝物を探して」。ソロになってからは最も、と言えるくらいにポジティブな面の強い1曲だ。日常を綴り、音源を作り、そしてライブ活動という場で心が解き放たれたこの1年間。それを踏まえてこのささやかだけども素敵な冒険譚が生まれるのだから、素晴らしいことだと思う。チャットモンチー時代の性急な活動ペースが必要なくなり、この健やかなバイオリズムを手にした橋本はより深く表現を磨いていくことだろう。歌とその人の近さ、とは時に弱点にもなりえるが、橋本ほどの観察眼と思考を持てば最上の表現力になってしまう。次はどんな衝撃をくれるのか、気長に待つ。


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