Share Studyが喚起する「視養運動」―視点を養った先にある行為について

Study Noteは回復のための場であり、飛躍のために日々の生活の中で"ゆらぎ"ながらも"あそび"を忘れず、軽やかなステップを踏み、時に重々しい足を奮い立たせ、自己へと"むすび"、他者へと"ひらく"ための空間として機能させるために文字を走らせる。

「Share Study」というタイトルそのものは理想とするあり方であり、具体でもある。だから、わかりやすい形で「◯◯を実現したい!」とか「◯◯がShare Studyの示したいものなんです!」と示せないのだ。と言いつつも、「なにかしっくりくるもの」がなかったから、Share Studyを立ち上げ、ここまで運営してきた。

しかし、そんな漠然とした考えだけでなにかが相手や世間に伝わるわけはないのは重々承知していたからこそ、なにか目指すものを「示すうる」ものを求めてイベントを開催したり、「場」に赴こうとしてきたのである。

※ ここでいう「場」とは、Share Study代表のとしちるが「筑波大学すぐそばのコワーキングプレイス  Tsukuba Place Lab(通称、Lab)」にてスタッフとして関わっていたことを意味する。2019年はこのLabと僕やShare Studyとの関係性についても記事にしていく予定だ。

今現在、批評紙『Rhetorica』を編集して出版するなどといった活動を行う瀬下翔太さん(@seshiapple)のインタビュー記事を執筆している(現在、Rhetorica #04の発売中!)。瀬下さんとの出会いはShare StudyやLabでの活動などをTwitter上で展開する中でもたらされた。「何を言っても相対化されてしまったり、批評やジャーナリズムも"ない"この時代にいかにつくり続けられるのか」といった問いかけを瀬下さんから受けていると僕は感じている。瀬下さんは自身の活動を「文化運動のようなもの」と言う。記事の構成を考えながらインタビュー音声を聞き直し、Share Studyのサイト構成をこの年始のタイミングで練り直しながら、「Share Studyが示していくものはどんな行為を喚起していくのか」を考え直していた。

Share Studyには大きく分けて3つの状態、
①入口
②滞留
③出口

がある。

入口は「検索流入」「口コミ」「イベント参加」「書籍購入」があり、滞留には「閲覧(記事)」「読書(書籍)」「トーク・ディスカッション」「Share Studiesへの参加」「Study Townによる学習・研究」、そして出口には「Open Share Studyによる記事執筆」「論文執筆」「学習・教育・研究実践」というように状態はそれぞれその場・その場における行為が展開されているわけだ。

当然、これらの展開には個々人のライフストーリーが関係しているし、さらにはその時代・その世代・所属する組織や集団といった社会的立ち位置があり、個々人の価値観や選択が無数に為されてもいる。

このようなダイナミックな展開がある中で「Share StudyはWebメディアとしてどんな行為を促すのか」と考えたとき、やはり「学術的研究の環境や仕組みを改善し、その価値を向上させること」にあるのではないかと思い至ってきている。

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Study Note―つれづれちるよしなしごと

大学院生や大人にShare Studyならびに編集長のとしちるを応援してもらえるために設けた課金型雑記マガジン。文字にパトスとロゴスを込めて、Share Studyを運営する中で見つけた新しい発見や考えを解き放っています。

コメント3件

「視養」を視点・視座の涵養ととるならば、「〜の学識」と呼ばれるようなスカラシップ論を思い起こします。学識とは、ものごとの見方・考え方・問い方を、集め・繋げ・結ぶ力というところでしょうか。
なるほど、教養論ではなく教育論として捉えたときにどうなりえるのかがわからなかったのですが「スカラシップ論」に似た議論があるのですね。ちょっと調べた感じこの「学識」の捉え方、面白そうですね。もう少し勉強してみます!(としちる)
アメリカでの大学アイデンティティが研究か教育か揺らいだ時期に、大学教授の学識(スカラシップ)の再定義が議論されたようです。同じように、教養教育の再定義、ディシプリンの再定義といった派生が継続中ですが、大学教授職をより統合的な在り方へといざなうこと、それ自体も運動の側面を持っている、のかな?さて、日本ではこれからですね・・・。
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