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わたしのパアテルさん

<東京>

たびたび夢の中に現れる、白亜の教会がある。
それは小高い丘の上にあり、近くには海がある。海が見えるわけではないのだが、海が近いことが匂いで分かる。
季節は盛夏、空は群青、ぼっかりと白い雲が浮かんでいる。
パアテルさんに会いたい、その一心で丘を登る。
首には冷やした手ぬぐいを巻いてきたのだが、いつの間にか生ぬるくなり、首にまとわりつく。

いつもそこで夢は終わり、私は目覚める。
首には髪の毛がべったりと貼りつき、汗をたっぷりかいている。手ぬぐいだと思っていたのは自分の髪だった。
水を飲むためにベッドテーブルに手を伸ばす。
置いたはずのペットボトルが見当たらない。暗闇の中、リクライニングボタンを操作してベッドを起した。
静かな病室に機械音が響く。

退院したら旅行に行こう、水を飲み、タオルで首筋を拭きながら思う。
白亜の教会があるような、そんな場所がいい。夢の中みたいに暑すぎるのはしんどいから、もう少しいい季節に。
デジタル時計は明け方の4時を表示している。もう少し眠れる。私は再びリクライニングボタンを押し、ベッドを元の位置に戻した。

数か月後、私は退院し自宅に戻った。
半年近い入院ですっかり体力は落ち、何をするにも息が切れる。
誰の助けも借りず、このまま一人暮らしを続けながら病気と向き合うことはできるだろうか?
ひじの下から手首まで、まったく同じ細さになってしまった自分の腕を見つめながら、不安がよぎる。

息苦しさを感じ、窓を開けた。外では今年最初の蝉が鳴き出していた。
テレビを点けると、世界遺産を紹介する番組が放送されていた。
そして、世界遺産登録を目指している天草の風景が映り、私の目はそこに映された白亜の教会に釘づけになった。
入院中、夢の中に何度も何度も登場した、あの教会だ、間違いない。
慌ててテーブルの上のレシートの裏に教会の名前をメモする。
「大江天主堂」
場所は天草の下島というところにあるらしい。

気づくと私はインターネットで羽田発福岡経由天草行きの飛行機チケットを予約していた。
あの教会を自分の目で見てみたい。
窓の外で一段と蝉の鳴き声が大きくなった。

追記

2020年9月20日に販売する『あいのほん』に収録しますので、投げ銭方式ではなく有料noteに変更しました。
『あいのほん』は発売日以降にストアタブからもお求めいただけます。

2020年9月2日 

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