シュールがやってきた

ある日突然、何の前触れもなくやってくる妙な感覚。僕はそれを「シュール」と名付けていた。

シュールはいつも夕立のように“到来”し、しばらく僕の脳みそをハッキングする。短くて2分、長くて30分くらい。

ただ、シュールがやってくるときは、明らかに周りの景色が“シューる”(シュールに脳をハッキングされる)ので、なんとなく分かる。

シュールがやってくると、周りのヒトやモノが少し“大げさ”に感じられる。目の前にあるモノが、形はそのままに音に変化し、互いに響き合うような感覚。あるいは存在のざわめき。サルトルの『嘔吐』に登場する「実存的吐き気」は、シュールのことを述べていたのではないか?と今になって思わずにはいられない。

一度、学校のテストの最中にシュールがやって来た時は本当に困った。なぜかというと、テストの問いだけでなく、答えも大げさに感じられるから。

そう、シュールは外界だけでなく、人間の思考そのものも増幅・反響させる。ヨーロッパの教会ではかつて、讃美歌を教会内に反響させることで荘厳さを演出し、信者に神の存在を想起させたとなんかの本で読んだが、それで言えば、自分の脳みそがまるごと教会になってしまったような、実に妙な感覚なのだ。

(少しわかりづらい方には、1999年発売のプレステ専用RPG『サルゲッチュ』の「スペクターランド」で、主人公のカケルを高い場所へと誘う超音波風の緑の足場、あれを想像していただければわかりやすいかもしれない。ちなみに、『サルゲッチュ』は世界で初めてデュアルショックを操作してキャラクターを動かすRPGで、デュアルショック操作を介してコントローラーに伝わる振動もどこかシュールの存在を想起させる)。

××

さて、そんなシュールだが、私が高校に進学して以来ぱったりと姿を見せなくなった。

シュールが今どこで何をしているのか、今も元気にシューってるのか、時々心配になる。

僕は今31だから、シュールが自分と同い年くらいだとしたら、立派な社会人だろう。
大企業に就職して、役職クラスくらいにはなっているのかもしれない。

あるいは、シュールが著しい成長期を経て、地球全体をすっぽりと包み込んでしまうくらいのサイズになってしまったとしたら―。

そのときは、地球上にあるあらゆるものが一瞬で“音”に変わり、未来永劫響き渡り続けることだろう。

いずれにせよ、僕はまたシュールに出会える日を心から待ちわびている。

【追伸】
「不思議の国のアリス症候群」という子ども特有の疾患があるらしい。これにかかると、目の前にあるモノが大きく感じられたり、小さく感じられたりするという。もしかしたら僕が感じていたシュールもこの類かもしれない。


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