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恐怖のポーン。

私はタイに行きたかったのだ。微笑みの国、タイ。微笑みスキンヘッドの私にはぴったりだろう。

その計画が始まったのは今から2年ほど前である。そもそもはキクチと居酒屋巡りをしていた時だ。キクチは大学時代からの友人である。寡黙で何を考えているかわからない時が多々あるが、おそらく良い奴である。
そんな彼と定期的に居酒屋巡りをしていた時にだ。渋めの居酒屋が好きな我々だが目当ての居酒屋が空いていなかったが故に、たまたま目の前にあったメキシコ料理屋に入ったのだ。私たちの運命はここで狂ってしまった。
延々と陽気なサンバがかかる店内で、ピリッとスパイシーなメキシコ料理を食べつつ、コロナビールを飲み、レモンを齧る。食べる、飲む、レモンを齧る。そんなことを繰り返していると気分はもうメキシコ人である。
オーーーー、バリヤーヨー♪ オパーオパーオパー♪
あんなに憎んでいたテキーラなんてお酒もモノが良かったのか、大変オパオパである。こうして私たちはメキシコ狂いになってしまったのだ。

ラテン系九州人の私たちはその後調子に乗って、なんかリゾートっぽいとこで飲みたくね、と言い始め「リゾート BAR」で調べた飲み屋に行き、そこがほぼブランコ席とベッド席しかない不埒な飲み屋であったため、慌てて大学時代の女友達を呼んで体裁を整えたのは余談である。

かくして本場メキシコに行きたいねとなるも、キクチも私も海外に行ったことがなかったのだ。びびった私たちは一旦タイとか挟もうぜ、定番だし、陽気そうだし。とメキシコ行きのファーストステップをタイと定めた。パスポートも用意しようと二人で決めた。

そうしてその1年半後、私は転職して県外に出た。キクチも私もそこそこに忙しい毎日であったが、そこは旅好きメキシコ狂い。何とかキクチと予定を合わせて旅に出ることとした。行き先は待ち望んだタイ王国!、ではなかった。キクチがパスポートを取っていないのだ。1年半が経ったのに、だ。言っておくが私は半年で取得した。めんどくさい戸籍抄本の取り寄せもして、その方法もキクチに伝えたのに、彼は取っていなかった。戸籍抄本の取り寄せはしたらしいのだが、一度パスポートセンターに行くも閉館していたためそのあとパスポートセンターまでの道のりが億劫になってしまったらしい。ちなみに彼の家からセンターまで電車で3駅である。やはり読めない奴である。

ここでめげないのが私たちだ。行き先に迷いつつも深夜のオンライン会議を行い、結局俺たちは飯だと、飯がうまいのは北海道だと。美味いものが食えればそれで良いし九州人としては北海道に並々ならぬ憧れもあった。その場で2名分の旅行パックを確保、1日目小樽泊まり、2日目札幌泊まりの2泊3日である。しかも小樽は星野リゾート、心はジンギスカン、寿司、じゃがいも。ホクホクである。

事件は旅行3日前のことだった。旅行1日目に私は取引先のところに行くことになってしまったのだ。色々な事象が絡まってのことだが、私はその会社様を担当している身として、そこはきちんとしなければ。

旅行会社に電話するも、キクチと私、別便で行くことはできないらしい。電話口で「それはあきませんな〜」と言われた。カッっとなったが、私は紳士だから歯を食いしばって堪えた。キクチに報告すると、まじか・・・でもしょうがないな、札幌で待ってるわと言ってくれた。それから別便で1日目の20時半に札幌に着くように予約した。キクチに遅れること半日、しかも直行便でなく、乗り換えを挟む。面倒だが地方都市に住む身としては手段がないので仕方ないのである。

その日が来た。キクチは新千歳に着いたらしい。私はアポを終え空港へ向かった。一応仕事で何かあっても対応できるようWIFIの繋がるJALである。悠々と機内でキクチに「俺も出た。待ってろ。」とLINEした。
時刻は17時30分。乗り換えの伊丹空港に到着。仕事の連絡もあったがPCが使えたのできっちり済ませる。使用便の遅れで、30分ほど離陸が遅れるらしい。もどかしいが、キクチにすまんと伝えつつ18時30分ごろ、新千歳に向け出発である。隣には大男、窓側だったからかなり窮屈な地獄である。でも心はもう天国だ、小樽での寿司屋を探している。キクチに20時30分ごろに着いて、電車で30分くらいと伝えると、札幌駅で待ってるわ、と。大勝利である。

それは飛行機が津軽海峡上空に差し掛かるところだった。


ポーン。


それは飛行機に乗っている時にシートベルトの着脱を促すそれと同じ聞き慣れた音だ。続けて機長が話始めた。
「新千歳空港、雪が降りしきり、除雪作業のため先行機の着陸が遅れております。当機も順番待ちのため到着が遅れることが予想されます。ご了承ください。」
逸る気持ちを挫かれたようだったが、仕方ない。キクチにLINEをする。

私:すまん、なんか遅れてるらしい、この電車になるかも。(スクショ)
キクチ:なんと!りょ!

半日前に入っているキクチは待ち長く申し訳ない気持ちもあったが、それ以上にお店選びの時間ができたと、インスタを開き「札幌ランチ」などと調べている。
ウニっ、いくらっ。選びきれないなあと苦慮しているうちに飛行機は津軽海峡を飛び越えた。そろそろ着陸かなあと思ったところだった。

ポーン。


機長が話し出す「新千歳空港、夜になって降っております雪が降りしきり、除雪作業に時間がかかり先行機の着陸が遅れております。当機も順番待ちのため到着が遅れますことご了承ください。」
雪って大変なんやなあ、雪国の人が歌う松任谷由実の春よ来いのMVがあったが、それは気持ちこもるよなあ。でも雪の降らない地域の私的には普段見れない景色が見れるのは悪くない。遅れてキクチに悪いな、まだ大丈夫かな。てか飛行機大丈夫か?でも俺基本ツキがあるしなんだかんだ大丈夫でしょ。
それから、20分くらい経った。最初の遅延のアナウンスと合わせると30分くらいか。そろそろじれったくなってくる。外を見ると苫小牧の灯りではないかという光が見える。よし、そろそろだなと思った。

ポーン。


あの音がなった。食い入るように機内が静かになる。
「新千歳空港、雪が降りしきり、除雪作業に大変時間がかかっております。当機も着陸を何度か試みましたが、あいにく残りの燃料を考えましてこれより関西国際空港に着陸すべく引き返します。大変申し訳ございません。」

機内は一瞬ざわっとして、静かになり、そしてため息と苦笑いの混じった大きなざわめきに包まれた。でもそれ以上に私の心がざわついている。え?北海道行けないの?休みない中調整して休み作って、お金も追加でかかったのに、北海道行けないの?転職して1年頑張ったじゃないか・・・キクチに何と言えばいいのだ。

私:すまん。関空に引き返すと・・・泣きそうや
キクチ:えええ?今から戻るってこと?
私:今から戻るらしい。
キクチ:近くまで来てたんちゃう?
私:もはや千歳上空
キクチ:辛すぎねーか・・・
私:ゲロ吐きそう
キクチ:やべーね。とりあえず小樽行くわ

もう、気の利いたことを言う余裕がなくなってしまった。最後にすまんなとキクチに言い、テンションが下がり切った私は不貞寝を開始した。いや、私もそれなりの大男、隣にさらに大男。ぜってえ。ダイエットしてやる!大勢を何度変えても寝付けない。心が怒りに満ちる。でも誰も悪くないのだ。怒りの矛先もなく、やるせない気持ちを胸に、根性で不貞寝した。

関西国際空港に着いたのは、22時30分ごろだった。伊丹から、約5時間かけて関空か・・・。地上職員による振替の案内を受ける。どうやらネットで振替をするらしいが、何度トライしても、難しくてどうしていいかわからなかった。荷物受け取りカウンターのところは交渉のためか騒然としていて、百人ほどの長蛇の列ができていた。とりあえず並んでみる。明日何とか早く新千歳に行きたい。早くしてほしいと言うのが本音だ。でも列が進まない。5分経っても全く進まなかった。これは何のために並んでいるかわからなくなったが、その時別の職員さんがいるのが目に入った。もうどうにでもなれと、列を抜けてその人の元へ。その時職員さんとの間におじさんカットイン。ぐぬぬと思っていると会話が聞こえてきた。

おじさん:「これは何のために並んでいるのですか?」
職員さん:「わかりません。。。」
ん?
おじさん:「振替はどこで受け付けてくれますか?」
職員さん:「2階のカウンターです。」

私は急いで2階のカウンターに動き出した。おじさんありがとう。そして、非常時の心理怖えと思った。カウンターには十人ほどの列ができていた。
100人を思えば、大丈夫。窓口は3つ。一人5分くらいで流れてきた。

カウンターでは、ベテランかなと慣れていそうな職員さんが対応してくれた。明日できる限り早く千歳に行きたいです。直行便に振替てくださいと伝えると、何と満席。俺はキレない。紳士だから。羽田に行って羽田のカウンターで交渉するのが早いかもですと。諦められない私は、早く行くために早朝に福岡に行って、キクチが乗ってきた福岡ー千歳はどうですか?というと、関空より西には行けないと言うこと。俺はキレない、紳士だから。紳士だからキレないのだと心を強く持った。どうしようと思っていた時、となりのカウンターで机を叩く音がした。おばちゃんが新人っぽい職員さんに怒鳴っている。ベテラン職員さんはそれを見て、私の対応を新人職員さんに任せ、おばちゃんの相手をし始めた。新人さんは、私に尋ねた。
どういった振替をご希望ですか?と。
しょうがない、しょうがないのだ。俺は紳士だ!気を強く持て!
なるべく早く新千歳に行きたいです。そうして新人さんは提案してくれた。
関空を6時50分に出る便で羽田へ、羽田から青森、青森から新千歳に13時30分ごろ到着。6時50分で、昼過ぎるのか・・・正直悲しかったが、それが最短なんですね。それなら予約お願いしますと、お願いした。そこから何やらチケットの発券に戸惑っているのか、5分ほど待ってチケットをもらった。ブチギレおばちゃんと私で100人ほどに膨れ上がった長蛇の列を窓口2つ塞いで待たせる形になった。列の方は見れなかった。

宿を探さねば、でも近くに良さそうなホテルはない。仕方なしに関空のカプセルホテルに入った。ホテル代は航空会社が負担してくれたが、星野リゾートに泊まるはずだったのに!とはやはりなる。晩飯はローソンを爆食した。

明くる日。早朝の羽田行きの飛行機の中で、気づいた。あのポーン音が怖くなっているのだ。シートベルト外していいよと伝えてくれているだけなのに、心がざわついているのだ。何事もなく、羽田へ。最後の足掻きだ、羽田のカウンターで何とか早く行く方法はないか尋ねた。職員さんは新千歳便のキャンセル待ちはどうかと提案いただいた。キャンセル待ちは二十人ほどいるらしく、今日新千歳行きでキャンセル待ちで乗れた人はいないらしい。大丈夫です!と素早くターンを決めて、青森行きの搭乗口へ向かった。キャンセル待ちには昨日関空で見た人が何人もいた。関空の新人お姉さん、ありがとうと心から思った。

そして青森である。初めてきた。でも本当は来月仕事でくる予定だった。ああ、これで来月の楽しみが一つ減ってしまった。おまけに搭乗が30分遅れている。キクチにさらに遅れた報告をした。気のない、りょーかい。と言う返事である。慣れたものだ。
青森を発った。下北半島を右手に海峡に出るくらいのところで、キタ。

ポーン。


昨日より、ベテランそうな少ししゃがれた声の機長だ。
「本日もご搭乗いただきありがとうございます。ただいま新千歳空港、除雪作業中のため、滑走路2本のうち、1本が使用できない状態になっています。従いまして先行機の着陸が遅れており、着陸が遅れることが予想されます。万が一新千歳空港に着陸出来なかった場合は、青森空港、函館空港のいずれかに着陸します。」
いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

心がもたない。もうダメかもしれない。本当にダメかもしれない。これで行けなかったら、キクチには悪いが、本当に家に帰ろう。
そしてその10数分後

ポーン。


「本日もご搭乗いただきありがとうございます。ただいま新千歳空港、除雪作業中のため、滑走路2本のうち、1本が使用できない状態になっています。」

そこまで聞いて私は覚悟した。もうだめだ。鹿児島に帰ろう。

機長は続ける。
「先行機着陸遅れております。ただいま入った情報によりますと当機の着陸は10数番目となっているということです。ご搭乗の皆様は今しばらくお待ちください。」
もはや信じられない。ついに悟りの境地である。どうせ辿り着けんのでしょ。悟りとは、諦めではないだろうか。そう思うほどに今回の旅では苦難が多すぎたのだ。それから20分ほどが経った。

ポーン。

もう終わりだ。もうダメだ。俺は運がなかった。
「ただいま入った情報によりますと当機の着陸は5番目となっているということです。着陸予定は40分遅れての13時30分。お待たせしておりまして申し訳ないございません。まもなく着陸体制に入ります。ご搭乗の皆様は今しばらくお待ちください。」
よかったああああああああああああああああ!!!!!
本当によかったあああああああああああああ!!!!!
機長!あんた大好きだよ!しゃがれ声とか思ってごめん!渋すぎてかっこいいよ!心の中は歓喜に包まれた。WBC決勝よりも興奮していた。着陸の衝撃が、力強い赦しのようであった。
早速キクチにラインをする。青森からの便にWIFIはついていなかったのだ。
私:すまん。そっちに着くのは14時20分になる。
キクチ:了解した。
ぶっきらぼうだ。

空港から札幌への電車に乗る。
札幌ブギブギ、リズムウキウキ、心ズキズキワクワク〜♪俺の心はサンバを踊っている。カズダンスを踊っている。躍りっぱなしである。
電車の振動が快い。俺は札幌にきたのだ。全力で楽しもう。いよっしゃあ!

ポーン。

ん?電車に無機質な音声が響いた。
「線路除雪中のため、到着が10分程度遅れますことお詫び申し上げます。」













札幌駅で、キクチに全てを侘びた。電車の遅れも侘びたが、10分なんて本当に誤差だといってくれた。人間は慣れる生き物だ。48時間程度の滞在予定が22時間くらいになった。時刻は15時。俺たちは全てを取り戻すため、必死に計画を立てた。

そして晩飯で、豚丼とジンギスカンと寿司と、餃子と、ザンギとジャガイモを食った。日本酒も飲んだ。サッポロクラシックも飲んだ。朝食バイキングも食った。スープカレーも食った。そしてソフトカツゲンと言う乳酸菌飲料がうますぎて500mlを3本飲んで九州へ帰った。福岡で豚骨ラーメンと焼豚丼を食った。太った。結局最高の旅だった。でもあのポーン音は今度から変更してほしいほど、耳に残っている。

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