小説 介護士・柴田涼の日常 148 CユニットとDユニットの問題

 休憩時間には、Dユニットの角田さんと一緒になった。最近AユニットからDユニットに異動になった角田さんは、ここで二年半くらい働いている男性介護士だが、介護の仕事をする前はコンビニの夜勤などで働いていたようだ。その後親の介護があり、その介護が落ち着いたときに何をしようかと探していたところ、介護の仕事に就くのもいいんじゃないかと勧められ、専門学校で四ヶ月ほど学んだあと、ここに来たらしい。ほんとうは、身近に障碍者の人たちが多かったので、障碍者を支援する仕事に就きたかったようなのだが、通っていた専門学校で障碍者に関する科目を教えている先生が来られなくなってしまったためその資格が取れず、その代わりにレクリエーションに関する資格を取らされたと言っていた。その専門学校の社長が変わった人らしくて、朝、受講生ひとりひとりにスピーチをさせていたみたいだが、「なんで六十を過ぎていて今までタクシードライバーをしていたのに介護の職に就こうと思ったのか?」だとか、「あなたは三十五になるまで何をしていたんだ?」だとか、プライバシーにまったく配慮することなくみんなの前で質問攻めにしていたらしい。だから、受講生の半分は辞め、残った人たちも社長のことを嫌っていたようだ。角田さんはなかなかスゴイところを通って来ている。

 Dユニットのリーダー野原さんと角田さんは仲が良いようだが、「とにかくケチだし、超保守的」と言っていた。他の職員が何かを提案しても一蹴されてしまうから、いっこうに作業効率が上がらず、職員は疲れきっている。ユニット内に飾り付けはほとんど何もないから、クリスマスの飾り付けだったり、お正月の門松をユニット費で買ってもいいかと訊いても「それはムダ」と言って却下されてしまう。安い洗剤などは了承してくれるようだが、十言って二通ればいいほうだと角田さんは言った。

「ユニット費はまだたくさん余っているのにどう使い切るつもりなのかな。それでいてワイヤレスのキーボードがほしいって言ったりするんですよ。そんなの誰も使わないでしょって言ってアンケート取ってもらったら、野原さん以外全員反対。ボツになりましたよ。キーボードなんてご利用者には何の得にもならないでしょ。壁に何も貼ってないから、レクのときに撮った写真を貼ったらどうかって言ったら、『そんなん誰も見ないでしょ』だって。いやいや、写真を見ればあのときあれをやったねって言って思い出すし、話に花が咲くでしょ」

「たしかに、そうですね」

「お風呂の順番も、前倒しで入れてるけど、もうめちゃくちゃで混乱してる。勝手に入れちゃうと怒るし。なんでこんなやり方なんですかって訊いたら、Dユニット設立当初からのやり方だからうちはこうやるんだですって」

「柔軟性がないですね」

「まったくないですよ。これはCユニットの話ですけど、シマダさんの件にしたって、もう少しCユニットの職員がシマダさんに向き合ってあげれば一日五十周も六十周もユニット内をぐるぐる周らないでしょう。あんなに周ってるから、今度は腰が痛いって言い出して別の問題も出て来てる」

「Cユニットの居心地が良くないんですね」

「そうなんですよ。食事のとき以外はシマダさん、Dユニットにいますもん。扉を開けろってドンドン叩くのもDユニットですよ。Cユニットで訴えても『開かないっす』って言うだけで何の説明もしてないみたいです。時計を一緒に見て、扉は十時から開きますからもう少しお待ちください、って言えば納得してくれますもん。Cユニットのリーダーの大山さんに、Cユニットはご利用者ひとりひとりと向き合えてますか? って話をしたら、『やってるから』って怒られましたもんね。それは、よそのユニットの職員に口出しされるのは気持ちのいいものじゃないってことはわかりますけど、大山さんご自身は、スタンダード研修やら中途採用者の研修やら教育プロジェクトやらの中心メンバーでほとんどユニットにいないのにほんとうにユニットのことが見えているのかは疑問ですね。大山さんはとてもがんばっているとは思うし、食レクの企画とか、食事形態を上げる取り組みとか、いろいろ考えてくれてるのはわかるんですけど、Cユニットの中が実際どうなってるかってところはあんまり把握できてないのかもしれませんね」

「そうですね。大山さんはいろいろ仕事を抱え込み過ぎてますよ」

「シマダさんは歌が好きで、演歌を流すと一緒に歌ってましたよ。そういうことをCユニットでもやればいいのにって思っちゃいますよ。前にいたAユニットでは、シマダさん人気者でしたよ。毎日足浴をしていたんですけど、その五分十分のコミュニケーションを取るだけでも違うじゃないですか。最後のほうは、『今日は行かないのかい?』ってシマダさんのほうから声をかけてくれましたよ」

「積み重ねは大事ですよね」

「そうですよ。『取扱説明書』を配るのも遅いし、排泄介助はこうやってくださいじゃ丸投げじゃないですか。せめて、わたしたちのユニットはこういう方針でこのご利用者様に接遇を行ってますので、そちらのユニットに行かれた際はご協力いただけるようお願いしますって言えば納得してもらえると思うんですよ」

「Cユニットには問題児ならぬ問題老人が多いですよね。マスダさんも、こっちに来てはハットリさんやウチカワさんに不穏の種を撒いて帰るし、シマダさんも暴れるし。職員が一緒に付いて周ってくれるといいんですけどね」

「そうなんですよ。人がいないんですよね。でも同じ十人なんだから、Aユニットで出来てCユニットで出来ないなんてことはないと思うんです。Cユニットは三人寝たきりの人がいるんだし。もっとひとりひとりに出来ることがあると思うんです。Cユニットの人たちはやってるのかもしれないけど、外から見るとやってないように見えてしまう」

「Aユニットは介護に熱い人たちが多いって聞きましたけど」

「そうですね。みんなで取り組んでましたね。だからCユニットもそうだし、Dユニットもまだまだ改善の余地はあると思うんです。さ、このあともがんばりましょう」

 角田さんは腕を大きく回しながら明るく言った。

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