小説 介護士・柴田涼の日常 161 起こしたあとは何もしなかった安西さん、束縛されるのが嫌いな青山さん

 翌日は早番。早くに寝過ぎてしまい、夜中に目が覚めてしまった。ラジオを流しつつベッドでゴロゴロしていたが、なかなか寝付けない。明け方ころになってようやく眠くなり、気づいたら目覚ましが鳴っていた。早起きの身体になっていないため、起きるのがとてもつらい。

 出勤すると安西さんが夜勤だった。安西さんは一階のBユニットに異動になったが、夜勤はまだEFユニットに入っている。「半分ずつしか起こさなくていいですか?」と言っていたが、ほとんど全員起こしてくれていた。しかし、そのあとは何もしなかった。食事のカートが運ばれてきても、キッチンのそばで立ってケースを入力している。準備が整いご利用者に配膳する段になってもまだ入力している。そこに立っていられると邪魔なので「スタッフルームに行って座って入力してください」と言ったが「いいですよ」と言ってそこを動かない。意味が伝わらなかったようだ。ヨシダさんの調子は良さそうで、離床してリビングで食べられそうな気配があったが、キサラギさんが食事介助が必要な状態で戻ってきたため食席がいっぱいになっていたし、ヨシダさんは車椅子に移乗するととたんに前傾がひどくなったり口が開かなくなってしまうため、とりあえず朝食はベッド上で摂っていただくことにした。「もしよかったらヨシダさんの食事介助に行ってもらえますか」と安西さんにお願いしたが、ケースを入力し終えると、今度は自分の検食用の食事を食べ始めた。それを終えると退勤五分前になっていたので「もういいです。むこうを手伝ってあげてください」と言った。「向こうは朝全員起こしたんで、もういいかな」と言って結局何もやらずに帰ってしまった。ほんとうにいるだけで気に障るので、もうここには来ないでもらいたい。

 朝食とその後の排泄介助が終わると、今度はFユニットのリーダー青山さんと特浴だった。このところ調子が不安定なヨシダさんと拘縮の強いアサヒさんと病院から帰ってきたばかりのキサラギさんを入れる。青山さんは肩に担ぎ上げるようにしてストレッチャーに移乗させる。青山さんは一月末に辞めることが公式に発表されている。次に行くところはもう決まっているらしい。福祉用具販売の営業の仕事に就いていたこともあったようだが、先輩の胸ぐらをつかんで辞めたようだ。「この業界の男は女々しいのが多いんだよね。女々しい男って嫌いなんだよね」と青山さんは言った。普通のサラリーマンは向かないらしい。休日は家族もほっぽってひとりでキャンプに出掛けてしまうような自由な人なので、何かに束縛されるのが嫌なのだろう。八カ所の特養で十数年間働いてきたが、今さら違う職種に就くことも考えられないので、新しくできるユニット式の特養に行くみたいだ。役職に就くのは嫌いなようで、今度はリーダーではないそうだ。でも、この人が下にいたらやりづらそうだ。きっと独自のやり方で介助をしていくだろう。青山さんからはドライヤーのかけ方を教わった。ドライヤーの熱で乾かすのではなく、風を遠くから当てて乾かすやり方だ。ある程度乾いたら冷風にして、髪の根本に溜まった熱を逃す。そうすると髪が傷まなくて済むと言っていた。ヨシダさんの処置に入ったナースの高橋さんから「向こうのボスと一緒だったから、緊張の面持ちでしたね」とお昼休憩のときに言われた。

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