小説 介護士・柴田涼の日常 151 自分本位の間宮さんと二人のときは疲れる

 夜中に間宮さんから連絡があり、明日のお風呂介助を代わってくれないかとのことだった。シフトがキツイからという理由だ。僕も夜勤明けの早番でキツイのは同じだ。その頼み方があまり丁寧なものではなかったのもあって少しイラッとしてしまったが、仕方ない、僕が一番若いんだし、と思いしぶしぶ承諾した。しかし、公平な負担とは思えず、不満は残った。せめて、次のお風呂を代わるからここはお願いしてもいいですか、とかいう話なら納得はいくが。

さらにリーダーの平岡さんからも夜中に連絡があり、明日は理美容があるからお風呂と重なるご利用者は変更してもかまわないとのことだった。みんなバタバタしているなあ。

 早番で出勤すると、夜勤者はFユニットの田代さんだった。起こすべき人は誰も起きていなかった。最近は、早番のときでも早めに出勤することなく、ほとんど定時に出勤しているので、急ぐべきだが、今は九人だし、そんなに急がなくても大丈夫だと思い、普通のペースで起こしていった。要所要所を適度な速さで行えば最後は帳尻が合うということがわかった。便失禁があったりすれば別だが、大きなイレギュラーがなければ大丈夫だ。僕もけっこう慣れてきたのだろう。慣れてきたときが危ないので注意が必要だ。

 僕が夜勤で、田代さんが早番のときは、僕がFユニットの半分以上のご利用者を起こす手伝いをしていたが、田代さんは何も手伝いに来なかった。これではバランスが悪い。今度からペース配分を考えよう。

 間宮さんが日勤で出勤してくると、理美容を終えたハットリさんを見て、「じゃあ、お風呂行けるね」と言った。僕は、理美容の時間が読めないので、お風呂に入れるご利用者を変更していたが、「チクチクして痛いでしょ」と言うので、またバイタル測定をして、ハットリさんをお風呂に入れることにした。いやいや、まずは、お風呂を代わってくれたことに対するお礼を言うべきでしょう。この人も安西さんと同じで、自分本位の人なので、人のことにはあまり気が回らないみたいだ。

 ヨシダさんは朝から調子が良さそうだったので、お風呂に入れようかと思ったが、「あんまり個人の判断で動くのは良くないよ。ヨシダさん、午前中は無理だよ」と間宮さんに言われてしまったし、だんだん前傾姿勢が強くなってきたのでやめることにした。

「個人の判断で動くのは良くない」(それは相手の行動を言葉で拘束する「スピーチロック」に当たる)と言われてしまったら何も出来ないし、僕はリーダーの平岡さんからお風呂に入れるメンバーを入れ替えてもいいと言われていた。髪の毛を切ってチクチクして痛いからお風呂に入れるという理屈なら、今日理美容に行った四人全員を入れないといけないことになる。間宮さんにはついていけないなと思いつつ、さっさとお風呂介助を始める。

 お風呂に入れたのは、ハットリさんと同じく理美容に行ったウチカワさん、それにヤスダさんだ。入浴介助表のとおりにいけばあとはセンリさんを入れればよいが、すでにヤスダさんにお風呂の準備をしてもらっていたので、センリさんではなくヤスダさんを入れることにする。この三人ならそれほどの負担なく入浴介助ができる。

 お風呂に入れるご利用者を事前にトイレに連れて行ってくれていたので「トイレ誘導ありがとうございます」と関係修復の意味も込めて言うと「普通だから」と返された。うまく伝わっていないのかと思い、「お風呂に入れるご利用者をトイレ誘導してくれてありがとうございますという意味なんですが」と言うと「だからそんなの当たり前のことだから」と怒りを買ってしまった。僕はお風呂に入るご利用者をトイレ誘導していなかったので勉強になったが、つくづく間宮さんは損な性格だなと思う。素直に「どういたしまして」と言えばいいではないか。「普通のこと」なのかもしれないが、お礼の挨拶をすることでそれが双方の関係性の潤滑油になる。これまで僕はそうやって人との関係性を構築してきていてわりとうまくいっていた。そしてそういうやりとりをすることが普通のことだと思っていたが、間宮さんにかかってしまえば普通のことが普通でなくなってしまう。

「今日が遅番で、明日が早番は大変ですよね。明日は僕が遅番なので代わりましょうか?」と訊ねると、「明日は冷蔵庫が来るんだよね。だから早番のほうが都合がいい」と間宮さんは言われた。どうやらボーナスの半分を使って新しい冷蔵庫を買ったみたいだ。

 昼食の準備をしてから休憩に入る。休憩から帰ってくると間宮さんは自分の爪を切っていた。これも安西さんと同じ行動だ。「おしっこが出る」とセンリさんが言ったので、間宮さんがトイレ誘導すると、おしっこを足にひっかけられて出てきた。「ちょっと、あとお願い」と言って間宮さんはお風呂場で自分の足を洗いに行ってしまった。僕は朝から昼までの食事量や排泄の記録を打ち込まなければならなかったが、仕方なくセンリさんが尿で汚してしまった床の掃除と下衣類の更衣をする。靴を脱がせると「なんで靴を脱がすの」とセンリさんは激怒された。毎度毎度のことだ。しっかり服が汚れてしまったので着替えますよと説明しているのに靴を脱がせると突然怒り出す。センリさんをなだめつつなんとか更衣を終える。

 おやつの介助は間宮さん一人に任せて、僕はカーテン閉めだったり、次のお風呂の着替えの準備だったりを済ませる。間宮さんが休憩に行くと落ち着いておやつ後の排泄介助を行える。間宮さんと二人のときは何かと疲れる。

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