小説 介護士・柴田涼の日常 152 間宮さんが動くと周りを巻き込んで疲弊させる

 翌日は遅番。間宮さんが早番だった。午後から間宮さんが三人お風呂に入れると言い出した。明日、平岡さんが六人も一人で入れることに対する配慮からだ。間宮さんが動くと周りを巻き込んで疲弊させるので、僕はなるべく余力が残るように早め早めに仕事を終わらせておく。

 しかし、思うように行かないのが介護の仕事だ。思うように行かないから面白くもあり、大変でもある。排便マイナス六日だったナシタさんは十一時頃多量の泥状便が出ていたようだが、昼食後にトイレ誘導すると、オムツカバーの脇から泥状の便が漏れていて、ズボンまで汚していた。ズボンをはき替えて陰洗をする。一度立ってもらってお尻を拭くと「また出たくなった」と言うので座ってもらう。少し時間を置いてから声かけすると「もう出きったと思います」と言われたので、念のためまたオムツを着けていただく。

 このナシタさんの対応をしているうちに休憩から間宮さんが帰ってきた。右に大きく傾いて傾眠しているヨシダさんを見て「ヨシダさん、死んでるよ」と僕に向けて対応の不足を暗に指摘してきたが、「ナシタさんが便失禁で大変ですよ」と言うと黙ってしまった。何事にも優先順位というものがある。ヨシダさんが右に大きく傾いていても、転倒のリスクはとても低い。たぶん、間宮さんが同じ状況だったら、ヨシダさんのことは放っておくと思うが、僕は間宮さんから言われるのが嫌なので、今度はヨシダさんのほうも気にかけつつ対応しようと思った。

 間宮さんは休憩から戻ってくると、すぐにセンリさんをお風呂場に連れて行ってしまった。まだバイタル測定もしていないのに。この人は本当に自分本位の人だなと思った。せめて最初の一人くらいはバイタル測定してもらいたい。その日の様子を見ていればお風呂に入れるかどうかくらいはわかるだろうが、ルール違反であることに変わりはない。やっぱりこの人にはついていけない。

 間宮さんはCユニットに最近配属された新卒採用の神田くんがこのEユニットに異動になってくれればと思っているらしい。神田くんは大人しくて気弱な感じの青年だ。しかし、実際は頑固で、何か言うと「一言」多く返ってくるみたいだ。本人はそのつもりはなくても、受け取る側はその一言が嫌味に聞こえてしまう。「わたし、神田くんに言われて傷ついたもん」と看護師の高橋さんは言っていた。その「一言」があるから、何をするのでも遅くなってしまうのだという。「それが正しい」という正解が得られないと行動できないタイプのようだ。柔軟性がないのかもしれない。その神田くんがEユニットに来たらどうなることか。仕事はしにくいだろうなと想像する。

「はあ、疲れたよー」とお風呂介助を終えた間宮さんはユニット内の廊下を周回しているシマダさんに言った。僕は適度なタイミングで浴室に入り、ヨシダさんがシャワーチェアに移乗するのを手伝ったり、入浴後ズボンを上げるときに立位のサポートをしたりした。たぶん、逆の立場だったら間宮さんは手伝いに来ないだろう。あとで呼ばれて行くのが嫌なので先回りしてやってしまう。それが一番滑らかに行くと思う。

 間宮さんに対するときは、「ハイ、ハイ」となんでも聞いておけばいいことがわかった。何も口を挟まない。それではあまりいい関係性を築いていくことはできないが、土台、この人と関係性を築こうなどと思わないほうがいいのだ。世の中にはあまり関わらないほうがいい人がいる。間宮さんは僕にとってそういったタイプの人なのだ。ここは仕事の関係として割り切ったほうがお互いのためだ。

「冷蔵庫、今日、何時頃来るんですか?」と訊ねたが、

「あしただった。今日はこれから飯食いに行くんだ」と言った。

 自分の予定も把握していないのか。よくわからない人だ。

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