小説 介護士・柴田涼の日常 105 力を持つものの苦悩、オウさんの転落事故、本格的に車に乗るようになると目移りしてしまう

 翌日は夜勤。とくにすることがないので映画『スパーダーマン3』(サム・ライミ監督、二〇〇七年)を見る。何度も見ているが、なんとなく見たくなった。力を持ったものの苦悩が描かれている。そこには米国自身の姿が描かれていると言った人もいた。善行をしているがその行いに没頭してしまうと一番大事な恋人を傷つけてしまうことになる。ヒーローも大変だなと思う。

 夜勤はオウさんがベッドから車椅子への移乗時に転落事故を起こしてしまったが、そのほかはわりと落ち着いていた。オウさんの車椅子には片方のブレーキがかかっておらず、アームレストを掴んで体重を乗せたときに車椅子が動いてしまい転落してしまったのだろう。他のご利用者の排泄介助中にものすごい物音がしたので急いで見回りに行くと、王さんがベッドの下で倒れていた。意識ははっきりとしており、「トイレに行きたいんだけどね」と話されている。すぐに当直リーダーの青山さんに報告し来てもらう。右側頭部にこぶができていたが三十分後のバイタルも異常はない。青山さんがオンコールすると様子観察と六時にバイタル測定の指示が出た。朝食は本人の様子を見てとのことであった。再発防止策としては居室にポータブルトイレの設置を検討中だと青山さんは言っていた。こうすれば夜間車椅子への移乗はなくなり、ブレーキのかけ忘れによる転落もなくなるはずだ。少しあとでトイレ誘導すると左背部のあばら下あたりが痛いと訴えがあった。郡司さんから「お薬だよってワセリンを塗っておけば落ち着くよ」と聞いていたので、ワセリンを塗ってみる。するとしばらく起き出しはなくよく休まれていた。

 ショートスリーパーのサトウさんもこの日は二十一時頃から朝の六時近くまでよく休まれていた。こんなに長く寝ていたことは今までなかったかもしれないというくらいよく寝ておられた。とても気持ちいい秋晴れの一日だったことも関係していたかもしれない。

 早番で来た平岡さんも、Fユニットの田代さんも機嫌がよかった。

 ヨシダさんも、朝から離床してご飯を食べておられた。

 トキタさんも、夜の薬を一つ中止してその薬が抜けてきたためか動きがなめらかになってきた。発語も見られるようになり朝から「おはよう」と挨拶を返してくれるようになってきた。以前はかすれた声しか出なかったが、はっきり発声できるようになっている。

 朝の排泄介助と離床介助に余裕を持たせるために今回は少し早めに排泄介助をはじめることにした。こうするとコールがあってもイラつかずに対応ができることがわかった。余裕がないとどうしてもイラッと来てしまう。いましている作業を中断して向かわなければならないからだ。不測の事態にも対処できるようになる。余裕を持たせることは大事だと学んだ夜勤であった。

 あとはFユニットのキミヅカさんにパッドいじりがあり全更衣、ラバー交換し、タナベさんは横漏れのためズボンとラバーを交換した。「キミヅカさんは三時間おきくらいに入ったほうがいいよ」と当直リーダーだった青山さんに教えてもらった。青山さんは朝方コーヒーを入れてくれた。それがまた美味しかった。

 夜勤明けの退勤後は、お風呂に入り、朝食を摂って、部屋の掃除をして、一休みしたいところだが、買い物に行く必要があったので車を走らせる。今度来る新車は普通の軽自動車だが、本格的に車に乗るようになってみると、あれがいいな、これもいいかもと目移りするようになる。なんとも困ったものだが、そんなものなのかもしれない。

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