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北海道立高校吹奏楽部パワハラ自殺訴訟 事後対応の一部は不適切とするも、顧問の行為はパワハラとせず 自殺との因果関係もなしと判断

2013年3月3日、北海道立高校の1年、悠太(享年16)が地下鉄の電車にはねられて死亡した。所属していた吹奏楽部の顧問による行為は「指導ではなくパワハラ」であり、それを苦にして自殺したとして、母親が北海道を相手に約8400万円の賠償を求めていた裁判の判決が4月25日、札幌地裁(高木勝己裁判長)であった。

高木裁判長は「指導は必要性が認められ、内容も違法とは言えない」などとし、顧問の行為の違法性、自殺との因果関係、自殺の予見可能性、安全配慮義務を認めなかった。しかし、事後対応の一部は違法性を認め、110万円の賠償を命じた。判決後の会見で、原告の母親は「顧問の行為は指導ではなく、パワハラだと思う」と涙した。5月9日、原告側は控訴した。

訴状や判決などによると、悠太は13年1月、他の部員との間でメールをめぐりトラブルがあった。しかし、指導を受けたのは悠太のみで、一方の相手は指導されなかった。その後、部内で別の問題が起き、3月2日、再び、悠太のみが指導された。その際、顧問は上級生4人を立ち会わせ、叱責した。翌日、部活のために登校したが、練習には参加せず、地下鉄の駅に行き、自殺した。

争点は、顧問の行為が「指導」か「パワハラ」か、その行為が「適切」かどうか、また、「違法性」があるかどうか。自殺との因果関係があるのか、自殺の危険性がわかる予見可能性があるか、危険性があるとした場合、自殺を防ぐための安全配慮義務があるのかどうか、事後対応に違法性があるかどうかだ。

(BLOGOS 2019年05月08日掲載)

指導の前提事実を把握していないことは言及なし

判決で、高木裁判長は、13年1月に、悠太と他の生徒とのメールトラブルになったことは、指導の必要性を認めた。相手方の生徒を指導対象としていない点について「一方的だ」と原告側は主張していたが、判決では「指導の必要性を異にしている」とした。

昨年の証人尋問では、生活指導部長も顧問も、トラブルのきっかけになった詳細なメールのやりとりを把握していなかったことが明らかになったり、メールのやりとりは「売り言葉に買い言葉」と証言していた。また、事実を詳細に検討せず、それまでの部内の人間関係の流れも把握せず、背景も考慮していない。しかし、判決では、詳細な言及は避けた。

自殺との因果関係を否定。安全配慮義務も認めず

3月2日の指導では、顧問は上級生部員4人を立ち会わせ、「何のことかわかっているな?」「俺なら黙っていない。お前の家に怒鳴り込み、名誉毀損で訴える」などと叱責した。そして、部活に残る条件に「部員との連絡を一切断つこと」をあげ、部員とメールをすることを禁じた。その際、顧問はきちんとした事実確認をせず、かつ学校組織としてではなく、顧問が単独で指導をした、と原告は主張する。顧問も尋問で「(自殺直前に同級生に送ったメールの内容が)私も言ったことのないことが書かれている。伝わっていない」と証言していた。しかし、判決では、指導の必要性を認め、違法ではないと位置付けた。

自殺した原因については、直前に同級生に送ったメールの中にも、「全く心当たりがない」などと前日の指導のことを触れていたため、指導が原因と原告側が主張した。判決では、「指導がきっかけになっていたことは否定できない」としながらも、「原因は複雑多岐にわたる」と被告側の主張を認めて、因果関係を否定した。

悠太が自殺する危険性が高まっており、顧問はそれを知ることができたのか。判決では、「指導の時点で自殺の危険性が高まっていたことが明らかではない」として、自殺の予見性は否定した。その上で、自殺の危険性を回避するために所在確認などの自殺防止の措置を取らなかったことについて、安全配慮義務を認めなかった。

アンケート破棄「遺族に多大な苦痛を与えた」

一方、判決は事後対応の一部で、違法性を認めた。悠太の自殺後、全校生徒や部員を対象にアンケートをとったが、その全校アンケートの原本を教頭(当時)が破棄した。この点については「自殺に関する有益な情報を得る機会を失い、遺族に無用で多大な苦痛を与えた」などとして、違法性を認めた。

高木裁判長は判決要旨を読み上げた後、「自死に至った悠太くんの苦悩、愛する家族を失った原告やお姉さんなど遺族の悲しみは、裁判所としても、想像にあまりある。最後に、悠太くんのご冥福を祈り申し上げる」とコメントした。

原告代理人「遺族の思いは届かなかった」

判決後の会見で、原告代理人は、事実の評価の部分で、被告側の主張を採用したとして、「アンケート破棄の違法性は認められたが、部内の人間関係の中で悠太くんが孤立状態になっていたことや、悠太くんを一方的に顧問が叱責したこと、(自殺直前の)3月2日の指導は学校組織ではなく、顧問が個人的に行ったこと、悠太くんの死に対する学校の責任などは、認めなかった」と判決を批判した。

また3月2日の叱責の中で、「顧問は悠太くんを犯罪者扱いしたが、判決は指導の必要性は認めた。遺族の思いは届かなかった」と話し、顧問の対応にいては違法性がないとした点については、「(顧問の)自殺の予見性を否定したり、安全配慮義務がないとしたことは疑問だ。3月2日の指導が自殺のきっかけと判決ではしていたが、他の要因もあるという、被告の主張に乗った判決だ」と述べた。

事後対応にしても、アンケート破棄については、保管期間は5年間とする法令違反であることから、違法性は認めたが、判決では、「組織的な隠蔽をした証拠はない」と、納得がいかない様子だった。

母親「悠太の辛い想いが認められなかった」 姉「指導とは呼べない」

原告で悠太の母は「勝手な思い込みで決めつけて、言葉で責め立てたのは、適切な指導というのは到底納得しない。(学校には)顧問が他の教師からどう思われているのか、部活がどう見られているのかも聞き取り調査をしてほしかった。特殊な環境だったと伝えてくれる人もいた。こうした調査がきちんとなされるものと思っていた。しかし、学校や道教委のほうで情報操作されて、生徒の生の声を聞けなかった。家庭は、学校で何が起きているのかをすべては把握できない。共有してほしかった」と話した。

判決後の記者会見。質問に答える原告であり、悠太の母親(左)と姉 撮影:渋井哲也

また、「(1月の一方的な指導で)2月中は、その理不尽さに耐えながら、部活に通っていた。どのように過ごしてきたのか、気持ちの部分を汲み取ってほしかった。悠太の辛い思いが認められなかった。親としてできることがなくて、申し訳ないと思っている」と話し、控訴するかどうかは検討中とした。

悠太の姉は「裁判所に認めて欲しかったのは、悠太にとって学校や部活、友達は大切な居場所であったこと、学校には、教師なのに、私的感情や仕事の楽さ、怠惰からいじめやパワハラが存在すること、教師によるパワハラで生徒が自殺をすることがあること。連絡を取るなと教師に言われたら、学校生活では生きていけない。指導は子どもを成長させるためにある。事情を聞かないまま、認めさせるのはその子の未来や成長はなく、指導とは呼べない」と話した。

現在、「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」(09年3月作成)でも、自殺のサインについて例示がされているが、例えば、「学校に通わなくなる」とあるが、例えば、悠太は2月に期末試験を無断欠席した。この言及はされたが、詳細な検討はなされていない。また、遺族によると悠太の遅刻早退欠席は全て3学期だったが、こちらについても詳細な検討はされなかった。

「指導提要」では、校内の複数の教職員でチームを編成し、生徒指導にあたるとしている。2月の指導では組織対応したが、3月は顧問が単独で行った。事前に告げたのは副顧問だけで、担任や校長、教頭には言っていない。生徒指導部長が知ったのも悠太の自殺後だ。「指導提要」では、個別で対応するとしても、生徒指導委員会等を開催して判断する必要がるとしている。この辺りの判断には言及がない。

「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」(11年6月作成、14年7月改訂)では児童生徒の自殺が起きた場合、基本調査の中で、指導記録の確認や全教職員からの聞き取り(三日以内に終了)をするとなっているが、教職員からの聞き取りはなされていない。

これらの基本書やガイドライン自体には法的拘束力はないが、教育の専門家として守るべきものとして、どこまで考慮されるか、判決はまったく検討した形跡がない。教員の行為について「指導」なのか、「パワハラ」なのかの基準も示されなかった。

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