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話題の動画「もう限界。無理。逃げ出したい。」のスゴサを考えてみる

12月27日にYoutubeに公開された「もう限界。無理。逃げ出したい。」という動画がYoutubeのトレンド1位になっていました。ツイッターでも話題になっていて、泣きじゃくる女性の顔のサムネイル画像が印象的でした。Youtubeのコメント欄には、「感動した」「3回は見た」などというコメントが並んでいます。

投稿したのは、「あさぎーにょ」というYoutuberで、「へんてこポップ」をテーマに音楽を作ったり、服を作ったり、日常を動画にして発信するクリエイターです。3年前から毎日Youtube動画を更新して、無名の状態から60万人のチャンネル登録者を抱えるまでになりました。Instagramでは彼女の個性的なスタイルとキャラクターを見ることができます。

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興味本位から僕も動画を見てみたのですが、「なんだかすごいものをみたなぁ」という気がして、二日たっても頭から離れなくなり、いったい自分は何にすごいと思ったのだろうかと、考察してみることにしました。

正確には、この動画はあさぎーにょだけではなく、彼女自身が所属するクリエイターグループ「チョコレイト」によって企画、制作されたようです。

結論から言えば、あさぎーにょとチョコレイトによる今回の動画は、「令和時代」のコンテキストを高いレベルで融合した、時代の先駆けなのではないか、そこがすごいところだと思います。

以下、ネタバレになります。あらすじは書きませんので、ぜひ動画を見てください。

心を動かすポイントを考察

この動画は、2つの要素で成り立っていると考えます。

1つ目は、Youtuber「あさぎーにょ」のホームビデオのような、ノンフィクションを感じさせる演出から、徐々にフィクションへと引き込まれていくこと。

2つ目は、同じ日を繰り返すSF的設定です。ついていない1日がずっと繰り返し逃げ出したくなりますが、「もう少し良い1日ならないか?」と前向きにとらえてアクションしていくことで、物語は少しずつ好転していきます

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タイムループの構造

タイムループのネタ自体は、それほど斬新なアイディアであるとは思えません。すでにいろいろな小説や映画で取り入れられてきた手法でしょう。ですから、このトリックの秀逸さが感動を呼び起こしたわけではないと言えそうです。

しかし、繰り返される毎日を前向きに生きていくというメッセージと組み合わせることによって、とても意味のあるものになっています。

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視聴者はあさぎーにょと同じように、つまらない淡々とした毎日を過ごす人も多いはずです。いつか楽しいことが起きて私を幸せにしてくれればと思うものの、具体的には行動にもせず、憂鬱な日々です。

あさぎーにょは物語の中で、その状況を前向きにとらえて行動することで変えていきます。それは、あさぎーにょが無名の時からYoutubeに動画をずっと投稿し続けて、ワクワクする人生へと変えたリアルの彼女の人生とも重なります。彼女の生き方と、オリジナルのスタイル自体がコンテンツとして、とても素敵なものです。

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また、タイムループという手法は、短編の動画と相性が良さそうです。

「何かがおかしい、デジャブが起きている」「どうやら同じ日を繰り返しているようだ」「どうやって抜け出そう」という流れがスムーズに展開され、だらけてくる後半には、ループの繰り返しのペースを早めて軽快な印象を与えながら、伏線を回収して一気に解決へと進みます。

カットを切り替えて、テンポよく次のループ、また次のループと繰り返せるので、短い時間の動画の中で効果的に使えます。

リアルからフィクションへのスムーズな誘導

しかし、この動画の中でもっとも秀逸なのは、一見ただのノンフィクションのホームビデオのようにして始まることです。視聴者はリラックスして、暇つぶしでYoutube動画を見ています。ところが、不自然なことが起きて脳がバグのような状態を起こし、自然とフィクションの世界へと入り込んでいきます

普段、映画を見るときは、現実とフィクションを切り分けて考えます。これは、映画の世界の出来事だとわかっていて、お話として楽しんでいるわけです。

我々がエンターテインメントを欲する時、本来はもっと刺激的な現実を求めているが、そのようなことは実際には起きなくて退屈なので、映画や遊園地などのエンターテイメントを、あくまでフィクションであると認識しながら楽しみます

この、フィクションであるという認識が問題です。共感性の強い人ならば、その世界に没頭して楽しめるかもしれませんが、客観性が強く物語の構造を分析してしまうようなタイプの人は、あまりエンターテインメントを深く楽しめません。

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その点においてこの動画は、視聴者の日常の中に現実に現れた、非日常なのです。フィクションとリアルの境目が曖昧であり、視聴者は実際に不思議な体験をしているような新鮮な気持ちです。そもそも動画を見る前に、フィクションのエンターテインメントを見ることを予想していません。しかし、それを裏切られることによって、一気にストーリーの世界へと引き込まれ、短時間の動画ということもあって、客観的に分析する余裕を与えません。

そうして、深くお話に引き込まれて、あさぎーにょと共感する状況が生まれます。タイムループの驚きをあさぎーにょと一緒になって体験する一体感と、解決する開放感を感じられることでしょう。

もっとリアルなエンターテイメントが求められる

今や、身の回りには完成度の高いエンターテインメントで溢れています。一昔前には、映画やテレビだけで刺激として十分に楽しめましたが、今は飽和状態で消費者も飽きつつあります。

理想的なエンターテインメントとは、その人自身がリアルに刺激的でワクワクする毎日を過ごすことです。しかし、そうでない人が圧倒的に多いでしょう。そして、今までのエンターテインメントでは飽きてきてしまってる。

そこで、これからはもっと体験型の、リアルとフィクションの境目が曖昧なエンターテインメントを人は求めていくのではないでしょうか?

令和時代のエンターテインメントの皮切りが、あさぎーにょのこの動画であったのではないかと思うのです。

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リアルな体験をできるVRゲーム

テレビからインターネット動画へ

ここから少し、あさぎーにょの動画からはズレますが、テレビとインターネット動画という対比で見ても興味深い現象です。

動画エンターテインメントの主戦場は、今やテレビよりもインターネットに移りつつあります。この構造の本質は、以前書いた「テクノロジーが変える小売の未来」と同じではないかと考えます。それは、データです。

ITプラットフォームのメリットは、消費者のデータをリアルタイムに得られることです。ここでいうデータとは視聴者の反応です。視聴者の反応を見ながら、即座に次のコンテンツの改善へと活かせることが、よりおもしろく良質なコンテンツを生み出します。テレビでは即座にデータを詳細には得られません。

インターネット映画配信サービスのNetflixでは、視聴者が映画を見るのをやめたタイミングのデータを取って、なぜそこで見るのをやめたのかを分析して、自社コンテンツに活かしていると言います。

また、視聴者がコンテンツを見て受け取る感情を、脚本に出てくる単語からAIで解析することで、データに基づいて適切に視聴者の感情をコントロールして、面白いコンテンツを作り出すようになっています。

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ハリーポッターの脚本の感情マッピング

また、インターネットには1to1マーケティングができるという強みがあります。本来、人の趣味嗜好や置かれているシチュエーションは千差万別です。その一人ひとり違うニーズを、少ないチャンネル数と番組表で決められた放送時間でテレビが満たすことは不可能です。一人ひとりに合ったコンテンツを、それぞれが見たいタイミングで見られる1to1が主流になるのは、明らかです。

今後は、インターネットの活用を軸に、サービスやエンターテイメントや教育などあらゆる分野で、横並びから一人ひとりに最適なコンテンツを利用するように変わっていくのでしょう。

リアルとフィクションの境目が曖昧になる。

リアルとフィクションの境目がどんどん曖昧になっていく現象が起きています。本「アフターデジタル」では、オンラインショップがリアルにやってくる世界観を描きました。同じように、フィクションがリアルにやってくるのではないかと思います。

2019年の夏には、YoutuberのDJ社長が事務所の後輩女性にセクハラをしたとツイッターで告発がありました。この告発は実はウソで、発表する動画をバズらせるためのキャンペーンであったと明かしたところ、大炎上しました。

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被害にあったことのある女性が、告発した女性に共感して本気で応援したのに、裏切られたと感じたのです。本当にセクハラの被害にあった人がツイッターなどを利用して被害を訴えても、このことをきっかけに、炎上目的の遊びだと思われてしまう可能性もありました。

このように、インターネットがよりリアルに近づくことと、仕掛ける愉快犯によって、フィクションと現実はどんどん曖昧になりつつあります。

リアルタイムで動画を改竄、編集する

さらに、動画の技術が発展すると、動画のリアルタイム生成が可能になるでしょう。今までは、編集を終えて出来上がった同じものを、みんなに見てもらっていました。ここに、動画の一部をAIで合成して、見る人にあった動画を生成できるようになりそうです。

例えば、フェイクポルノです。アダルトビデオに出演する女優の顔を、AIを使って他の人に入れ替える技術が話題になりました。

これは、さらに広告などに発展していきます。例えば、映画の中にはスポンサーのお店や商品がところどころに映されます。Youtubeでは、視聴者の関心データを使って、視聴者の興味がありそうな広告が本編の前に流されますが、スキップしてしまう人がほとんどでしょう。広告を本編動画の中に自然に組み合わせることで、視聴者に受け入れられる広告を行えます。

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本来のシーン(上)にはない、青いコーヒーコップが、合成されている(下)。

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まだ、技術開発の段階ですが、以下の動画を見ると動画中に自然に広告を挿入しています。

悪意ある愉快犯が現れたら、国を脅かすレベルの体験型犯罪が起きる可能性もゼロではありません。攻殻機動隊の「笑い男」のような事件が起きる可能性もあり得ます。

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動画のリアルタイム編集・改竄技術は、より一人ひとりにあったコンテンツを提供し、消費者に寄り添う一方で、フェイクを世の中に広め、真実が曖昧になっていく可能性があります。

あさぎーにょの動画は、令和時代をハイレベルで融合した、時代の先駆けだ!

インターネットを活用して好きなことをして生きていく令和時代の生き方、リアルとフィクションの融合、テレビからインターネット動画への移行。

あさぎーにょの動画は、「令和時代」のコンテキストを高いレベルでポジティブに融合した、時代の先駆けなのではないだろうか?、そこがすごいところだと思います。

そして、同時にリアルとフィクションが融合していくことの、良い面と悪い面を認識し、処理できるリテラシーはますます大切になりそうです。

あさぎーにょと、チョコレイトは、今後もどんどん新しい取り組みを発信してくれるクリエイターたちではないかと思います。今後も注目していきます。


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