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ゲゲゲの人生 わが道を行く(水木しげる)【読書感想文】

ゲゲゲの鬼太郎の作者・水木しげるさんの自伝を読みました。
水木さんは戦争に行かれ、そこで左腕を失うなど、壮絶な経験をされてきました。しかし水木さんは左腕を失っただけで済んで幸運だったと語っています。また、戦地で出会った原住民と仲良くなり、一緒に暮らしました。その中で理想の社会、理想的な生き方についての思索も深められていました。

水木さんの人生からは「生きるとは何か」ということを強く問いかけられました。戦後の日本を生きる私たちこそ読みたい一冊だと思いました。

下記により詳しく記述していきます。

※尚、引用文中に出てくる「水木サン」は水木さんの一人称です!

死を身近に感じて初めて意識される生

水木さんは、子供のころは昆虫採集をしたり、石をコレクションしたり、絵を書いたり、好きなことに没頭して過ごしていたそうです。

しかし、太平洋戦争が始まり、自身も戦争に動員されることを意識し始めると、「人生とはなにか」について考えるようになったそうです。

アホと言われる水木サンも、さすがに「人生とは何か?」なんてことを真面目に考えるようになったのはその頃でした。ショーペンハウエルやニーチェなどの哲学書から、聖書まで読みあさりました。
 そんな中で一番愛読したのはゲーテ、とくにエッカーマンの『ゲーテとの対話』が好きでした。「人間とはこういうものである。」ということが分かりやすく書かれていて、生きている輝きじたいのようなものがその中には溢れていた。
 水木サンは『ゲーテとの対話』を戦地にも持っていきました。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p39

死が意識されて初めて、生を意識するようになるんだなぁと感じました。
現代ほど、死が遠くにある時代もなかなか無いのではないでしょうか。
国家が安全を作ってくれているし、医療もほとんど誰しも受けられる。その上医療技術が発達している。飢餓もほとんどない。

もちろん、死が近くにないことは良いことです。
しかし一方で、生きるとは何かという問いについて考える時間が減っているのもまた事実かなぁと思います。そんなこと考えなくても、ご飯を食べてたくさん眠れば十分幸せを感じられるので・・・。

水木さんが激戦地である南方行きが決まると、二泊三日の外出許可を頂き、両親と故郷で過ごしたそうです。
その時の心情が切ないです。

「ひょっとしたら、これが故郷の見納めかもしれんな」という思いはあったので、境港の思い出の場所を歩いて、景色をしっかり目に焼き付けました。
 かつて自分が通った小学校、のんのんばあと行ったお寺、べビイの頃よく遊んだ海や山‥‥‥。見慣れたはずの景色が、その時ばかりはやけに美しく輝いているように感じましたよ。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p46-47

末期がんを宣告されると、見える景色が変わって見えるという話を聞いたことがあります。
皮肉にも、人は死を前にして初めて生の悦び、世界の美しさを感じるのかもしれません。

生への渇望。戦地で死線をくぐり抜ける。

下記は、水木さんが戦地で夜、見張りをしていた時、敵襲があり、一目散に逃げた時の描写です。

思わず地面に伏せた水木サンは、無意識のうちに海沿いを全速力で駆け出していきました。それからはもう死に物狂い。走っても走っても、後ろから敵の銃声が迫ってくる。(中略)二、三時間走り続けてふと足下を見たら、サンゴ礁やゴツゴツした岩場を全速力で駆けたせいで、あの丈夫だった軍靴の底が抜け落ちて。足の裏から血が噴き出し、途中幾度も転んで全身傷だらけになっていました。強烈な痛みが襲ってきました。(中略)とにかくその時は、いかにして生き延びるかしか頭になかった。絵を描きたいとか、旨いものを食いたいなんて気持ちはどっかに消え失せて。ただただ死にたくない、生きたいとひたすら願っていました。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p52-54

これは迫真ですね・・・息を飲むような描写です。
銃撃から逃げるというのは映画では見たことがありますが、本当に体験したらいったいどれほどの恐怖でしょうか・・・。

「ただただ死にたくないと願って走り続けた」という様子から、生への渇望を感じました。

ぬりかべとの出会い

戦争のような極限状態では、不思議な現象にも遭遇するようです。
なんと、妖怪「ぬりかべ」と出会ったというのです。

途中からはもうほとんど意識のない状態で歩き続けているような状態でした。そんな中で不思議な経験をしたんです。漆黒の闇の中をぼんやり歩いていると、壁のような巨大な岩が目の前に現れて、どうにもこうにも進めなくなったんです。仕方なくその場で眠りについて、翌朝起きて見たら、壁のような岩は消え、そのすぐ先が切り立った断崖絶壁になっている。「ぬりかべ」という妖怪だったのかもしれません。あの時、「ぬりかべ」と出会わなければ水木サンは確実に転落して死んでいたでしょう。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p55

ぬりかべが守ってくれたのでしょうか・・・?

それにしても、ラバウルのジャングルの闇のなかを、敵襲に怯えながら歩き続けるのはいったいどれほどの恐怖でしょうか。

ところで、ぬりかべってゲゲゲの鬼太郎の中のキャラクターだと思っていましたが、九州北部に伝わる妖怪らしいです。(wikipedia情報)

敵襲で、左腕を失う

その後なんとか自軍の基地に合流し、命からがら生き延びることができたようです。そしてしばらくは身体が衰弱しているので、おかゆなどを食べて療養していたようです。
しかし戦地には休まる時が無いようで・・・基地が空襲されました。
そこで水木さんは左腕を失ってしまいました。

いきなり基地が空襲を受け、水木サンは爆風で吹っ飛ばされてしまったんです。一瞬閃光がきらめいたと思った瞬間に左腕にズキンという激しい痛みを感じました。(中略)その後、あまりの痛みと出血で意識を失い、気付いたときには救護室のベッドに寝かされていました。(中略)すでに左腕は紫色。放っておくと傷口が腐って毒が全身に回り、命が危ないということになり、肩の少し下あたりから腕を切断することになったんです。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p59

麻酔も無い中、軍刀ナイフで切り落とされたようです‥。
普通ならば、絶望してしまったり、気がふれてしまってもおかしくないところですが、水木さんは以下のように語っています。

ラパウルで最前線にいた九人の部隊のうち一人だけ生き残ったのもまさに奇跡だし、爆撃で片腕を失ったのも幸運だったと思っています。ケガをしたからこそ戦線を離脱し、無事に復員できたわけですからね。左腕を失ったらまた最前線に戻されて、確実にオダブツだったはずです。そうやって今までの人生を振り返ると、なにか人智の及ばない不思議な力が働いていたとしか思えないんです。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p137

水木さんのこの言葉を聞くと、自分が情けなくなります・・。
もっと、生の悦びをかみしめたいと思わされます。
もっと力強く生きなければ・・と思わされます。

戦場で出会ったトライ族

その後、水木さんは戦地のラバウルのジャングルの中で、トライ族という原住民たちと出会います。

歩き回っていたある日、トライ族という原住民の集落を偶然見つけたんです。いかにも住み心地の良さそうな集落で、住民たちも戦闘とは全く無縁にのんびり暮らしているようでした。
「まるでここは地上の楽園だなぁ」と思いながら眺めていると、たまたま一軒の小屋から出てきた原住民と目が合った。相手がニコリと微笑むものだから、水木サンが微笑みを返すと、なんとなくお互いに心が通じ合ったのでしょう。食事時ということもあり、「お前も食べろ」と食べ物を振る舞ってくれたんです。
 それをきっかけに一人てトライ族の集落に、たびたび顔を出すようになりました。(中略)
会話は片言だったけど、水木サンはすっかり彼らに気に入られたようでした。ほかの軍人のように威張ったりしないし、絵がうまかったのも良かったのでしょう。(中略)
とにかく最初に集落を訪れた時から、水木サンは彼らの暮らしこそ、自分がべビイの頃からあこがれていた理想社会だと感じていました。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p62-63

言葉が通じなくても、トライ族と心を通い合わせることができたのは、水木さんのピュアで透き通った純粋無垢な人柄ゆえかもしれません。

普通、戦争中に戦地のジャングルで知らない民族と顔を合わせたら警戒してしまうでしょう。

トライ族の一員となり、理想の社会を体感

トライ族の生活は水木サンの価値観とマッチしていたようです。

彼らは一日三時間ほど働くだけで、あとは好きなことだけをやって遊んで暮らしていました。(中略)まさに「水木サンのルール」を実践しているような生活なんです。
(中略)そのうち村の人たちは、パウロころ水木サンのために畑まで作ってくれました。(中略)肌の色は違うけど、まるで友人を通り越して「同胞」になったような付き合いだったんです。

「ゲゲゲの人生 わが道を行く」 (水木しげる) NHK出版 p64

トライ族の生活、社会は軍や戦争といったものとはまるで正反対ですね。
同じ地球、同じ時代、同じ人間でもこうまで違うなんて不思議ですし、生きるとは何だろう?と思わずにはいられません。

おわりに

水木さんの生涯・思想から我々が学ぶべきことはとても多い気がしました。
また、関連する本を読んでみたいなと思います。

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