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「温めますか?」と聞かれた時の返答

コンビニで「温めますか?」と聞かれた時の返答の最適解がいまだに出せずにいる。

温めたい時は、特に悩まない。
「はい、お願いします。」
と言えば済むからだ。

(「お願いします」というのも、ほんとうは引っかかるのだが・・・許容範囲ということで・・・。)

一方で、温めないで欲しい時が面倒だ。

フルバージョンで返答するなら、こうなるだろう。

「温めますか?」
「いえ、温めないでください。」

だけど、コンビニのレジでこんなしっかり目のセンテンスを放てば、慇懃無礼というか、「あれ、なんか、怒ってますか?」みたいな、ちょっと異様な感じがする。

そこで、結構多くの人が使っているのがこれだ。

「温めますか?」
「いえ、大丈夫です。」

これはほとんどの場合で、ちゃんと伝わるから特に問題ないとは思う。

だけど、厳密に考えると、変だとも思う。

「大丈夫」というのは、三省堂の辞書によると、こういう意味だ。

だいじょうぶ【大丈夫】
一 -な 危険な損失・失敗を招くおそれが無いと断定できる状態だ。(後略)
二(副)よい結果になることを請け合う(信じて疑わない)様子。(後略)

「新明解 第八版 三省堂」より

ネガティブな懸念を否定するようなシーンで使われる印象だ。

もちろん、言葉というのは時代によって変わるし、絶対的な正しさというのも曖昧なものだとは思う。

実際、「大丈夫」っていう言葉は今、
「不要です」「要りません」という意味合いでたくさん使われている。

だけど、やっぱり厳密には違う気もする。

「大丈夫」という言葉は、
「具合悪そうだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。」

とか、

「久しぶりの運転だけど、大丈夫?」
「たぶん、大丈夫です。」

などなど、ネガティブな懸念を否定するようなシーンで使われる印象だからだ。

こういうパターンもある。

「温めますか?」
「いえ、結構です。」

これは、たぶん辞書的な語義から考えてもそんなに間違っていないと思う。

だけど、ちょっと冷たい感じがする。
(温めなくて良いだけに・・・。)

「いえ、結構です。」だと、
ちょっと強めに断っている感じがする。

コンビニの店員さんだって、このクエスチョンは、聞く必要があるから聞いているんであって、それを強く断るのは気が引ける。

だから返答する時は、
「聞いて頂いて、有難うございます。だけど、温めなくていいんです。」というニュアンスを出したいのだ。

なので私は、こんなのも使う。

「温めますか?」
「あ、いえ、そのままで・・・(声をフェードアウトさせていく)」

むかし、テレビで、「総理大臣に醤油を取って欲しい時、なんて言うのが一番良いか」というクイズがあった。

正解は、

「総理・・・醤油・・・。」

だったのである(笑)
これには抱腹絶倒した。

つまり、総理大臣クラスにもなれば、もはや明確に指示を出すことじたいが失礼にあたるので、「言わない」という考え方なんだと思う。

※出典元については、おぼろげな記憶を頼りにしているのですが、おそらくこちらの番組。「問7」をご参照ください。

それになぞらえて考えてみれば、
この方式(「あ、いえ、そのままで・・・」)も、あながちダメでもない気がする。

でも・・・これは質問に対する最短距離の回答ではない。

何故なら丁寧に解釈するならこんな感じのプロセスを経るからだ。

「そのままで・・・(大丈夫)」

「商品に何かの手を加える必要はない」

「だから、温める操作も必要ない。」

「温める必要は無い。」

なんとも、まどろっこしい。。

***

その点、英語はこういうコミュニケーションに適している。

温めてほしければ「Yes,please」で済む。
温めてほしくなければ「No,thank you.」で済む。

それなら、日本語だって、「はい」か「いいえ」だけ答えればいいじゃんとも思うが、日本語でそれをやると、ちょっと完結していない印象があるのだ。

「温めますか?」
「いいえ。」

これだと、なんか「間」が変だ。
「いいえ。」の後に変な間があると思う。

なんか、まだ文章が続きそうな雰囲気というか・・・。

いや、「間」ってなんやねんと思うかもしれないが、「間」はたしかに存在すると思う。

だから、その意味では日本語と英語の「間」の違いとも言えるかもしれない。
テンポというか、リズムというか。

空白とか、余白とか。
そういうものにも近いかもしれない。

***

日本語は、間とか空白とか余白とか、そういうものも含めた、いわゆるハイコンテクストな言語なのかもしれない。

文脈や状況などから受け手が想像することで意味を補って解釈する。
「はっきりとは言わないけど、分かるよね?」みたいなところがある気がする。

その意味で、命令や指示には向かない言語なのかもしれない。
単刀直入には向かない言語なのかもしれない。
丁寧に説明したい時は、たくさん言葉を尽くす必要のある言語なのかもしれない。

(それは良いとか悪いとか、日本語が優れているとか劣っているとかそういうことではない。単に性質の話だ。)

***

いまは、コミュニケーションが「短い」時代だと思う。
だけど、日本語は短いコミュニケーションが苦手だと思う。
(ちなみに俳句はコミュニケーションではなくて芸術だと思う。)

そのギャップをどう埋めるか、どんな工夫で埋めるか、これからも考えてみたい。

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