序章 ハプニング

マガジン:グッド・ドクターブラック・ジャック 第一部【医者の資質】


 白線の上を歩いていたその時、がしゃん、という音と共に、何かが倒れるような轟音が響いた。
 一瞬、両の掌で耳を覆う。新堂湊がゆっくり後ろを振り返ると、悲鳴の中から女性と男の子が鉄材へ駆け寄るのが見えた。
 鉄材がどけられ、その下から子どもが現れた。頭と首、腕から出血している姿に、女性と男の子が必死に呼びかける。が、返事はない。
「浩太! 浩太!」「お兄ちゃん……お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
 フラッシュ・バック。離れる手と手。目の前に迫る廃材。
 医者です、と言う男性の声で現実に引き戻される。
「おそらく頸動脈は無事ですが、頸静脈が損傷してます」
 男性はハンカチを取り出すと、子どもの首に押し当てる。
「圧迫止血すれば大丈夫でしょう」
「――だめです」
 湊が割って入る。
「それだと死にます」

 応急処置を終え、湊は立ち上がってその場を去ろうとする。が、「どうか病院まで付き添ってください。お願いします」と縋られ、親子と共に救急車へ乗り込んだ。
 一連の様子を群衆の中から観察していたひとりの男は、その手技に感心していた。
 ――見事だ。緊張性気胸をすぐに見抜いただけでなく、過去の症例をもとに身近なもので的確に処置をやってのけた。若く見えるが、研修医だろうか?
 男はその姿が見えなくなるまで、救急車をずっと眼で追っていた。

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