ぼくは他大学の男子にキスされる

 ぼくは先日、「ぼくは男女の友情を考える」という、実際には男女の友情について何一つ考えていない記事をnoteに投稿した。その記事の最後に「春休みに白洲くんにキスされてドキッとした」的なことを書いてしまったので、まあ、今さらだがその時の話を書くことにする。いや、大した話ではないどころか変な話なので、本当は書くつもりなんてなかったんですけどね。でもまあ、思い出してしまったので「乗りかかった舟」だ。

 ぼくは現在大学4年生で、3年生の12月まで大学の放送研究会の現役だった(その後は自ら立ち上げたインカレの放送サークルで活動しているがそれはまた別の話だ)。ぼくは放送研究会では渉外をやっていた。正確には「やっていた」のでなく「やらされていた」のだが、その話をここですると本文5万文字超え確定なので、興味があるひとは「ぼくは渉外をやらされている」という記事をお読みください。

 ぼくが渉外活動を通じて特に仲良くなったのが、JR山手線沿線にキャンパスがある某大学の放送研究会の人々だ。ここではその大学を仮に「K大学」と呼ぶことにしよう。ぼくは2年生になったばかりの頃、首都圏の放送サークルの懇親会でたまたま同じテーブルになったことがきっかけで、K大学の豊島くん・白洲くん・武富さん・遠藤さんと仲良くなった。ちなみに、この時にやはりたまたま同じテーブルになったことがきっかけで、ぼくはゲイでありながら別の大学の小手由梨の女性と付き合うことになり、そろそろ交際二年を迎えようとしているのだが、それもまた別の話だ。

 豊島くんと白洲くんは雰囲気が似ている。双子と言われても納得……はしないが、顔立ちが同じ系統だし、身長も同じぐらい。ただ、豊島くんのほうが体格は中肉のワイルド系(?)で、白洲くんは細めの王子様系(?)だ。どちらも明るくて穏やかな性格であることは変わりないんだけどね。「上品な家庭で育ちました」「反抗期なんてありませんでした」的な。2年生の秋の代替わりの時、豊島くんはK大学放送研究会の渉外部長、白洲くんは放送研究会全体の副会長に就任した。

 豊島くん・白洲くん・武富さん・遠藤さんの4人はとても仲が良く、「4人で1セット」みたいな感じである。うちの放送研究会の番組発表会には毎回その4人で来てくれたし、うちと向こうの「交流会」と称しての飲み会も何度か仕切ってくれた。一度、池袋の個室居酒屋で飲んだ時は本当に酔い方がひどかったな。アパートの一室みたいな密室に案内されたせいで宅飲みっぽくなってしまって、みんなべろんべろんに酔っ払って、二軒目のお店に移動する時には全員もれなく酩酊状態だった。うちの伊勢崎なんて路上で盛大にコケてたもんな。ロクでもない一夜である。

 この前の春休み前半、ぼくは豊島くんとJR大久保駅周辺でサシで飲んだ。「(ぼくの下の名前)のインカレサークルの番発、楽しみにしてる。絶対行くよ!」と言われて、現役を退いたのにそう言ってくれるということは利害関係を超えた友情だな、と感じてぼくはうれしくなった。その時に豊島くんから「春休み中に引退記念の『交流会』をやろうよ」と言われて、トントン拍子に「交流会」の開催が決まった。

 春休み後半の某日、JR新宿駅東口駅前広場に集合。K大学からは豊島くん・白洲くん・武富さん・遠藤さんの4人に加えて、新3年生の女子2人が参加した。うちからはぼく・河村・宮田・伊勢崎・梶・佐々木・阿久澤の7人が参加した(佐々木は途中から参加)。合計13名。まあまあな規模な飲み会である。お店は豊島くんと武富さんが予約してくれていて、ぼくらは案内されるままに居酒屋へ向かった。

 ぼくは豊島くんとは3週間ぶりだが、白洲くん・武富さん・遠藤さんと会うのは3か月ぶりだ。「現役お疲れさまでした!」とか「引き続きうちの阿久澤(新2年生)をよろしく」とか「梶くんはなんでインカレサークルのほうには入ってないの?」とか「池袋で飲んだ時はエグかったね」とかいう話で盛り上がって、いつものようにみんな酔っ払っていった。宮田が他大学の悪口を言ってウケている。伊勢崎がなぜか泣き出していてヤバい。つられて武富さんも涙目になっている。普段は酔っ払わない佐々木もラリってきた。豊島くんの目がトロンとしてきている。

 阿久澤の恋愛の話題が一段落したところで、ぼくは「ちょっとトイレ」と言って席を立った。尿意が我慢の限界だったのである。そうしたら、ぼくの向かいに座っていた白洲くんも「あ、自分も」と言って席を立った。

 白洲くんと二人でトイレへ入る。そこの居酒屋の男子トイレは小便器が2つ、個室が1つという構造で、ぼくらが入った時に中には誰もいなかった。ぼくと白洲くんは小便器に並んで用を足す。ぼくも結構お酒を飲んでいたが、白洲くんもだいぶ酔っ払っていた感じだった。白洲くんが用を足しながら「あー、(うちの大学名)のひとたちと飲むとお酒のペースが速い」と笑いつつ、「(ぼくの下の名前)とまた会えてよかったよ。相変わらず元気そうでよかった」と言ってくる。ぼくは「白洲くんこそ生きててよかった。生きていこうね!」と返した。

 白洲くんのほうが先に用を足し終えて、洗面台に向かった。白洲くんは手を洗い終わっても洗面台のそばに立って、その場でぼくのことを待ってくれていた。ほどなくしてぼくも用を足し終え、洗面台で手を洗う。するとその時、白洲くんがいきなりぼくの右頬にキスをしてきた。時間にすると0.3秒ぐらいだったが、でも、ちゃんと唇を押し当ててきた感じである。

 ぼくは何が起きたのか分からず、一瞬フリーズした。そして、たしか「……え?」か「……は?」という一言(というか一音)を発して、白洲くんの目を見た。白洲くんもぼくの目を見てきて、2秒ぐらい見つめ合う。そうしたら、急に白洲くんは目を逸らして慌てだして、「……いや、(ぼくの下の名前)が女の子みたいでかわいかったからキスしちゃった。ごめん!」と言い訳してきた。

 白洲くんのこの謎の言い訳には2つの問題がある。まず、ぼくは女の子みたいじゃない。たしかにぼくは目がクリクリしてかわいいし、内面的にも非常にかわいらしいところがあるが(異論は認めない)、外見的にぼくを女子と見間違えるのは無理がある。ぼくを女子と見間違えるのは、忠犬ハチ公の銅像を見て「これはシャム猫ですな」と言うようなものである。

 次に、仮にぼくが女の子に見えたのだとして、そのことはいきなりキスをしていい何の理由にもならない。性的同意は常に重要である。別にぼくは同意書への署名が必要とまで言うつもりはないが、せめて「そういうムード」になっている必要はある。男子トイレの洗面台で手を洗っている他人に唐突にキスする行為は完璧にアウトである。

 ぼくが何より驚いたのは、そんなアウトな行為をしてきたのが白洲くんだったことだ。さっきも書いたけど、白洲くんは上品で穏やかな王子様系の男性だ。笑顔が爽やかで、身だしなみを整えていて、清潔感がある服装をしている。これは完全に個人情報だが、小学生だか中学生だかの時にはピアノのコンクールで上位に入賞したこともある(らしい)。そんな白洲くんがまさかいきなり他人にキスをするようなひとだったなんて。「ひとは見かけによらない」とは白洲くんのためにある言葉だったのかもしれない。

 ただ、正直な話、ぼくは白洲くんにキスをされて別に嫌ではなかった。むしろ、良い意味でドキッとした。だって、ぼくはうら若きゲイなのである。ぼくのタイプってわけではないにしても、ぼくが以前から好感を持っているイケメン系男子にキスされること自体は、そりゃまあ、悪くない出来事に決まっている。ぼくは「白洲くんにいきなりキスをされた」の「いきなり」の部分が引っかかるのであって、「白洲くんにキスをされる」単体については十分に許容できるのだ。

 だからこそ、ぼくは「(ぼくの下の名前)が女の子みたいでかわいかったからキスしちゃった。ごめん!」という白洲くんの言い訳にテンションが下がった。キスされてドキッとした後に「あっ、ごめんなさい間違えました」的なことを言われるって、ぼく的にはなかなかの屈辱である。そんなこと言わなくていいじゃんね。せっかくの酔いが醒めそうになるよ。

 ただ、ぼくはこの時の白洲くんの「間違えました」的な言い訳は嘘だったのではないかと睨んでいる。というのも、白洲くんが居酒屋のトイレで他人にいきなりキスする異常者なのは事実だとして、ぼくのことが女子みたいに見えたという説明はさすがに無理があるからだ。知り合ってもう2年ぐらい経つわけだし、直前までぼくと並んで小便器で用を足していたわけだし。たぶん白洲くんは実はゲイかバイセクシュアルで、シンプルにぼく(男子)に欲情したってことなんだと思う。以前からぼくのことが気になっていたのかどうかは知らないけど。白洲くん的には「(ぼくの下の名前)は彼女がいるけどバイなんじゃないか。キスしても受け入れてもらえるんじゃないか」と思ったのかもな。だけど、いざキスしてみたらぼくの反応が芳しくなかったから、「……あれ? (ぼくの下の名前)はやっぱりノンケだったのか? だったら誤魔化さなくては!」と思って、咄嗟に「女の子みたいでかわいかったから……」という妙な言い訳を発したのではないか。男にキスしちゃったけど自分は異性愛者ですよ、同性愛者なんかじゃないですよっていう虚偽をアピールするために。

 白洲くんから「ごめん!」と言われた直後、男子トイレの扉が開いて、見知らぬお客さんが入ってきた。それでぼくらは「……じゃあ、戻ろっか」ということで、何事もなかったように一緒に男子トイレを出て、みんなのテーブルに戻っていった。その間、ぼくと白洲くんは少し気まずくて無言だったと記憶している。二人揃って席に戻ってからは、本当に何事もなかったかのようにみんなでまた会話に興じた。白洲くんがぼくに話しかけてくる場面もあったし、ぼくの発言を聞いて笑う場面もあった。ぼくもさっきのキスは一瞬の出来事だったし、別に嫌な出来事ってわけでもなかったので、これ以上は気にかけないことにした。実際、お酒を飲んで盛り上がっているうちにどうでもよくなっちゃったしね。ぼくは単純な生き物である。

 それでまあ、この話はお終いである。みんなかなり酔っ払っていたし、時間も遅かったので、その日の「交流会」はそれで解散になった。JR新宿駅前で別れる時に白洲くんと「またね!」と言い合ったが、その後、ぼくと白洲くんは個別に連絡を取っていない。あの夜に新宿の居酒屋の男子トイレでぼくと白洲くんの間に起こったことは、基本的にこの世の歴史には存在しなかったことになっている。

 ぼくは白洲くんの突然のキスに驚かされ、その言い訳にテンションが下がったわけだが、でも、振り返ってみるとこれでよかったのかもな。だって、もし白洲くんがあの時に「(ぼくの下の名前)、キスしてもいい?」と真正面から尋ねてきていたら、ぼくはだいぶ驚きつつも「いいよ!」と応じていた可能性がある。それどころか、逆にぼくのほうがキスだけでは我慢できなくなって、どうせならセックスしようじゃねえかと提案してコトに及んでいた可能性がある(さすがに居酒屋のトイレではやらないが)。

 もしそんなことになっていたら、まあ、その行為はたぶん「浮気」にカウントされるだろうから、ぼくは「彼女がいるのに浮気してしまった……」と良心の呵責に苛まれるところだった。ぼくはできれば浮気はしたくない。ゲイであることを隠して女性と付き合っているくせに今さら何を言っているんだという感じではあるが、できれば彼女を裏切りたくない。ぼくはとても真面目でかなり誠実な人間なのです(本当か?)。

 ただし……このnoteで取り繕ってもしょうがないので本心を書くと、あのキス事件以来、ぼくは少し白洲くんのことが気になっています。いきなりキスをする行為は完璧アウトだし、その直後の「間違えました」的な言い訳にも幻滅だけど、やっぱり白洲くんはぼく的にはもともと好感度が高いひとだ。上品で、穏やかで、信頼できるひとだ。だからこそ、ぼくは白洲くんがぼくの頬にキスしてきた本当の理由が気になる。今度、飲みに誘って聞いてみようかな? 正直に答えてくれるかどうか分からないけど。そして、その時にもし「本当に間違えてキスしただけだ。(ぼくの下の名前)には何の性的魅力も感じない」とか言われたらどうしよう? その時こそぼくはテンションだだ下がりで、お酒の酔いが醒めてしまうよ!

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