ぼくは脚本を書くのが憂鬱だ

 ぼくは大学の放送サークルで音声ドラマを作っている。放送サークルでいうところの「音声ドラマ」っていうのは、あらかじめ収録して編集して完成させておくタイプのやつと、発表会でお客さんの前で上演する朗読劇みたいなタイプのやつの二種類がある。ぼくはどっちも作るが、どっちかというと朗読劇タイプのほうを中心に作っている。ここでぼくが「作っている」と言っているのは、具体的には「脚本を書く」と「演出をする」をやっているということだ。今回は「脚本を書く」とはどういった作業なのか、このnoteを読んでくれているきみだけにこっそり教えよう(需要なし)。

 音声ドラマの脚本を書くにあたって、ぼくはまず、どういうお話を作るかを決める。たとえば……って過去作のあらすじを記しちゃうとぼくがどこの大学の誰なのかバレてしまうのでそこはぼかすが、たとえば、「おれのクラスに転校してきたのは23世紀からタイムスリップしてきた少年だった」というお話を作ることを決める。それが面白いかどうかは別として、どういうお話を作るかでぼくが悩むことはない。晩年の手塚治虫が言っていたように、ぼくも「アイデアならバーゲンセールで売るほどある」。

 どういうお話を作るか決めたら、次に、そのお話に登場するキャラクターを考える。たとえば、主人公の男子中学生、23世紀からやってきた少年、主人公の幼なじみの女子、クラスの学級委員長、担任の先生、タイムトラベル理論を研究する大学院生、商店街のクリーニング屋夫妻──といった具合だ。登場人物を考えながら、ぼくはうちのサークルの部員の容姿と声を連想している。たとえば、「23世紀からやってきた少年」の設定を考えながら「この役は長谷川優太だな」と後輩の男子を連想していたりする。

 この時点でぼくは、たとえば、長谷川に「今度のぼくの音声ドラマ、出てもらえる?」と連絡する。いわゆる出演オファーってやつだ。ぼくの出演オファーが誰かに断られることはまずない。っていうか、記憶の限り過去一度もない。ギャラが発生するわけでもないのに、みんな二つ返事で「分かった!」とか「了解です」とか返してくれる。放送サークルに出演者サイドとして所属しているのだからオファーに応えるのは当然といえば当然なのかもしれないが、そうはいってもありがたいことだ。まあ、結局はぼくの創作の才能が信用されているってことなんだろうな(自惚れ)。

 この作業と並行して、あるいはそれよりはちょっと遅れたタイミングで、ぼくは物語の起承転結を大まかに決める。「23世紀からやってきた少年は最後に正体がバレて未来へ帰る」とか。そしてこの時点で、ぼくの脳裏にはすでにいくつか具体的な台詞とト書きも浮かんでいる。「(少し憤りながら)仮に本当のことを言っていたとしてきみは信じてくれたかい!?」とか、「(あえて明るく)なあ、一つ教えてくれ。200年後の空ってどんな色をしてるんだ?」とか、「(涙をこらえながら)何も変わらないよ! 何も変わらない! 青色だったり、ねずみ色だったり、青と白とねずみ色が混じってあったり」とか。その場面で流すBGMを思いついていることもある。

 ここまで来ると、いよいよ脚本の執筆となる。ぼくは自宅のパソコンの電源を入れる。ぼくが脚本を書くのは、夜勤のバイトがない日の午後10時以降が多い(「夜は悪魔が支配する時間なので原稿を書いてはいけない」というボンヘッファーの教えには反している)。「脚本を書くためにパソコンの電源を入れる時間」。ぼくはこの時間が人生でいちばん憂鬱だ。いっそのこと死んでしまおうかとさえ思う。ぼくは自分自身に必死に言い聞かせる。頭の中ではシナリオが断片的にせよ出来上がっているのだから、あとはキーボードをカタカタ打って文字にしてしまえばいいだけなんだ。実際ぼくはずっとそれをやってきたじゃないか。やれてきたじゃないか。がんばれよ、ぼく。思い詰めるなよ、ぼく。書けばいいだけじゃないか。書けばいいだけじゃないか。書けばいいだけじゃないか。書けばいいだけじゃないか!

 しかしそうは言っても、ぼくは執筆作業に臨むのが苦痛でたまらない。血を吐く思いでWordを起動する。真っ白な画面はほとんど死刑宣告書である。ぼくはどうして音声ドラマを書くような人間になってしまったのだろう。今回の番組発表会のプロデューサーに「音声ドラマやります」と名乗りを上げてしまったこと、同期や後輩に出演オファーをしてしまったことを激しく後悔する。いまからでも「ごめん、やっぱり作れない」とプロデューサーに連絡しようか。うん、そうしよう。しかし、なんて言い訳しようか。「ぼくは自己に才能がないことを悟りました」とかだと太宰チックで大げさだよな。それだとぼくのプライドも傷付いちゃって我ながらかわいそうだし。かといって「バイトのシフトが入ったので無理です」じゃ言い訳として弱いよな。「日本語が急に読み書きできなくなってしまったんです」はどうだろう。意外といいかもしれない。ただ、多田野あたりが「えっ、(ぼくの下の名前)さん本当ですか。病院行ったほうがいいです。いまから行きましょう!」とか騒ぎだしたら面倒だぞ。多田野は冗談と本音の区別がつかないところがある。以前ぼくに「バカじゃないの?」とツッコまれた時に「えっ、『バカ』ってひどい……」とちょっと本気でショックを受けていた。あの「バカじゃないの?」はぼくの昔からの口癖で、あくまで愛情ありきのツッコミ台詞にすぎないのに。多田野さあ。この際だから言わせてもらうけど、きみのせいでサークル内の男子の人間関係めちゃくちゃになってるんだぞ。現会長の河村と次期会長の岩下が気まずい仲になってるのはきみのせいだぞ。かわいくて親しみやすい女の子だし、ぼくもきみのことは好きだ(後輩として)。でも、その人懐っこさが恋愛免疫のない男どもにどういう影響を与えるかもうちょっと自覚してほしいっていうか……いや、そんなことはどうでもいい。ぼくは自分の音声ドラマについて悩まなければいけないのだった。あー、どうしてぼくは音声ドラマなんて書いてるんだ。書かなきゃいけない羽目になってるんだ。はあ、もうこんな稼業はうんざりだ!

 ポチ。ポチ、ポチ。カタカタカタカタ。いざキーボードを打ち始めたら、ぼくの執筆作業はスイスイ進む。最初の場面説明から最後の台詞まで、一晩のうちに一気に書き上げてしまう。ぼくの考えていたキャラクターが勝手に動いて、勝手に展開を作ってくれるのだ。ついさっきまであんなに憂鬱な気分だった自分が馬鹿らしく思える。ほらさ、書いちゃえばいいんだよ。何が「真っ白な画面はほとんど死刑宣告書である」だよ(嘲笑)(爆笑)(哄笑)。あと多田野、さっきはひどいこと言ってごめん。きみは何にも悪くない。悪いのはきみの善意を勘違いする男たちだ。というわけで。いやあ、今回もいい脚本が書けました。っていうか、そもそもぼくは「いい脚本」しか書けないのでした。「悪い脚本」なんて書き方が分からないよ(戸惑い)。ぼくが書けるのは「いい脚本」か「とてもいい脚本」だけだ。

 ぼくはエクスタシーに浸りながらWordファイルを最終保存し、浴室へシャワーを浴びに行く。すっきり。さっぱり。パジャマに着替えてスマホを確認する。INIの許豊凡(シュウ・フェンファン)くんからのプライベートメール(月440円払うと不定期で送られてくるやつ)と、彼女からのおやすみメッセージが届いている。脚本を書くのに集中していたため、由梨のメッセージを未読スルーしてしまっていた。フェンファンのプラメには返信しようがないが、由梨には返信しなければならない。このままだと警察に行方不明届を出されてしまう。でも、いま午前4時か。うん、明日の朝(正確には今日の朝)に「昨日はごめん」と「今日はおはよう」を兼ねたメッセージを送ることにしよう。他大学だが由梨も放送サークルに所属する身なので事情は分かってくれるだろう。そしてぼくは眠りに就く。もちろん寝坊する。目が覚めたらもう午前10時半なので、慌てて家を出て、学校へ向かう電車の中で由梨にメッセージを送る。そういう時はだいたいフェンファンからのプラメも届いている。ほんと、フェンファンって宇多田ヒカル好きだよね。

(注:このあとぼくは脚本の中身を何度か修正することになるが、そこのところはもはや「演出をする」のプロセスに移行してからの話なので、稿を改めることとしたい。→「ぼくは演出をするのが楽しい」。次回の更新もお楽しみに! ぼくを見捨てないで!)

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