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植物を育てる

植物科学の基本は「植物を育てる」ことです。

「植物を育てる」と聞けば、「土に種子を撒き水をやれば植物は育つ」と簡単に考えるかもしれません。
あながち間違いでもないですが、現実にはそんなに単純ではありません。

現在、私たちはモデル実験植物であるシロイヌナズナ、イネ、ミヤコグサ、ゼニゴケなどをはじめ、栽培作物を含めて、ありとあらゆる数多くの植物を栽培することができます。
イチゴや樹木など、ランナーや挿し木等の株分けで栽培できる植物種も多くあります。
イモは受粉して種子を得ることも可能ですが、種芋から栽培することが多い植物です。
球根から育てる植物もあります。

しかしながら、全ての植物種が種子から植物体を育て、さらに種子を採取し、次の世代も同様に栽培することが可能とは限りません。
現在栽培されている野菜はF1ハイブリッドのものが多く、そのまま種子を取っても次の世代で同じ品質のものが均一に育つわけではありません。
当然、種無しスイカなどは、その果実から種子を得ることはできません。
海外由来の植物種は、その親株の栽培と種子の採取は海外で行われていることが多く、日本で同様に栽培しても良質な種子を得られるとは限りません。
モデル植物であるシロイヌナズナであっても、ヒマラヤ地方由来の野生株等、通常の栽培条件では栽培の困難な系統もあります。
高山植物やランなども栽培の難しい植物種です。
中には山火事によって刺激を受けた時のみ裂果し発芽するバンクシアのような植物もあります。
樹木、ササ・タケ類など、開花周期が数十年の植物種は種子から栽培して交配し、次の世代を得て解析するというのは現実的ではありません。
一般的に、暑さや寒さに弱い、病気に弱い、共生菌への依存度が高い等、環境適応力が低い植物種は栽培に困難を伴うことが多いようです。

通常の遺伝学やゲノム編集による作物の創出では多くの場合人為的な交配を伴いますが、受粉して種子を得ることが難しい植物種ではそれらを行うことは困難です。
(ゲノム編集自体は可能だが、交配が不可能な品種では外来遺伝子を除去するのに困難が伴います)

植物科学の研究では、何をおいても植物をきちんと育てるということが大事です。
植物を用いた生理学的な実験や分子生物学及び遺伝学では、発芽や成長速度が均一に揃うということも重要です。
植物の発芽や成長速度が揃う植物は限られているので、自ずと研究に使われる植物種も限定されてしまいます。

植物の形態や成長は光や温度、湿度、病害虫やウイルスなど、さまざまな環境要因によって変化します。
植物がそれら環境をどのようにして認識し応答しているかを明らかにすることは、現在の植物科学において重要なトピックの一つです。


植物の研究では、比較対照となるコントロールをとってきちんと育てることが重要です。
植物をきちんと育てることができなければ、本来差のあるものでもサンプル間の差よりも同一サンプル内でのバラツキの方が大きいといったことにもなりまねません。

極端な例を挙げれば、通常の培養室と冷蔵庫に放り込んだ植物を比較して「低温条件での遺伝子発現を調べた」と言ってはいけません。
低温条件での遺伝子発現を比較したい場合には、光や他の条件を可能な限り揃える努力をしましょう。
(同じグロースチャンバーを用いる。同じ光質の蛍光灯を用いる)
八百屋で売っているホウレンソウともやしを買ってきて、これから食べる製品の成分を解析し、人間の健康に関する考察をするのはアリですが、その結果を用いて「明所条件で成分Aが増えて、暗所条件で成分Bが増える」というのもナンセンスです。
明暗所の比較をしたいのであれば、同じ植物種で光以外の条件をできるだけ同一に揃えて栽培したサンプルを用意しましょう。
野外の場合にはなかなかそうもいかない場合もありますが、関東の圃場と北海道の温室、東南アジアの荒原のイネといった比較はできるだけ避けたいものです。それぞれの圃場、それぞれの温室といった比較にしましょう。

近年、オミクス(Omics)研究が盛んに行われていますが、「植物をきちんと育てる」「コントロールをきちんと取る」ということができなければ、何を比較しているのかわからず、コミックス(Comics)になってしまいます。
今後データを解析する人のためにも、最低限、用いた品種、age、緯度、経度、光、温度、サンプルの採取時刻など、詳細なアノテーションの記載を心がけましょう。

近年、自然農法や無農薬といった言葉が流行りです。
昨年、農林水産省は、農業の生産力と持続性の両立の実現を目指す「緑の食糧システム戦略」を策定しました。
2050年までの農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現や、有機農業25%、100万haに拡大などの目標が掲げられています。
CO2を大量に消費するトラクターなどの農業機械の使用や、その合成時に大量の化石燃料を必要とする化学肥料や化学農薬を減らしていく試みは世界の流れです。

しかし、農作物の収穫量や品質は肥料のインプットに対するアウトプットの成果なので、単純に不耕起農業を推進し、化学肥料や農薬の消費を減らすだけでは、現在の慣行農法と同程度の収穫量や品質を保つことはできません。
現在の慣行農業では、農家の方は肥料や農薬を適切に管理活用することで、植物の能力を最大限活用して作物の収穫量や品質を保つように栽培をしています。
トラクターなどを使わない不耕起栽培や有機農業を進めていくのであれば、それに適した品種の開発が必要となるでしょう。
そのためには、もっと土壌微生物叢や植物の生育、環境応答、植物微生物間相互作用についての理解を深め、土壌微生物の活用や遺伝子組換えなどの作物品種の大幅な改善に繋がる技術が必要になると思われます。


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