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植物科学でできること、できていないこと~ゲノム情報と遺伝子発現解析

近年、有機農業や無農薬が流行りである。地元の小学校も「オーガニック給食」と称して、化学肥料不使用、無農薬の給食を提供しているらしい。

大量の化石燃料を必要とする化学肥料や農薬を減らしていく試みは世界の流れで間違いではないが、一方で、世の中すべて自然農法や無農薬で回ると思われては困る。有機農業も自然信仰も個人の範囲でやる分には構わないが、現状、世界の食糧を支えているのは化学肥料や農薬なので、それらを一方的に否定する主張が初等教育の現場に入り込んでいるのはいかがなものでしょうか?

一部に、種さえ撒けば作物が育つと主張する人たちもいるが、あまりにも素人考えで勘違いが甚だしい。実際には、農家の人達は土から作り、肥料も必要で、放っておけば虫もつき、病気にも罹るので、それなりに手間がかかるものである。手をかけずに、巷に出回っている野菜や果物、穀物と同じ品質のものが同程度の収穫量を得られるわけではない。

40年前には40億人の人口で10億人が飢餓で苦しんでいたが、今では80億人の人口のほとんどを養えているのは、化学肥料や農薬(その他、品種改良、灌漑、流通等)のおかげである。

実際、雑草ならばそこらへんに種子を巻いておけば増えるかもしれないが、植物を栽培するのは難しい。モデル植物のシロイヌナズナでさえも、野生株系統によっては栽培が困難なものもあり、ちょっと古いだけで発芽しなかったりする。ジベレリン処理を行うとレスキューできることもあるが、栽培方法には光、温度、湿度、肥料、病害虫など様々な条件があり、植物をきちんと育てることは思うほど簡単ではなく、奥が深い。

植物の栽培については前回も少し書いた。


さて、今回は、現在(2022年)の植物科学でできること、できていないことについて、主にゲノム情報や遺伝子発現解析について整理してみる。

<ゲノム情報を得る>
現在の生命科学では、ゲノム上の遺伝子配列や遺伝子産物の組成に関する情報を得ることは非常に重要です。そして、現存するほとんどの植物種からゲノムDNAを単離し、DNA断片の塩基配列を決定することは技術的に可能です。化石や枯れた植物などでもDNAが分解しているものでなければ、細胞がよほど硬い殻に包まれているものでなければ、DNA断片の調製や塩基配列の決定は可能です。実際に多くの植物種でゲノムDNA塩基配列が決定され、データベースに登録されています。

しかしながら、多くの植物種では進化の過程で過度にゲノムの重複や倍数化が起きているため、ゲノムDNA断片の配列を整列化して一本の染色体レベルに情報を繋ぎ合わせる作業はまだまだハードルが高く困難な作業です。正確に繋げ合わせたゲノムDNA塩基配列、遺伝子領域などのアノテーション(注釈)が付与されたゲノム情報が公開されている植物種は限られています。

多くの植物種では、遺伝子発現情報を得るためにRNAを調製し、RT-PCR、ノーザン解析、RNA-Seq解析などで転写産物の蓄積量を解析することが可能です。しかし、果実など多糖類を多く含むサンプルでは、綺麗なRNAを調製するのは簡単ではありません。液胞を多く含む細胞や細胞壁の固い組織からのRNA調製も時に困難を伴います。

タンパク質や脂質、代謝産物の解析においても、さまざまな夾雑物の影響によって、解析の容易な植物種やサンプルとそうでないものがあります。近年、多くのメーカーからさまざまな試薬やキットが販売されているため、目的の植物、組織サンプルにあったものを探すことができます。

形質転換が可能なモデル植物では、プロモーター::レポーター遺伝子を導入して、遺伝子の発現(転写活性)や遺伝子産物の局在等を解析することが可能です。レポーター遺伝子としては、生物発光タンパク質、蛍光タンパク質、発色タンパク質、タグタンパク質などがあります。これらは抗体や色素を用いて認識することで、遺伝子の発現や局在を解析することができます。

一般に、半減期の短いルシフェラーゼなどの生物発光レポーター遺伝子は、転写活性の解析に適しています。蛍光タンパク質などの比較的半減期の長いレポーター遺伝子は、細胞内局在を調べることに適しています。GUSなどの基質を発色させるレポーター遺伝子は、転写量の少ない遺伝子の発現解析や発現量の定量、酵素活性の測定などに適しています。

レポーター系はそれぞれ特性があるため、適切な使い方を選ぶことが重要です。


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