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2020年4月23日 社長、紫原明子

もぐら会で作る本、通称「もぐら本」の制作が佳境を迎えている。この本は、正直言ってすっごいことになっている。お話会を初めてやってみたときに、なにか突飛なことをするわけでもないただの自己紹介なのに、どうしてこんなに退屈せず、面白く、心の底から不思議な人類愛が湧き上がってくるのか不思議で仕方がないということが起きたのだが、もぐら本でも信じられないことにこれと同じことが起きている。でも私は制作に携わっている者だし、自分たちが作ったものを愛おしく思うのは当然のことのようにも感じるし、客観的に見てどうか、というのはわからなかった。それが、やっぱりこの本はすごい本なんだ、と再確認することがあった。
入稿前の最後の原稿チェックとして、今チーム全員で原稿を読んでいるんだけど、みんな半端なく優秀なのでノンブルの位置のミリ単位のズレとか誤字脱字をちゃんと見つけてくる。ところが私はもともとその辺のセンサーが弱いというか、もしかしたらセンサーそのものを持たずにこの世に生まれてきたかもしれずもう全然だめなのである。昔、鴎来堂の柳下さんが、校正は普通の読み方とは違う読み方をしなければだめだからね、というお話をされていたのでそれを思い出しやってみようと試みるも、どうしても意味ばかりが入ってきちゃうんである。でも途中からこれは私のスペックのせいだけじゃなくて、寄せられた原稿一本一本の力のせいかもしれないという気もしてきた。なんというかみんな、ものすごく自己肯定出来てない? もぐら会を始めて間もない頃、お話会では自己肯定感の低さや何者にもなれないことについての悩みを話す人が多かった。どうしたものか、と考えたものだけど、今こうしてみんなの原稿を読んでいると、みんな何者でもない自分として過去の自分に堂々と胸を張っている。それがあまりにも眩しくて心を鷲掴みにされて体から取り出されホースで水をブシャーっとかけられゴシゴシ洗われているかのような気になってくる。で、驚くべきことにここまでのもぐらたちの文脈を何も知らない息子に読ませたところ、彼もまた同じ感想を持ったようなのである。

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