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免許合宿中、前髪が変だったので「前髪」と呼ばれていた

前回↑

仮免を取得するためには、学科試験と技能試験を合格しなければならない。学科試験は90点以上。技能試験は70点以上必要だった。

まずは学科試験。わからない問題が10問あった。1問2点なので、半分以上間違っていれば不合格となる。試験が終わり、合格発表の時を待つ。

電光掲示板に合格者の試験番号が映し出された。1から8の数字が綺麗に並んでいる。全員合格だ。周りからは歓喜の声。俺も嬉しいと感じていたはずだけど、その感情は瞬く間に心の穴に吸い込まれて、すぐに無の状態になってしまった。いつものことだから仕方がない。

教官が「満点が3人います。記念品を渡すので来てください」と言った。優秀な人ばかりだ。「点数を知りたい人は私に尋ねてください」俺は何点だろう。90点だった。ギリギリ合格だ。他の人の点数が聞こえてくる。96点、98点、、。みんな、やるなあ。一安心し、荷物を置いていたソファに戻った。

そこに若くてアホそうな女の子2人組のうち1人が座っていた。2人分のスペースしかないので座ると必然的に隣になる。

「お、お疲れ様です…」と言われた。いきなり近くに座られた気まずさを感じさせる言い方だった。「お疲れさまです」と返すと、2人組のうち、もう片方の女の子がこちらに向かって歩いてきた。それから、まるで昔からの友達だったかのように「やっぴー、お疲れー」と俺に言った。気さくを売りにしているタイプか。「お疲れ~」と俺は意識的に語尾を伸ばして言った。

彼女は「90点でしょ?」と笑いながら言ってきた。俺は嬉しかった。こういうのを待っていたんだ!こんな会話をずっと待ち望んでいた。俺は今、下に見られている。人を下に見るというのは心の距離が遠いうちはできない。つまり、歩み寄ってくれたんだ。ただの事実として言うが、高校までの勉強では、俺よりもできる人はほとんどいなかった。こういう風に下に見られる、点数低いねとバカにされる感じは今まで経験したことなかったので、最高だった。「ギリギリじゃん」。笑われて嬉しかった。

「みんなすごいよね、大学生?」と尋ねたら、2人とも早稲田の4年生だった。そして、その話を聞き付けてやってきたカップルの男の子の方が「早稲田なの?俺も早稲田」と。早稲田の院生だった。さらに男の子の話を聞いていくうちに別グループの女性3人組も早稲田の院生だとわかった。なんだこの免許合宿は。山形のなんにもないところに、早稲田の学生たちが集まってる。早稲田の学食にこの教習所のパンフレットでも置いてあったんだろうか。

その後、実技試験を乗り越えて、仮免には全員が合格した。2週間の免許合宿のうち、折り返しとなる7日目。それまでバラバラだった2人1組のグループ3つ+俺との間に初めて一体感が生まれた。紐の延長線上にある4つの結び玉がほどけて1つの直線になったような心地だった。こうして俺の免許合宿前半戦が終わる。

それ以降の毎日はただただ楽しくて仕方がなかった。休み時間いつもひとりで短歌を作るなどして時間を潰していた俺は、早稲田の子たちと一緒のテーブルに座って会話するようになった。俺は前髪が変だったので「前髪」と呼ばれていた。それから色々派生して呼び名が「ひき肉」になった。この舐められているあだ名がなによりも心の距離が近づいた証だ。

一緒にTiktokを見た。おぱんちゅうさぎというコンテンツも教えてもらった。異国の文化に触れているみたいだった。夜中に電話が来て、話しているうちに寝落ちした。みんなで卓球をして、ボコボコにされた。学生時代、人と関わる機会が少なかったから、自分にとってはどれも新鮮な体験だった。これらが本来の純粋な楽しさというものなのか。やっと知れた喜びで胸が踊る。一般的な人はこういう日々の中で生きているんだろうか。

教習所の2階には学食がある。仮免以来、毎日女子大生たちと、そこで昼食を食べながらたわいもない話をしている。それにしても、彼女らの方からカチカチと音がする。「なんか音しない?」と尋ねると、女子大生の片割れが「ああ、これ」と言って口を開いた。舌ピアスだ。初めて生で舌ピアスを見たので、俺は「ウワーッ!」と大袈裟に驚いた。舌ピアスをつけている、つけようと思った人間が今目の前にいる。就活が終わった瞬間に付けたそうだ。専門のタトゥー屋みたいなところでつけるのかと思ったが、どうやらそれは違うようで、病院で舌に穴を開けるらしい。舌ピアスは簡単に取り外せるそうだ。「夏は、舌ピアスを冷凍庫で冷やしてからつけたら気持ち良さそうだな」と言ったら困惑された。

最終日、前日走ったコースとたまたま同じコースだったということもあり、余裕をもって運転できた。皆が試験を終えて、合格発表待ちとなる中、俺のことをひき肉呼びばわりしていた女子大生がかなりナーバスな状態になっていた。「ダメかも、方向転換で脱輪した、私だけ延泊かも」。本人が思ってるより大丈夫だろという雰囲気が周りに流れていた。俺やツレの子がそう言っても「いや、もう、そういうのいらない、励ましとかいらないから」と傷つくことを恐れて心を閉じた状態に入ってしまっていた。が電光掲示板には綺麗に数字が並んでおり全員合格だった。

心を閉ざしていたその子は爆発するように喜び、みんなとハイタッチしまくる。「ごめんね、なんか私、すごい態度悪かったよね。」彼女は勝手にこの合宿の主役みたいになっていた。

みんなでバスに乗る。始まりの駅、米沢駅に帰る。教習所から15分ほどの道のり、俺はお腹がすごく痛かった。正直漏れそうだった。バスの揺れが強く腹に応えた。前に座ってる女子大生2人がたまに俺を心配してくれる。見苦しい、かっこわるい俺、と思う。どうしても俺は、いつもこういう感じになる。自覚しているのも気持ち悪い。最後の最後に、綺麗に締まらない、そんな自分が嫌いではないなと思いつつ、可能な限り肛門を締めて揺れに耐える。

「荷物見といてあげようか?」。母親のような女子大生たちのセリフに感謝と恥辱を覚える。駅に着き、扉が開く。急いで外に出て、駅員にトイレの所在を尋ねる。走れ、走れ!漏れないように走れ!ついた!空いてる!めいっぱい踏ん張れ!勢いよく放たれる!笑った!こんな頼りにならない男はいない!

外に出る。彼女らが待っててくれた。切符を買った。同じ列車に乗るのに彼女らと号車を合わせるのを忘れていて、みんな東京方面に帰るのに、実質米沢駅でお別れとなった。卓球してるときの様子や集合写真を送ってもらい、それを眺めながら東京に戻る。

短歌も十分作れたし、充実した2週間だった。あの人たちと今後会うことはあるのか。何十年後かにあの山形の地に訪れることはあるのか。そのときは今よりももっと胸張れるような生き方ができているといいな。


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