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「天上の葦」下 太田愛

本の帯に“瞳孔開きっぱなし! 心臓バクバク 読後、全身鳥肌。”と書いてあります。そんなオーバーな… と思っていたけれど、下巻はずっとドキドキしながらページをめくりました。

渋谷のスクランブル交差点の真ん中で、空を指さしたあとに絶命した1人の老人。彼が最期に見たものとは…?

元産科医だったその老人が戦時中、大本営海軍報道部にいたことが分かったあたりから、物語の空気が変わり、これはただのサスペンスではなく、歴史的出来事を描いた本だと覚悟して読み進めることになります。

下巻では、登場人物の戦時中の経験が次々と語られ、各人の胸に秘めた思いが明らかになるにつれ、一連の謎の真相が見えてきます。物語自体は完全なフィクションなんだけど、引用される戦時中の新聞の見出しや内容、報道規制、憲兵による思想取締りなどは、すべて事実。

作中にも出てきた、「あなたは自分や親兄弟友達の命を助けようとは思ひませんか」という一文で始まるアメリカ軍の空襲予告のビラを、ネットで画像検索して初めて見てみました。それから、焼夷弾が落ちても手袋をはめて川に捨てれば大丈夫、などとトンデモ情報が書かれた“手袋の威力 焼夷弾も熱くない”という見出しの当時の新聞記事も。

戦時中の日本では、思ったことを口に出せない、自由に発言できない時代だったと、ひととおり知っているはずでも、改めてそんな時代がつい75年前、2~3世代前だったことを思い知らされます。そして、報道の制限、思想の制限は、ただの愚かな過去ではなく、いつの時代でも起こり得ることも。作中のキーワードとなる、“常に小さな火から始まる。そして闘えるのは、火が小さなうちだけ”という言葉、本当に恐ろしいです。

太田愛さんは脚本家なので、目に入った文字が頭の中でどんどん映像化される感じで、まるで壮大な映画を見ているようでした。

こうして、本や映画を通してしか、第二次大戦中のことを知れなくなっていくんだろうな。


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