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「自転しながら公転する」山本文緒

 ひっさしぶりに、長い恋愛小説を読んだ。

 主人公の都は33歳。東京のアパレルで働いていた彼女が、深刻な更年期障害を抱える母親の看病を手伝うため、茨城の実家に戻ってくる。茨城のアウトレットモールに入っている、特に好きでもないブランドで契約社員として店員をしながら、モールに入っている回転寿司屋でバイトしている貫一となんとなく付き合い始める。

 家族との距離、恋人との将来、上司や後輩との人間関係、友人づきあい、仕事への不満と希望。タイトルどおり、自分のことだけで精一杯なのに、考えるべきことが山ほどあって、家族に、仕事に、恋人に、世間に、タイトルどおり振り回されまくる30代女性の2年間が描かれている。

 権力も給料も満足にもらえていないのに先輩にも部下にも頼られて板挟みに苦しんだり、まだまだ若いのに何か新しいことに挑戦するには躊躇してしまったり、親の老いや病気で自分の生活だけに集中できなかったり、情熱だけで恋愛したいのに将来に対する不安が邪魔をしたり。その上、お金の問題、実家の問題、女性特有の問題。30代女性のあれやこれやが詰まっていて、都と同世代の私としては、分かるよ、分かるよ、と頷きながら読んでいた。

 元ヤンキーの貫一になぜか惹かれてあっさりとつきあい始めた都だったが、自分の話をあまりせず、将来のことなんて考えてなさそうに見える貫一に、都は不安になる。風呂と洗濯機のない安アパートに住む貫一が、銭湯とコインランドリーに頻繁に通うことに対して、「長い目で見れば、風呂と洗濯槽付きのアパートに住んだほうが安く済むだろうに」と怒るシーンがある。一見ささいに見えるけど、こういう小さなイラつきが、将来の不安につながる気持ち、すごく分かる。

 バイトしていた寿司屋が潰れ、次の仕事を探すと言いながらブラブラしている貫一に、都は「もう潮時かな」と思う。でも同時に、震災の時にボランティアをしていたり、実は施設に入っている父親を支えていたり、何の見返りも求めずに人助けができる貫一に、都は自分には欠けていると感じていた優しさを感じる。洋服が大好きでいつもクローゼットがパンパンの都に対し、貫一は物やお金に執着がない。最低限の物だけの生活で幸せを感じられる、そんな貫一に憧れも感じる。そして、都の気持ちを決定づけるある事件が起こり…。

 作者の山本文緒さんのインタビューを読むと、少女漫画みたいな小説をイメージして書いた、と仰っていて、なるほど!と思った。二人の関係が物語の中心となって、読者がドキドキはらはらさせられるこの感じは、まさに少女漫画を読んでいるような快感。

 最後の寿司屋のカウンターでのシーンでは泣いてしまった。読み終わったあと、このシーンを20ページほど前から何度も読み返しながら、「はああ~」とため息をつい、都の選択をかみしめた。プロローグとエピローグで描かれるエピソードもステキ。ドキドキ楽しい読書時間だった。

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