自分史的なクリッピング史料

昨日、漸く自宅の子供部屋における大きなゴミ(粗大ゴミに出さなければならないもの)を解体した。長男が使っていた机だ。多分、もう15年以上は経っていて、ついつい物置き場所になってしまうので、何とかしなければと思っていた。この机は、書棚と机が一体化されたものなので、書棚だけを分離してそれは残すことにしたけど、物置きの中心は捨てられないでいる辞書たち。いつ使うかも分からないのに、いざという時に辞書を新たに買う気にもなれないし捨てないでいる。もっとも大きなものが広辞苑だ。

2020年4月15日 朝日 時代の栞 「広辞苑」1955年刊 新村出編
うつりかわる日本語 教養の「缶詰」知への欲求映す

この記事の冒頭で紹介されている岩波書店の編集部の方が語る2018年刊行の第七版にまつわるエピソードから始まる。元首相の「羽田孜」の項目が赤字で追加されていて、校了直前に亡くなったため急遽の追加となったとある。

広辞苑は言わずとしれたベストセラーで累計1200万部を超えていて、国民的辞書という立場となっている。川端康成が「終生の机上の師友になるだろうと言った」ということが記されている。

広辞苑のオリジンは、1935年、新村出(言語学・日本語学者)が博文館から刊行した『辞苑』。戦後岩波書店が引き継ぎ刊行されることに。外来語や民主主義の関する新しい概念、最新技術の用語が採り入れられ編集作業には7年もかかったとある。あれだけの分厚さだからそりゃそうだと自然に思う。

次いで、元編集者のコメントが付されているけど、「初版当時の社員には復員した人もいたので、新しい日本をつくろうという気概が込められたのではないか」と。初版は14年間で100万部発行。第2版(1969年)は230万部、後補訂版(1976年)230万部、第3版(1983年)260万部と発行部数を伸ばしている。

第3版から見出し語が文語形から口語形に変わり文字も一回り大きくなったとあるので文語形の見出しを見て見たかったなぁ?読みにくそうだなぁ?と関心は湧く。さらに第4版からは日常生活に即した言葉に力が入れられ、新聞の家庭面や広告からも集めるようになり " お茶の間性 " を発揮し始めた。

関西大学の先生は、「教養の大衆化」を広辞苑の売れた理由としてあげていらっしゃり、戦後の高揚感が感じられる。高等教育機関(大学や高校)への進学率も高まり、インテリ層だけでなく、中間層も教養や知識への欲求が高まっていったと記されている。その先生は広辞苑こそ「知の缶詰」で辞書への憧れや辞書自体のオーラがあったと分析されている。この頃から広辞苑は権威化していったのだろうか。

広辞苑でも時代の趨勢には抗えない。第3版をピークに減少し、その後電子辞書も不調に陥り、スマホに席巻される。第6版からはアプリ版も出たとある。第7版では、サブカル分野をかのサンキュータツオさんが担当されたあるので、広辞苑で辞書を編んだ人になったのだ。羨ましい!権威が時代に合わせて変化していくさまなのだろうか。でも必要とされる期間・時間は相当なもの。タツオさんは、第三者によるフィルタリングが求められなくなり、情報への対価を払う余裕もない人や、そもそも正確性や無知を放置することにためらいの無い人も増えて、情報に分断が起きていると分析されている。

では、辞書は絶対的な正確性を有しているのか?と言えば決してそうではない。各社で出されている辞書には特徴もあり違いもある。辞書の意味を参考にしつつ、それぞれがどう解釈していくのか、自由さを孕んでいるところに自分磨きの要諦があると編集者の方のコメント。辞書をひいて言葉の感性を磨き、時代性を感得する、といった態度が涵養されていくのではないかと。

きっとその時々に話題となった、時代を象徴する言葉や持続性を確保した言葉が辞書に掲載されていく、編まれていくのだろうなぁ。

左隣のコラムには三浦しおんさんのコメントが付されている。三浦さんも言葉に込められたニュアンスをどう受け止めたのか、語釈に表れるとおっしゃっていて、言葉の自由さを堪能すべきなのだろう的なコメントを付されている。絶対的な正確性を求めるのではなく、概念的なものを掴み、誤用をある意味では恐れず、柔軟な姿勢を有していることで、辞書の活用が生きてくるのではないかと。

三浦さんは最後の締めで、紙の辞書は読んで、見て、触って楽しめる。文字量の制限もあって考え抜かれた説明で要点を理解できる。そして視線を広げると隣の芝生(言葉)が見える。新しい発見があるかもしれないと。これだけの役割を担う辞書とは単なる権威化だけでは括れない。

因みに家に残る広辞苑は第3版だった。多分、自分が成人式の際にもらったものだろうと思う。全くと言っていいほど使う機会はないけど、何故か自分の時代を象徴するものとしてとってある。たまにめくってみようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?