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映画『イノセンス』にみる“ゴシック建築”

ビジネスに使えないデザインの話

ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、ビジネスには直接使えなさそうな内容です。あ、今回もデザインではなく、アートの話です。記事は、毎日午前7時に更新しています。


映画『イノセンス』

押井守監督の映画『イノセンス』(2004)

映画『イノセンス』は、漫画・アニメ・映画『攻殻機動隊』のスピンオフ的な作品で2004年公開。監督は、1995年公開のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と同じく、押井守氏。今回も映画の内容より、映画に出てくるゴシック建築についての話です。

映画『イノセンス』のゴシック建築

この建物はゴシック建築ではありません。
映画『イノセンス』より

映画はアニメだからこそなほどに緻密な風景描写に満ちているのですが、そのなかに「ロクス・ソルス社」という企業のビルが出てくるのですが、このビルがスケールの大きなゴシック建築なんです。しかし屋内はまったくゴシック建築ではなく、中国的な装飾に満ちています。実際に、押井守氏は、美術に「チャイニーズ・ゴシック」という指示を出していたそうです(※1)。この映画を観るとゴシック建築の特徴がわかりやすい。そんなゴシック建築の3つの特徴をまずご紹介。それが映画『イノセンス』にどのように現れているのかをそのつぎに解説していきます。そのまえに短い余談をひとつ。

ロクス・ソルス

レイモン・ルーセル(著)『ロクス・ソルス』

「ロクス・ソルス社」の「ロクス・ソルス」は、フランスの詩人、小説家、音楽家のレイモン・ルーセル氏による1914年に発表された小説のタイトルです。その内容と主人公たち(トグサとバトー)に起こる出てきごとがリンクしています。「ロクス・ソルス」のあらすじは、このようなもの。

「著名な科学者であり発明家であるマルシャル・カンテレルは、同僚たちを彼の別荘であるローカス・ソルス公園に招待します。一行が屋敷内を見学していると、カンテレルがどんどん複雑怪奇になっていく発明品を見せてくれます。歯のモザイクを作る空中の杭打ち機、水を張った巨大なガラスのダイヤモンドの中に踊る少女、毛のない猫Khóng-dek-lèn、保存されたダントンの首が浮かんだ後、中心で最も長い通路に入る。巨大なガラスの檻の中で行われる8つの奇妙な生け贄の描写。カンテレルが発明した液体を新鮮な死体に注入すると、その死体が生涯で最も重要な出来事を演じ続けるようになる」

https://en.wikipedia.org/wiki/Locus_Solus

ゴシック建築の3つの特徴

ゴシック建築

フランス・パリのノートルダム大聖堂
Steven G. Johnson - 投稿者自身による作品 via Wikipedia, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=223969による

ゴシック建築(Gothic Architecture)は、ヨーロッパで12世紀後半から16世紀にかけて流行した建築様式。

ゴシック建築の特徴

ゴシック建築は、尖頭アーチ、飛び梁(フライング・バットレス)、リブ・ヴォールトなどがその特徴です。これらを美的に総合させているのがゴシック建築のすぐれたところであり、ロマネスク建築が部分と部分の組み合わせで構成され、各部がはっきりと分されているのに対し、ゴシック建築では全体が一定のリズムで秩序づけられています。

尖頭アーチ

尖頭アーチ(Pointed arch)

尖頭アーチ(Pointed arch)は文字通り、先端のとがったアーチ。


飛び梁(フライング・バットレス)

飛び梁(フライング・バットレス)
 source: CASCE “Physical Demonstration of Flying Buttresses in Gothic Cathedrals”

フライング・バットレス(flying buttress)とは、空中にアーチを架けた飛梁(とびばり)。もともとの「バットレス」とは、建築物の外壁の補強のため、屋外に張り出すかたちで設置される柱状の部分のこと。建物を高くすることで不安定になるところを外側から支えることで安定させる役割を持っています。そしてこのフライング・バットレスによって壁にステンドグラスなど開口した部分を作ることができるようになりました。「より高く、より明るく」を目指すゴシック建築の思想を具現化する技術。

リブ・ヴォールト

リブ・ヴォールト(Rib vault)は、 建物の広い内部空間を覆うために使用される建築造作で、ヴォールトの表面が対角的なアーチ型のリブ(rib)の枠組みによるウェブ(web、蜘蛛の巣) に分割されるもの。ヴォールト(vault)とは、アーチを平行に押し出した形状(かまぼこ型)を特徴とする天井様式。日本語では穹窿(きゅうりゅう)。

教会建築にみえるヴォールト(チェコ共和国、オロモウツ)
Michal Maňas - 投稿者自身による著作物, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=917493による


映画『イノセンス』に出てくるゴシック建築

ロクス・ソルス社
映画『イノセンス』より

映画『イノセンス』に出てくるロクス・ソルス社は、このようにバリバリのゴシック建築に見えます。しかし塔のひとつひとつが高層ビルのような作りになっており、スケールは実際のゴシック建築の建造物の何倍もの大きさです。ちなみにこちら(↓)は、ロンドンのストミンスター寺院。

Westminster Abbey, London
source: AD “8 of the Best Gothic Cathedrals”

映画『イノセンス』で描かれる「フライング・バットレス」

映画『イノセンス』より

構造的には必要がないが、「ゴシック建築」的に見せる意匠として描かれるフライング・バットレス。こちら(↓)が、さきほど紹介したフライング・バットレス。

飛び梁(フライング・バットレス) 
source: CASCE “Physical Demonstration of Flying Buttresses in Gothic Cathedrals”

映画『イノセンス』では、フライング・バットレスの一部に槍を持った中国的な像が付いているところ。

まとめ

この映画では「なんだかよくわからない世界に迷い込んでいく」という世界観を形成しようとしています。そのため、実際には存在しない「チャイニーズ・ゴシック」というコンセプトで風景や建物、空間をデザインしています。ゴシック建築に詳しくても、「ここは一体どんな場所と時間なんだ?」と混乱させる描写です。そしてその戸惑いを深めるためにか、描写のディテールが非常に細かい。「神は細部に宿る」と言いますが、その具体例としても好例です。ちなみに、この「神は細部に宿る」(God is in the detail)という言葉を残したのは、「近代建築の三大巨匠」のひとり、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ。

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエによる最後の住宅作品「ファンズワース邸」(アメリカ合衆国、シカゴ)
画像引用:https://hash-casa.com/2019/06/17/farnsworthhouse/

アニメ映画に限らないのですが、ディテールにも注力している作品は、何度見ても楽しめます。腕時計は何か?飲んでいる酒は?書体は?建物のデザインは?などなど、なんとなくではなく、何かしらの意味があるからです。今回、わたしは意味までは見いだせないまでも、「おおお!フライング・バットレスじゃないか!」と嬉しくなっちゃいました。ということで、あまり何の役にも立たないアニメ映画に見た建築デザインの話でした。


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参照

※1




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