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月夜の集会

「月がきれいだ」

呆けたまぬけ顔を道行く人に見せても恥など感じない。月がきれいだなあ。

腹鼓をうつ。ぽすっ。いい音はしない。残念ながら鹿田は痩せてしまったからな。ふん。鼻歌で歌う。月の歌。

ビールをかざす。ビールが、月光を後光にして尊い。カプス。プルタブをあけると黒い空にふんわり、かわいい雲が浮かんで消えた。ゴクッ。ふあぁーっ。

お月さん、あんたがこんなにきれいということは、皮肉にもやはりここは秋なんですね。

街を歩く。首にマフラーさえ巻いている。飲んだ空き缶を足元に転がし、蹴り上げようとしたら転んでしまった。あ、いつもの如く空想だからね。決して僕はポイ捨てなどしない。それは本当だ。

空想に戻る。後頭部からコンクリートにつき、空に星が回った。「うたげざ、だおあい!」ろれつの回らない口で、宴をはじめる。空と。僕と。

背中のコンクリートはいつまでも冷たいし、両端には街並みが続く。石垣の上には猫たちが集まり、ヤジを飛ばしてはひひーんとひと鳴きし、猫の顔したケンタウルスになった。

僕は賑やかになった夜の世界がうれしくなって、また陽気に歌を歌いだす。ともだちのオリオンも地平のすみでこっそりこちらを覗いているから「久しぶりだな」とあいさつをして、あとは一緒に飲むことになった。

ケンタウルスになった猫たちは強気になって空中でホバリングしては相撲のようなことをしている。負けた方はにゃあと鳴いて、猫に戻ってしまう仕様のようだ。

僕がそんな猫をかまって(猫アレルギーだけれど、空想だから問題ない)おいでおいでというと、うれしそうにごろにゃ~んと鳴いてやってくる。

それにしてはやけに獣臭いと思ったら、狸までいる。ぽんぽこぽんぽこ素敵な月夜だ。僕も狸の葉っぱを一枚借りて、一緒に狸になって腹鼓をした。ああ、久しぶりの腹鼓。月夜だ月夜、ぽんぽこりん!

猫は木天蓼(またたび)に酔って、すっかり宴会の輪にまざっては頭に鉢巻をまいている。片手にはとっくりだ。話を聞いてみると「ニャンニャー、ニャンニャンニャンニャー」と言っている。なるほどね。

さあ、そろそろお前もおりて来いよ。ごめんごめん、月。

と、いい終えたかおえないかで光速で空より月が下りてきた。シュワッチのポーズで斜めに降りてくる月のまぶしいことまぶしいこと。そして頭突きを食らっては、くらっと一気に酔いが回った。

「おせーよ、ばか!」

なんだ、泣いてるじゃないか月のやつ。ごめんごめん、まあ飲め、飲め。飲んで楽しくやろうよ今夜は。今夜も。

「かんぱーい!」

僕と、月と、星と、狸と、猫と、すすきと、電信柱と、尻の下のコンクリートと、風と、みんなの声が世界中に響き渡って、秋の魔法になればいいなあ。


おわり

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