見出し画像

作曲のきっかけ、その5

ギターの作曲をするようになってから最初に気が付いたのは、クラシックギターという楽器は、かなりの制約があるという事でした。
音域は低くて狭い(譜面上はオクターブ上に書いてありますが)簡単に
アルベルティ・バス(ドソミソ・ドソミソという伴奏)などソルの作品でも
あるので自分も使ってみると、自分ではすぐに続けられなくなります。

作曲当初の頃はおかしいな?と思ってセゴビア版のソルの練習曲を見直すと、流石はソル!
低くなりすぎてしまった音形をさらりとわからない様に戻したり、
アルぺジオの形を工夫して響きを良くしたりと、多数のギターならではの
アイディアが組み込まれてます。

「ふ~ん!ソルでも苦労している、というか不自由なギターの作曲の中で良く考えているのだなぁ」と思った瞬間に閃きました!
「そうか!制約が多いギターだからこその楽しみ方もあるのかもしれない!」
つまり、私の好きな料理に例えれば、いつもグランドキッチンで助手が数人いて、すべての材料が揃う場所で料理をしている訳ではないのですね。常に足りない物もある、出来る範囲でそれなりに工夫して料理を楽しんでいる訳ですから。もっと言ってしまえばキャンプ場で行う料理などは制約だらけ。
焚火の調節もままならないですし、まな板の場所も水平を確保できないなど
難問だらけですが、その工夫を楽しむためにキャンプで料理をしていると言っても過言ではないですよね。

では、ギターで作曲をする時にも不自由や制約を楽しむように書き進めれば良いのだ!と気が付きました。

それからは、作曲していてギターで出来ない事が出てくると
「お!いいね!このパターンはこの場所ではもう使えない、という事は別の事をしよう!」とか
「うひゃ!美しく書けたのにこれでは弾けないではないか!よし、得意のギター用にアレンジしてしまえ!」ってギター独奏用のオリジナル曲を書いているはずなのに(笑)

このターニング・ポイントから私のギターへの作曲の考え方が変わったのは
とても大きかったですね。

最近はもうパソコンのみで気持ちよく書いて、できた作品を
ギター用にアレンジする。勿論トランスクリプションでは弾けないのでここでギタリストのアイディアをふんだんに入れ込むというやり方が定着してきました。
ギターアンサンブルの曲はパートもあり少し制約がなくなるので、最後までこのやり方で気が付くと一度も弾かないで完成という事も!
でも、何回か弾かないと大変なことになります。そう、ギターで弾けない曲になっているからですね(笑)

私にはこのやり方(自由に作曲~各種ギター様に自分で編曲)が合っているのかもしれません。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?