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『水妖記(ウンディーネ)/フリードリヒ バローン ド ラ モット フーケー』〈岩波文庫〉【1400字】

1)作品紹介

 湖のような青い瞳、輝くブロンド。子供をなくした老夫婦のもとにどこからか現れた美少女ウンディーネは、実は魂のない水の精であった。
 人間の世界にすみ、人間の男と愛によって結ばれて、魂を得たいと願ったのだ。──ヨーロッパに古くから伝わる民間伝承に材をとった、ドイツロマン派の妖しくも幻想的な愛の物語。
                     ──本書表紙の紹介文より──.


2)所見

 とんとん拍子に進んでいく、少女「ウンディーネ」と騎士「フルトブラント」、2人の恋の物語。それは運命を変える物語。運命を狂わせる物語。より大きな歓びはより大きな哀しみを生み、より深い愛情はより深い憎みを生み出す。

【P-41】[l-3]親愛なる読者よ。あなたはおそらく、世間でさんざんあちこちと押し流された末、やっと気に入ったところに辿り着いたことがあるでしょう。そこでは、だれでも生まれながらにして持っている自分の炉ばたと静かな平和を愛する心が、あなたの胸にふたたび起こってくる。

 人生において、いかな遠回りをしたとしても、人間は必ず最初の地点──決して帰ることのできない自己根源性──に立ち返ってくることとなる。

【P-58】[l-7]「魂ですって?」とウンディーネは司祭に向かって笑いながら言った。「本当に響きのいい言葉ね。じっさいたいていの人には、ありがたい、ためになる掟かも知れないわ。だけど、魂のないものだったら、何で調子を合わせたらいいの? だって私がそうなのよ。」

 自然に魂は存在しない。魂が存在しない姿こそが自然な姿。人間の愛によって万物は魂を得る。そして、愛を得たが故に哀しみを知ることになる。

【P-59】[l-7]「魂って可愛らしいのね。でもまだ、何かとても恐ろしいものに違いないわ。司祭さま、本当に魂なんか、いつまでも無い方がいいんじゃないかしら?」

 過剰な歓びは過剰な哀しみを生み、魂は人間世界に喜劇性と悲劇性を帯びさせる。

【P-69】[l-6]私たちに魂の得られる道は、あなたがた人間の一人と愛でもってぴったり結びつくほかないのです。私にはもう魂があります。言葉で言いあらわすことができないほど愛しいあなたのおかげで魂が得られたのです。

 ウンディーネが魂を得た瞬間、物語は悲劇の結末を避けられないものとなったのだろう。

【P-93】[l-12]正しいことはどこまでも正しいとしなくてはなりません。

 己が正しいと思うことを、他者に合わせて、世界に合わせて捻じ曲げたところで、魂は必ず復讐を果たしに来る。魂とは絶対的なもの。魂とは逃れられない伴侶、避けられない呪い。

【P-138】[l-14]もちろんあなたには、この涙がどんなものか、まったくわからないでしょう。これは幸福の涙です。誠のある魂が胸の中に生きている者にとっては、どんなことも幸福になりますもの。

 己を偽らない人間は……常に己の魂に誠実である人間は、あらゆる事象が……世界のすべてが幸福に満ちていることがわかるはずだ──。


3)まとめ

 かつて存在していた人間と自然の共存。幻想世界と現実世界の合一。在るがままに、あらゆる不思議を内包し、人がそれを余さず感じ取っていた時代。その時代は、人が魂を得たことによって過去となった。この物語は、魂の宿命的悲劇を描き出した物語。
 畏ろしいが故に、哀しいが故に、この上なく美しい物語です────。

 

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